9.さよなら

 ホームルーム後、陽美はすぐにいじめっ子の男子に手を引かれ、そのまま高校の校舎へと向かって、空き教室に放り込まれた。

「やりやがったな、お前。」

「お前らのせいでしょ?」

 陽美が睨むと、いじめっ子達は口々に言い放った。

「はぁ?悪くねぇよ俺らは」

「そうよ。チクったお前が悪いんじゃない。」

 その様子に、陽美は絶句した。

「私がただ孤児院にいるってだけで、なんでそんなにも本気になれるの?」

 陽美が言うと、いじめっ子達は吹き出した。

 その様子を不思議に思った陽美をみて、いじめっ子の一人が説明し始めた。

「孤児院のせい?お前まだそう思ってるの?お前の性格のせいだよ。」

「そうだ。何事にもスカしたお前が、何よりもウザかったんだよ。孤児の癖に、なんでもないですみたいな顔しやがって。孤児院の人もそう思ってるんじゃねぇの?」

「それにさ、すべて人のせいにして、自分の非は認めない。馬鹿じゃねぇの?」

 そのことを聞いた陽美は、目を大きく見開いた。それを見ていじめっ子達はゲラゲラ笑っている。

 陽美は、最後の光に縋った。

 お願い、早く助けにきて、光。


「陽美ちゃん!」

 そこは、嗚咽を吐き出しながら蹲る陽美と、それをただ見ているだけの彩芽と颯。そして彩芽と同じ制服を着た女性がいた。

「陽美ちゃ……。」

「……光?」

 陽美は隠れていた顔を上げた。

「大丈夫?」

「……助けてくれるって信じてたのに。」

「……!」

 陽美はそう呟き、光が驚いていると、大きく叫んだ。

「なんで?なんで来なかったの?私が嫌いだから?」

「違う。私は、勇気が不安で……。」

「言い訳は聞きたくない!」

 陽美は耳を塞ぎ、そのまま再び蹲った。

「お礼の一つも無しかよ!」

 すると、翼の声が教室に響いた。

「まずありがとうだろ!」

「うるさい!」

 陽美はさっきよりも大きな声で叫んだ。

「お前も一緒だ。お前も、アイツらと一緒。私を非難しかしない!」

「それはさぁ……。」

「黙れ!」

「もういい。やめよう。ほら、陽美も落ち着いて……。」

「……うう。」

 颯が止めると、陽美がうめき、そのまま走って去っていった。

「陽美!」

「……そう言うやつなんだよ。」

 周りが黙って俯いている中、紫苑だけ、何処かへ行った。


「なんで……。」

 陽美は人気のない場所で立ち尽くしていた。なんで、みんな私のことをわかってくれないんだろう。わかってくれそうだった光でさえ私を助けてくれなかった。

「う、うう……。」

 再び涙がポロポロと溢れた時、後ろから声が聞こえた。

「陽美ちゃん、だっけ?」

「……え?」

 そこにいたのは、彩芽の隣にいた女性だった。

「誰ですか?」

「私は羽咲紫苑。」

「……帰ってください。」

「そうは行かないよ。大丈夫。私は君のこと別に悪くないと思ってるから。」

 それを聞いた陽美は、バッと紫苑の方を向いた。

「私、陽美ちゃんが幸せになれる方法知ってるよ。」「なんですか、それ……。」

 陽美がそう言った途端、紫苑が陽美の方へ近づき、こそっと耳打ちをした。

「……あ。」

「少し、試して欲しいんだ。大丈夫。必ず幸せになれるよ。」

「……わかりました。」

 丁度いい。そう思った陽美の目は光を失っていた。


「セイジさん、次『bug』が来るのはいつ?」

「ちっか……。いや、二日後だが……。」

 陽美はずい、とセイジさんに顔を近づけて聞いてくる。

 セイジさんはなんとなく理解はしていた。

 様子がおかしい。

「もう少し早くくるようにすることって出来ないの?」

「はぁ?出来ないが……。どうした、様子がおかしいぞ。」

「ならいい。」

 陽美は、セイジさんの話も聞かないままどこかへ去って行った。

「どうしたんだ……。」

「セイジさん。」

「樋口さん。どうしました?」

 後ろを振り返ると、そこには怒った顔をした樋口さんがいた。

「どうしました?じゃないです。彼女、恐らく死にたいと思ってますよ。」

「わかってます。」

