第36話
「みんないつの間に用意シてくれたの? とっても嬉しい! ありがとう」
そう告げると園児たちに一斉に取り囲まれてしまった。
「さぁ、教室にはケーキの準備もあるのよ。千明先生もみんなも手を洗っていらっしゃい」
「そんな、ケーキなんて」
まだ就職したばかりの千明が恐縮していると、園長先生が優しく微笑んだ。
「気にしなくていいの。ここでは毎年全員分の誕生日会をしてるんだから」
それじゃ毎日が誕生会になりそうだ。
千明は驚きながらも園長先生の計らいを喜んで受け入れたのだった。
☆☆☆
仕事を終えてスマホを確認しても、大和からの連絡は入っていなかった。
もしかしたら会えるようになったかもしれないと期待していたので、ガッカリしてしまう。
それでも元々会う予定ではなかったのだしと、どうにか自分を励まして帰路についた。
「ただいまぁ」
誰もいないひとりのアパートの一室。
ここに帰ってくるのは慣れたものだけれど、今日はやっぱり寂しさを感じてしまう。
そうだ、梨江でも呼んで見ようかな。
部屋に入る前で立ち止まり、スマホを取り出して梨江に電話を入れる。
けれどなかなか出てくれない。
何度か掛け直してみたけれど結果は同じだった。
もしかしたら晋也と一緒にいるのかもしれない。
そうだとすればこれ以上電話をするわけにはいかなかった。
仕方なく1人で玄関を開けて暗い部屋に一歩足を踏み入れた……その瞬間だった。
パッと電気がついたかと思うとパンパンとクラッカーの音が部屋の中に鳴り響いた。
驚いて立ちすくんでいる千明を、あっという間に梨江と晋也に囲まれる。
部屋の中央には大きなプレゼントを持った大和がいた。
「え、どうして」
今日は会えないはずじゃなかったのと質問する前に右隣に立つ晋也が「サプラーイズ! 誕生日、おめでとーう!」と、拍手した。
梨江もそれと一緒に拍手する。
じゃあ、さっき梨江が電話に出なかったのはこの部屋にいたからだったのだと、ようやく理解した。
部屋の鍵は大和に渡してあるから、それで入ったんだろう。
「びっくりしたぁ」
その場にヘナヘナと座り込んでしまいそうになるのをどうにか堪えて大和に近づく。
「誕生日おめでとう」
そう言って手渡されたプレゼントの箱は千明の体の半分の大きさがある。
あまりに大きくてどうしていいかわからずに、ぎこちなく受けとってそのまま床に置いてしまった。
「これは私たち3人からのプレゼント。開けてみてよ」
梨江に言われて千明は頷くとラッピングを剥がし始めた。
あまりに大きいから、綺麗にはがすのは難しかった。
白い箱を開けてみると、そこから出てきたのは大きなクマのぬいぐるみだ。
「うわぁ!!」
座った状態で箱に入っていたから、取り出してみると慎重くらいの大きさがある。
テレビでよく見かける、今人気のぬいぐるみだ。
「こんなの、よく買ってきたね」
「前に欲しいって言ってただろ」
大和に言われてそういえばそういうことを言ったような気もすると、思い出す。
本心からではなかったのだけれど、こうして手にしてみると嬉しさがこみ上げてきてクマに頬ずりしてしまった。
「ケーキとピザとチキンもあるよ」
梨江に言われて吹き出してしまう。
それじゃまるでクリスマスだ。
「みんな、ありがとう」
千明はクマと一緒にお辞儀をしたのだった。
☆☆☆
2時間ほど千明の部屋で騒いだ梨江と晋也は帰っていった。
しっかり片付けをして帰ってくれたことには感謝しかない。
「明日仕事は?」
大和に聞かれて千明は「園の設立記念日でお休みだよ」と、答えた。
明日も平日だけれど、観光地の方も休みだったはずだ。
なにげなく視線がぶつかり合って、互いに引き寄せられるようにキスをする。
「じゃあ、別に早起きしなくていいんだな?」
その言葉がなにを意味しているのか理解した上で、千明は頷いた。
「実はもうひとつプレゼントがあるんだ」
立ち上がって言う大和に「え?」と首をかしげる千明。
「あのふたりには秘密な?」
そう言われて胸が高鳴る。
ただでさえ秘密の多いふたりの関係に、まだなにか隠し事が増えるんだろうか。
ドキドキしていると後ろから手を回されて目隠しされた。
「そのままゆっくり立ち上がって、前に歩いて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます