7.いじめ

「光ちゃんって、変わったよね。」

「え、そうかな……?」

 光は、クラスメイトと一緒にプリントを教室に持って行こうとしていた。その途中、話の中でそう言われたのだ。

「見た目も変わってるけど、なんだか性格が明るくなったよね。」

「確かに。前は話しにくい空気だったから。」

 ねー。と二人は笑いながらそう言った。

「ねえ、何かあったの?」

「あー……。まあ、色々あったんだよ。」

「えー何それ。教えて教えて!」

「わ、束が散らばる!」

 二人に寄られた為、少しよろけながらも、何とかプリントの束を散らばらせないようにした。

「教えてよー。」

 クラスメイトの一人がそう言うと、光は観念したかのように考え始めた。

「ええと……。あ、まず孤児院に住むようになったんだよね。」

「え、孤児院!?大丈夫なのそれ。」

 クラスメイトの一人が叫ぶと、光は笑った。

「うん。最初は不安だったけど、みんないい人だったから。」

「はえー。」

「……でも、それだけかな。」

 いや、それだけではないのだけれど。本当は、昔の家庭環境の悪さから開放されたとか、ずっと行きたかった『metatual』に行けるようになったとか、色々あるけど。

 しかし、クラスメイトは、その回答でもう満足したみたいだった。

「でも、光ちゃんが結構いい人で良かったよ。」

「え?」

「もっと怒りっぽいのかなとか思ってたから。」

「そ、そう?そうだったら、なんか悪いことしちゃったな。」

「私の感想だから、大丈夫。」

 そうこう言ってるうちに、気がつけば教室に着いていた。

 ふと、上の階が騒がしいことに気づく。

「どうしたの?」

 動かなくなった光を心配してクラスメイトが光の顔を覗き込んだ。

「いや、なんでもないよ。」

 中学も高校も、上から順番に一年、二年、三年となっている。

 上、と言うことは、勇気や陽美、翼がいる学年だ。

 心がざわざわする。もし、勇気に何かあったらどうしよう。

 すると、ドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえた。

 ドン、と音が聞こえて、背後の教室のドアが開いた。

「お姉ちゃん!」

「勇気!?」

 そこにいたのは息を切らした勇気だった。

「助けて、陽美ちゃんが……!」

「陽美ちゃんが?」

「え、なになに?」

 突然の事に周りの人達も光と勇気のもとに視線が集まり、勇気はどんどんオロオロし始めた。

「あー……。勇気、ちょっとこっち来て。」

 光は勇気の手を引いて廊下へと出た。

「……そういえば、あの子、光ちゃんの事『お姉ちゃん』って言ってたよね。」

「うん。それがどうしたの?」

「いや、なんだか、ちっとも似てないなぁって。」

「あー、そうだね。」

「やっぱり、光ちゃん、昔何かあったのかなぁ。」

「そうかもね。」


 階段の横にある掃除道具置き場の側に着くと、光は勇気に何があったか聞いた。

「勇気、どうしたの?陽美ちゃんが、何って?」

「陽美ちゃんが、傷だらけになって……!」

 それを聞いた光は、最後まで話を聞かず急いで彼女の元へ向かった。

 すると、怒鳴り声が聞こえてきた。

「だから、なんで言ってくれなかったんだ!」

「言えるわけないでしょ!?」

 そこにいたのは、怒鳴り続ける翼と、傷だらけで反論し続ける陽美だった。

「ちょっと、何してるの!」

「はぁ!?おれじゃねぇし!アイツらがやったんだし!」

 翼は自分が陽美を傷つけたと光に思われたと感じたのか、すぐに反論し、二組の教室を指差した。

 指差した方には、複数人の男女がいた。まだ中学生だからか、そこまで体格差はない。

「こいつらがさ、教室で陽美をいじめてたんだ!」

 翼が叫ぶと、いじめっ子たちはふいっと目を逸らて話し始めた。まるで私たちは関係ないと言うように。

 勇気も続けてこう言った。

「昼休みになった瞬間、隣のクラスが騒がしくなってね、何事だろうって二人で見にいったんだ。」

「別に、来なくてよかったのに。」

「この期に及んでまだ言うか。」

 陽美の減らず口に翼が怒鳴ると、光はまあまあと宥めた。

「とりあえず、陽美ちゃん、先生に言おう。流石に、こんなに傷だらけだと、みんな不思議がるよ。」

「……わかった。」

「まず保健室いこ。」

 そう言い、光は陽美を立ち上がらせた。

 へたりと座り込んでいたからわからなかったが、陽美は脚にも傷がついていた。

 それを見た光は、すぐに陽美に背をむけ、しゃがんだ。おんぶのポーズだ。

「乗って!」

「いや、目立つから……。」

「元々傷だらけなんだから普通に目立つだろ。」

「うるさい。」

 翼にツッコまれつつ、光の頑固な眼差しに折れ、陽美は光の背中に乗った。

 そして、光と陽美は保健室へ、翼と勇気は先生に言いに行く為に職員室へ向かった。

 保健室に向かうや否や、先生に驚かれながら、なんとか傷は全て塞いでもらった。保健室の先生は焦っていたが、詳しくは詮索しなかった。

「どうする?ここにいる。」

光がそう聞くと、陽美はふいっと目を逸らして、

「帰りたくない。」

 と言った。

「わかった。じゃあ私、授業だから帰るね。」

 光は立ちあがろうとすると、くいっと袖を引っ張られた。

「……一緒にいて。」

「え」

「光の横が一番落ち着くから。」

 すると、陽美はポロポロと涙を溢し始めた。

