32.終結

 葵は困惑していた。どうして二人に押されている?

 さっきまで後衛で動いていた翼が前衛に出てきたことによる手数の増加で葵は対処出来ずにいた。

 幹部に配られた『bug』は、指揮者が死なない限り『bug』も傷を修復し続ける。が、その速度が追いついてなかった。

 やばい、このままじゃ……!

「……この、偽善者が!死んで償うしか方法が無いと言うのに!」

「視野が狭いわよ、葵。」

「死んで償うより、生きて償う方が辛いと思うがな。」

「辛い辛くないの話じゃない!そうやって自分の事しか……がっ!」

 葵が話している途中で翼はライフルで彼の肩に向けて撃つ。それは見事に命中した。

 葵がよろけている内に、久遠はムカデを輪切りにした。

 バラバラと落ちていくムカデ、少しずつ修復は始まっているが、間に合わない。

 驚きながら地に落ちたムカデを見ている葵に、翼は銃を向けた。

「……葵、俺は出来るだけお前を殺したくない。だから、ここで降参してくれ。」

 葵はあまりの屈辱に唇を噛み締めていた。

 負ける……?僕が?正義を貫いてきた僕が!?そんなの、許さない……!

「……はは、お前らに降参なんかするもんか!」

「なら……。」

 可笑しくなったかのように笑う葵の言葉を聞いて引き金を引こうと指に力を入れようとした時、葵が再び口を開けた。

「僕の持つ手段がもうないとでも!?僕はまだ諦めない!」

 葵はそう言い、耳に掛けられている機械の縁を触った。

「『zero』が終わらない限り、僕はお前らを諦めないぞ……!」

 葵はそう言った後、機械の縁にあるボタンを押した。退出ボタンだ。

 葵はその場から消えた。逃げる事を選んだのだ。

 ずっと銃を向けていた翼は銃を下ろし、ため息を吐いた。

「……なんか、すっごく疲れた。」

 翼はそう言い、その場に座り込んだ。久遠はその隣に座った。

「にしても、最後はダサかったわね。結局他人頼りよ。」

「確かにな……。光は、会いたかった人に会えたかな?」

 翼はそう言い立ち上がった。久遠はそのまま座っていたが、翼が手を差し出すと、その手をとって久遠も立ち上がった。


 颯は向かってくるハエに淡々と対処して行った。あまりにもハエの量が多い。

 少しずつ紫苑に近づいているが、近づく度にどんどん密度が濃くなっていく。

 そして、どんどん対処できなくなり颯にも傷が出来始めた。

 最初は単なるかすり傷だったが、どんどん傷が増え、最終的に杖を持ってない左腕が吹き飛んだ。

 それでも、颯は進んだ。

「……なんで、そんなにこの世界に執着するの?なんで、守ろうとするの?」

「別に、俺は守ろうとしてませんよ。ただ、俺は彩芽の思いに従おうとしてるだけ。」

 颯は既にこの世界に未練は無かった。彩芽がいないからだ。

 自分が好いている人がいない、好いてくれた人もいない。ただ、一つの約束呪いによって生きながらえていた。

 颯は紫苑のところまでもう少しのところで杖を前に出し、自分も含めて全てを燃やし尽くした。

 パチパチと燃える大きな炎を見て、ハエの侵攻を止め、後ろを振り向いた所で、後ろの炎から手が出てくる。そして、そのまま紫苑の退出ボタンに手を伸ばす。

 紫苑が驚いて止めようとした所でもう遅い。既に紫苑の体は消えていた。

 炎から出てきた手はズルズルと下へ落ち、そのまま消えて行った。


 光は次々と出てくる蜘蛛の足を軽くあしらっていた。

「……火門さん、私、最初は辛かったよ。」

「うん、そうだね。」

「でも、火門さんと話した時は少し和らいだんだ。」

「そっか、良かったね。」

 光と火門はそうやって話しながら手を緩めずに戦っていた。

「僕は、辛い事がこの世界にある限り、この考えは変わらないよ。」

「私も、幸せな事がこの世界にある限り変わらない。」

 光は突き刺してくる蜘蛛の足をかわし、飛んで蜘蛛の頭を潰した。

 蜘蛛の頭が潰された反動で火門はよろけるが、その場に留まった。蜘蛛の頭はニュッと生えてきた。

「早く、こんな事やめて……!」

「僕は、君がいなくなった時から、大人が助けに行こうとしに行かなかった時から、もうこの世界に失望してるんだ……!」

「なら、私が変わるから……!私が、変えるから。」

「それじゃ駄目だ!」

 火門は叫びながら蜘蛛の足を光に突き刺す。対応出来なかった光は体のあらゆるところにかすり傷を受けた。

「変わっても、変わっても、無理なんだ……。何度も、悪人が出てくる……。それならもういっそ……。」

 火門はその場に蹲り、顔を手で覆った。

 その様子を見た光は、火門の側に立ち寄り、火門を抱きしめた。

「……何をしてるんだい?」

「火門さん、私たちを信じて。私たちが変えるから。」

「だから、無理だって……!」

 そう言い、光を突き刺そうと蜘蛛の足を動かすが、飛んできた槍によって防がれる。

「……少しくらい、聞いてやれよ。」

「……誠司。」

 蜘蛛の足を下ろした火門はそのまま光の言葉に耳を傾けた。

「確かに、今の状況じゃ、火門さんが失望するのは仕方ないと思うよ。でも、まだ子供がいる。若い子がいる。私がいる。全て……は無理かもしれないけど、火門さんが納得するような世界を作るから……。」

 光は抱きしめている力を強めた。

「……弱い人を救える?」

「救う。」

「何もしたくない人を救える?」

「救うよ。」

「……じゃあ、才能が無くて苦しんでる人も?」

「……全部、救うよ。」

 火門は少し黙り込んでから、意を決した様に口を開いた。

「……なら、これから、学習して。」

「それって……。」

「全てを学習して、そして、最適解を見つけてよ。」

 光は火門の顔を見た。火門は微笑んでいた。

 それって、生きてもいいって事だよね。殺さないって事だよね。

「……わかった。私、色々勉強するよ。」

「ならいい……。あーあ、みんなの気持ちを裏切っちゃったな。」

 火門はそう言ってため息を吐いた。二人の様子を見ていたセイジさんが口を開いた。

「……火門、これからどうするんだ。」

「どうするって、今やってる事を止める。そして、自首する。」

「自首って……。お前、確実に死刑だぞ!」

「それでもいいよ。」

 そう言って笑う火門を見てセイジさんは頭を抱えた。

「お前はいつもそうだな……。いつも、極端だ。」

「悪かったね。でも、それが一番いいと思ったから。ああ、そうだ。」

 火門はセイジさんの方を向いていた体を光の方に戻す。

「君の名前、光って言うんだって?」

「……うん、そうだよ。」

「いい名前だね。」

 本当、お母さんにその所だけ褒めてもいいくらい。そう思っていると、光はニッと歯を出して笑った。

「……ありがとう、火門さん!」


 火門が現実世界に帰った後、二人はこの場に残っていた。

「これからどうしようか。」

「会社、続けるんですか?」

「まあ、出来たら。」

「なら、私も入社していいですか!」

 光がそう言うと、セイジさんは目を見開いた。

「……お前、まだ中学生だろ。」

「大学卒業してからでもいいんで!」

 お願い!と光は手を合わせた。セイジさんはふむ、と考え、再び光の方を向いた。

「なら、手伝ってもらおうか。お前なら、色んなアイデア持ってるだろうし。」

 セイジさんがそう言うと、光はぱあっ、と目を輝かせた。

「本当!?」

「本当だ。」

 光が喜んでいると、ドアから翼と久遠が来た。

「光ー……、と誰?」

「あ、翼くんに久遠ちゃん。」

 翼達が光達の側に着くと、セイジさんが口を開いた。

「俺だ。」

「その声……もしかして、セイジさん!?」

「はっ、よくわかったな。」

 セイジさんが笑っていると、光はハッとした。

「あれ、彩芽ちゃんと颯くんは?」

「それが、どこにもいないのよ。多分……。」

「そっか……。」

 その言葉を聞いた光は、セイジさんの方を向いた。

「セイジさん、私――!」

 

 

 

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