「では何故行動を起こさない!?」

 樋口さんはバン、と机を叩き、怒りを露わにした。

 しかし、それでもセイジさんは冷静に話し始めた。

「行動を起こした所で、悪化するだけだと思います。」

「あれは悪化以前の話です。」

「では、次の『bug』退治の時は見守り係をつけます。」

「……はぁ、わかりました。」

 あんな危険な事をさせるのは愚の骨頂だと思うが、自分たちが出来るわけがない。こんな案で納得するなんて、私はなんて馬鹿なんだ。

 樋口さんはそう思いながら、そしてそれを隠す様に去っていった。

「……俺の目的は、本当に満たされるのだろうか?本当に、『metatual』で解決出来るのだろうか?何もわからない。アイツらを犠牲にすればわかるか?いや、わからない。だって、から。駄目だ。教えてくれ、。」

 セイジさんは、頭を抱えながら、ぶつぶつと呟いていた。


「大丈夫かよ、陽美」

「……。」

「はっ、返事もなしか。」

 翼は、『metatual』に入る前にセイジさんに陽美を見守るよう言いつけられた。

 正直言うと陽美のことは心配だった為、二つ返事で承諾した。

 今はパトロールをしている所で、いつ、どこで『bug』が現れるかわからないので、二人一組で行動しているのだ。

 颯は彩芽と行きたそうだったが、光が勇気と行くよううるさかったので颯は勇気と行く事になったことは記憶に新しい。

 二人で歩いていると、上から大きな羽音が聞こえてきた。

「……きた」

 翼は急いで道具を取り出して変身する。変身した直後、隣にいたはずの陽美がいない事に気づく。

 どこだと思っていると、空に飛んでいる巨大なハエの軍団に突っ込んでいた。

「ちょっ……!」

 翼は急いで陽美のところへ向かい、飛んでいた陽美を翼も飛んでそのまま陽美を掴み、そして、建物の上に降りた。

「何!?離して!」

 陽美は癇癪を起こし、ボコボコと陽美を掴む翼の手を殴った。

「いった!おい、殴るな怒るな泣くな!」

「離して!」

「お前何するつもりだ!」

「うるさい!別に私の勝手でしょ!」

「はぁ!?」

 そうやって言い合いをしていると、ハエが翼達の方へ突っ込んでくる。

「やべ、危ない!」

 翼は急いで手を離し、陽美をハエに当たらない様に突き飛ばした。その反動で、陽美は道路側へ、翼は建物の上に飛ばされる。ハエはそのまま緑色の血飛沫をあげて潰れていった。

「っで!」

 少しだけ擦り傷が出来たが、そんなことより陽美が心配だった。

「ダーク!」

 翼は陽美の元へと向かった。陽美は、ゆらゆらと動きながら起きた。額には青い血が垂れている。

「大丈夫か!?いや、突き飛ばしたの俺だけど。スプラのとこへ行くか!?」

「うるさい。」

「はぁ!?心配してやってるのによ!」

「あんたのそう言うところ、嫌いだよ。」

 そこで翼は気づいた。笑っている。薄ら笑いを浮かべている。

「いっつも偉そうで、ありがとうもごめんも言わないプライドの高さで、私の事が嫌いな癖にずっとちょっかい掛けてくる。」

「何言ってんだよ。」

「あんたのこと、嫌い。」

「お、俺だって……!」

 そこで、翼はふと気づいた。俺は、本当に嫌いだったか?本当は、アイツに構ってほしくて、いや、笑ってほしくて……。

「あんたも、アイツらと一緒だ。お前は、私の事をいじめていたんだよ。」

 その後、陽美は笑ったが、いつしか無表情になった。

「……ここで終わらせる。」

「は?」

「もうすぐくるでしょ?」

「何が」

 陽美は空の方を向いた。翼も同じ方向を向くと、ハエがこちらへと近づいていた。

「おい、よけろ、お前!」

「何?今更心配?」

 翼はスナイパーライフルを構えると、そのまま陽美に降ろされた。

 なんで、と言いかけた時には既に近くにいた。

「避け……」

 翼が手を引こうと陽美の手を握ったが、弾かれてしまう。その瞬間、陽美はハエによって潰された。

「え……。」

 べちょ、と蛍光色の緑とくすんだ青が頬につく。何があった?潰された?陽美が?

