8.利害の不一致

 陽美のいじめが止まって数日が経った。

 夜、突然目を覚ました光は、喉が渇いたと思い、部屋を出て、リビングへと向かった。

 その途中、テレビがついている事に気づく。消し忘れたのだろうかと光は思ったが、下を覗くと、そこには勇気がいた。

「勇気……?」

 急いで階段を降りると、勇気はびっくりしたような顔をした。

 随分と顔色が悪い。光は勇気を問いただした。

「勇気?何かあったの?」

「いや、なんでもないよ。」

「嘘。顔色が悪いよ。」

「……寝れないだけ。」

 顔を逸らし、不貞腐れたかのように言った。

「なんで寝れないの?」

「それは……。」

 その発言で、さっき墓穴を掘っていた事に気づいてしまい、目を見開いた後、苦い顔をした。

「私に言ってみて?」

 光が優しい声で言うと、勇気は叫ぶように言った。

「やっぱり言えない。今は陽美ちゃんの事でいっぱいだから。」

「……!」

 今度は光が驚く番だった。で自分の問題を後回しにしないで欲しい。

 光は勇気の手をとって、こう言った。

「大丈夫。これで勇気が非難されることは無いし、私は陽美ちゃんも勇気も心配だから。」

 にっこりと笑う光、しかし勇気は怖く感じた。圧倒的な恐怖ではなく、少し足を冷やすような恐怖。

「わかった。言う、言うから……。」

 怖くなってしまった勇気は、光を宥める様に言った。

 前もこんなことがあった気がする。光が目を離した隙に、お父さんに酷く殴られて、そして――。

 掘り起こされかけた記憶を無視して、勇気は光を隣に座らせ、ようやく話し始めた。

「なんだか、よく後ろに気配を感じるんだ。でも、後ろみても誰もいない。最近までは気のせいかなって思ってたけど、物もなくなるし、変な手紙も送られてくるから、なにかあるんだって。あ、でも、安心して、物は1日経ったら帰ってくるから。」

 ほぼいじめのようだが、異様な事態に光も少し怯えていた。そして、気になっていることを聞いた。

「手紙って?」

「いつもは何も書いてないんだ。でも、今日の分は書かれてて……。」

「なんて?」

「『明日の放課後、空き教室で待ってます。』」

「だから、寝れなかったの?」

「うん。何されるのか、言われるのかわからなくて……。」

 三角座りになった勇気は縮こまって小さく「明日なんか来なかったらいいのに」と言った。それを聞いた光は、とあることを思いつく。

「明日、着いて行くよ。」

「え?」

「放課後、着いて行くから。」

「それはわかるけど……。」

「もし何かあったら、私がなんとかする!だから安心して。」

「……わかった。」

 勇気は、いつもの優しい姉に戻った事に安堵した。と同時に、とある不安があった。

 もうそろそろ、陽美のいじめの問題が現れる。だって、あそこで終わりなわけがない。

 未だに、心の中の燻りは晴れなかった。


「「行ってきまーす!」」

「はーい。」

 孤児院の人たちが手を振る中、光は彩芽を止めた。

「わ、どうしたの光ちゃん。」

「それが……。」

 少し言い淀んだあと、光は手をパン、と合わせ、お願いするポーズを取った。

「お願い!彩芽ちゃん、もし陽美に何かあったら行ってくれない?放課後だけでもいいから!」

「え、私?」

 彩芽が聞き返すと、光はうん、と頷いた。

「大丈夫なの?陽美ちゃん、随分光ちゃんに懐いてたから、光ちゃんが来なきゃダメだと思うよ。」

「多分大丈夫。それに私、勇気が不安だから。」

「もしかして、それが原因?……仕方ない、行こっか。」

「本当!?ありがとう……!」

 光はにっこりと笑った。最近気づいた事だが、光は勇気に過保護な節がある。だから、今回の件も勇気の方を優先したのだろう。でも、大丈夫だろうか。いや、流石に、陽美は孤児院にいる仲なのだ。別に、光じゃなくたって大丈夫か。

 そう思った彩芽は光と共に世間話をしながら通学路へと向かった。


 今日は、今の今まで特に何も起こらなかった。朝も、昼休みも、特に何もなかったので、放課後も何も起こらないだろうと彩芽は帰ろうとしていた。

 が、向こうから見える校舎の中で、とある団体が動いていた。

 気になり、じっと見ていると、とある事に気づく。

 陽美がいる。しかも、俯きながら。

(……やばいかも。)

 そう思った途端、持ち物を持ち、急いで向こうの校舎へと行こうとした。その時、後ろから声をかけられた。

「彩芽?」

紫苑しおん?ごめん、今急いでいるから。」

 彩芽の友人の羽咲紫苑はざきしおんが話しかけてきたが、急いでいる為、適当にあしらおうとした。

「何かあったの?」

「そう、だから……。」

「私も行く。何かあったら困るでしょ?」

 紫苑はにっこりと微笑みながら答えた。

「いいけど。だったら早く行こ。」

 二人は走りながら陽美を探すが、見つからない。

 中学の校舎を一通り見たがいなかった。

「え、どこ……?」

「高校の校舎にいるかも。行こ。」

 紫苑の提案により、高校の校舎に戻った。

 すると、三階の空き教室から音が漏れている事に気づく。誰かの怒号だ。

「お前、チクリやがってよ。」

「知らない。私は何も……!」

「はぁ?人に媚びやがって。」

 その声が聞こえた瞬間、陽美がいじめられているとわかり、急いでドアを開けた。

「何してるの!?」

「はぁ!?なんだおめぇ!」

 陽美は驚いた様子でこちらを見てきた。顔は酷く腫れ、制服も汚れている。

「その人は私の友人なの!早くやめなさい!」

「友人……。はっ、孤児院出身かよ。お前も同類だな。」

「なっ……!」

 彩芽が動揺していると、後ろから声が聞こえた。先生の声だ。紫苑が呼んでくれたのだろう。

「何をしている!」

「は!?」

「先生、これは……。」

「大丈夫、事情は聞いている。早くやめないか。」

「……クソっ」

「あ、おい!」

 いじめっ子たちは走って、彩芽達とぶつかりながら去っていった。

 彩芽は急いで陽美に近づき、大丈夫と声をかけた。

 しかし、陽美はそれを拒んだ。

「来ないで!」

「え。」

「なんで光じゃないの?」

 陽美は声を震わせながら彩芽に聞いた。

「代わりを頼まれたんだよ。」

「代わり……?なにそれ、私は別にどうでもいいって事?」

 陽美は目を大きく見開いて、低い声でそう言った。

「そう言う事じゃないよ。」

「ならどう言う事なの!?」

 陽美が珍しく癇癪を起こした。彩芽はそれを宥めながら理由を言った。

「勇気くんに何か問題があったみたい。ほら、光ちゃん、過保護だからさ……。」

「わ、私、勇気に……。う、うぅ。」

 陽美はポロポロと涙を流しながらその場に蹲った。

 嗚咽を吐き出しながら、「私はいらないんだ」と呟いていた。

 その様子に、彩芽はただただ見ることしか出来なかった。


 少し前、勇気と光は、手紙に書かれている場所に向かった。

 話し合った結果、光は隠れて、もし勇気に何かあったら駆けつけると言う事にした。

 光は教室の前で座り込み、勇気は深呼吸をした後、ドアをノックした。

「し、失礼しまぁす……。」

 勇気はドアの中に入り、そのまま話が始まった。

「あの、何かありましたか?」

 勇気がそう言うと、甲高い女性の声が聞こえた。

「手紙、呼んでくれてありがとう。あのね、私、一目惚れなんです。」

「え?」

 いきなり本題に入られ、勇気も光も驚く。

「小学生の頃とは大分違う爽やかな姿で、みんなにも優しくて、私、大好きになっちゃった。」

「あの。」

「物を取ったことは謝ります。だけど、これが本当の気持ちだから。」

「ねぇ。」

「私と、付き合ってください。」

 勇気はとても混乱している状態で、それを聞いていた。が、すぐに謝った。

「ご、ごめんなさい。それは出来ないです。」

「なんで?」

「え」

「なんで出来ないの?」

「なんでって……。」

「なんで私を好きになってくれないの!」

 女の子は、外にいる光でさえ耳を塞ぐ様な大声で叫んだ。

「私、こんなに可愛いでしょ?ほら、付き合いたくないの?」

「……ごめんなさい。」

「あ、もしかしたらエッチしたら考えが変わるかも。今から私の家に行かない?」

「え、いや、です……。」

「なんで!?何か理由があるの!?こんなに可愛い私と付き合えない理由が!」

「いや、それ、は……。」

 そうだ。考えなんて変わるわけがない。しかし、それを伝えるわけにもいかない。伝えた途端、何かが変わる気がするから。

 そろそろやばいと思った時、光は飛び出し、勇気を守る様にして女の子の前に立ちはだかった。

 彼女は綺麗な金髪で、黒いリボンがついたカチューシャをしている。確かに可愛い。

「……誰ですか。彼女さんですか。理由がそうですか。」

「違う。私は姉です。」

「嘘だ。だって似てないもん。あー、いたんですね、彼女さん。奪いやがって、私が先だ。私が先に好きになったのに、奪いやがって、この泥棒猫!」

「黙りなさい!」

 興奮していた少女を光が黙らせる。勇気でも見たことがない大声だった。

「彼女どうこう以前に、私は勇気を傷つけることを許しません。早く帰りなさい。」

「……なに、それ。」

 少女はわなわなと唇を振るわせ、その後歯を食いしばって何処かへ行った。

「……大丈夫だった?」

「うん。ごめん。」

「怖かったね。でもよかった。一人だったら何も出来なかったから。」

 光は勇気をギュッと抱きしめて、撫でた。まるで、子供をあやす様に。

 もう、いらないのに。と勇気は思いながら、それを享受した。

「おい。」

 一通り撫でた後、ドアの方から声が聞こえた。翼の声だ。

「光、陽美が泣いてるぞ。」

「……え。」

 何があったのだろうか。

 光は勇気の手をとって翼と共に走り出した。

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