「……いかないで。」

 その様子に、光は置いて行っては行けないと直感で感じた。

 光は陽美をゆっくりと抱きしめた。

「大丈夫。ここにいる。」

「……ありがとう。」


 ポツポツと陽美は自分の境遇を話し始めた。

「私は、昔から孤児院にいてさ。もう、物心着く前からだよ。多分、捨てられた。」

「そっか。」

 光は、その話に相槌を打っていた。

「それでね、孤児院にいるからっていじめられた。でも、孤児院を憎むことは出来なかった。みんな、いい人だったから……。翼以外。」

「うん。」

「小学生の頃は、教科書隠されたり、筆箱隠されたりとか、暴力は受けてなかったんだよ。だから、今回が初めてで……。」

「ごめん、気づかなくて……。」

「それでいいよ。翼みたく、変に調べられるのも嫌だし。」

 陽美は少し微笑んだ。

 その痛々しさに光は目を逸らした。

「ここまで話したの、光が初めて。ありがとう。」

「ううん。私は聞いただけ。」

 光はポツリと言葉をこぼした。

「早く、治るといいね。」

「……うん。」

 話終わると、コンコンと保健室のドアがノックされた。

 ドアが開くと、そこには陽美の担任の先生がいた。

「すみません、斉藤さんはいますか?」

「はい……。」

 陽美は少しだけ構えた。もしかしたら、教室に戻されるかもしれない。あんな場所、今日はもう居たくない。

「ごめんなさい、斉藤さん。どうしても話したい人がいるの。ほら、入ってきて。」

 先生がそう言うと、ゾロゾロと人がやってきた。

 例のいじめっ子達だった。

「ほら、謝りたいんでしょ?」

 その子達は、陽美に向かって、きちんとお辞儀をして、ごめんなさいも言ってきた。

 が、それが形だけだと二人は気づいていた。

「ほら、こう言ってるから、斉藤さん、許してくれる?」

 先生がそういうと、陽美は眉間に皺を寄せながら頷いた。

「よかったわね!でも、今日は一人になりたいだろうから、帰るよ。」

 先生はいじめっ子達を連れて保健室から出た。

 陽美は、力んでいたのか、ため息を着いて光の方をみた。

「……多分、数日経てばまたいじめてくる。その時は、またこうしてくれる?」

「わかった、こうしておくね。」

 その返答に、陽美は不安がりながらも、微笑んだ。


 週末、今回の『bug』は、巨大なカマキリ一体だった。

 陽美は、前とは違い自暴自棄にはなっておらず、きちんと周りを見ていた。

 彩芽がみんなに身体強化魔法をかけ、颯はうねる炎を作った。

 カマキリがそれに気を取られている内に勇気がカマキリの頭を切った。

 が、それでもまだ動き続け、鎌を振り回してきた。

 各々鎌を避けたりガードをしたりしていたが、一番近かった勇気のみ腕を切られる。骨まで行くことは無かったが、凄く深い傷だ。

「ブイ!」

「大丈夫、おね……シャイン。」

「待ってて、私が治すから。」

 彩芽が勇気を治す間にみんなが暴れ始めたカマキリに立ち向かった。

 翼は麻酔銃を使い、動きを鈍らせようとしたが、それでも動き続ける。

「はぁ!?アイツ動き続けるんだけど!」

「体がでかいからね。もっと撃ち続けなきゃ。」

 颯はそう言い、再びうねる炎を作った。が、それは鎌によって散り散りになった。

 驚く颯はカマキリに見つかりそのまま鎌が颯を切ろうとした時、颯の横から銃声が聞こえた。

 いつの間にかカマキリは穴だらけになっており、それに気づいたカマキリはそっちに気を取られた。

「ウィング、危ないだろう!」

「はぁ!?かっこいいからいいじゃないかよ!」

「いや、俺死にそうになったんだけど……。」

「助けたから良いじゃないか!」

 翼がギャイギャイ言っている横で、未だに死なないカマキリに向けて陽美はナイフを投げた。

 見事、腹、鎌など数カ所に刺さったナイフ。しかし、それでも死なない。

「シャイン。」

「……わかった。」

 光はカマキリに向かって走り出し、そのまま腹に刺さっていたナイフをカマキリの体内へと押し込んだ。

 光が無理やり押し込んだ事により、体内を突き破っり、そのまま緑色の液体をぶちまけた。

「か、勝った……。」

 光はその場にへたり込んだ。

「よかった……今回は負けるかと……。」

 陽美はそう言い、彩芽と勇気の方を見た。

 勇気は既に元気になっており、彩芽と共に腕を振っていた。

 その様子に、陽美はホッとした。

「今日はつまらんかったな」

「カマキリ一体に手こずって、ただただ時間稼ぎだろ」

「時々こう言うことあるんだよな」

 周りがザワザワし始める。大体は賞賛の声だったが、批判の声も聞こえていた。

 陽美はその反応が嫌いだった。何も知らないくせに。同じ状況に立たせてやりたい。

 ああ、やっぱり、この世界もあっちと同じだ。陽美は光が言ったことを反芻した。

 ――光、やっぱり、期待しない方が良かったよ。

 陽美は勇気と話している光を見た。目の輝きはまだ失っていない。もう既に、失ってしまった陽美とは大違いだ。

「おい、変身解かないのか?」

 陽美の後ろから声がした。翼だ。

「うん。解くよ。」

「珍しく素直……。」

 翼に驚かれたが、反論する余裕もない。

 今はない頬の傷を撫でる。陽美はこの先、生きていけるのかわからなかった。

 

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