 すう、とざわついていた周りの音が無くなる。否、聞こえなくなる。

「……なんだよこれ。」

 翼は、目の前の死体を見た。

 触れようとした途端、消えてなくなった。

「なんだよ……なんなんだよ!」

 翼は目の前の敵を睨みつけた。

 そして、マシンガンを持ち、叫びながら乱射した。

 ハエはそのまま撃ち抜かれ、ぱん、と飛び散る。

 まだだ、まだ足りない……!

「ウィング!」

 肩をグッと掴まれ、集中が切れる。

 そこには、勇気と颯がいた。

「どうしたのもうハエはいないよ……。あれ?ダークは?」

 勇気がそう聞くと、翼は正直に答えた。

「潰された。」

「は?」

「え?」

 二人は同時に声を出した。意味がわからなかった。

「でも、無いけど……。」

「消えた。」

「……。」

 絶句している勇気をよそに、颯は言った。

「とりあえずみんなと集合しよう。話はそれからだ。」


「あ、ブイ、ハリケーンにウィング……。」

 光は三人を見つけ名前を呼ぶが、彼らが近づくにつれ、声も小さくなり無表情になる。

 そりゃそうだ。彼らの表情――特に翼――が暗かったからだ。

「あれ、どうしたの?何かあった?」

 事の異常さに気づいた彩芽は、三人に近寄り、みんなの表情を伺う。

「……ダークが、死んだ。」

「……え?」

「潰されたんだ。死体も残ってない。」

「そ、んな……。」

 彩芽はまだ現実を見れていない様で、言葉を詰まらせながら考えていた。

 しかし、周りの野次が大きくなっていく。殆ど全てが批判だ。

「……まず、ここを出よう。」

 颯がそう言った。

 いつもなら戦った後『metatual』内で買い物をするのだが、する気が起きない。

 それに、もしかしたら現実では陽美がケロッとしているのではないか?

 一縷の希望を持って光達は『metatual』から出た。


 ぱち、と目が覚める。

 体を起こして、陽美の方を見る。

 が、彼女は起きてなかった。すぅ、すぅと眠っている。

 息がある事に安堵したが、起きる気配はない。

 光はその事について酷く不安になった。

 すると、ドアがノックされる音が聞こえた。

 返事をすると、そこにはセイジさんがいた。

「光?起きていたのか。」

「セイジさん、陽美ちゃんが……。」

「話は聞いている。これはまだ前例がない。人が『metatual』内で死ねば、消えてしまうなんて……。」

 すると、セイジさんは陽美を姫だきした。

「な、なにを……。」

「安心しろ。陽美は。だが、。こいつの体を使って、原因を追求するんだ。安心しろ。死なせはしない。」

「そう、ですか……。」

 帰っていくセイジさんの後ろ姿を見ながら、初めてこの部屋に入った事を思い出した。

『……あんまり期待しない方がいいよ。』

『metatual』内で戦っていると、やはり野次を聞いてしまうものだ。賞賛の声だけではない。いや、賞賛の声ですらも自分勝手に感じてしまう。

「陽美ちゃんはわかってたの?こうなる事。」

 光は『metatual』は現実世界とは違い、もっと幸せな場所だと思っていた。しかし、蓋を開けてみると、人間の醜さが露呈していた。現実世界となんら変わらなかったのだ。

 光は顔を歪ませて涙をこぼした。

 これからどうすればいいのだろうか。『metatual』を救う理由も無くなってしまった。陽美も私の選択ミスで死んでしまった。これから、どうすればいいのだろう。

 

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