第一部第一章:自分勝手

6.入学式と始業式

 数日後、春休みが終わり、孤児院の子達は全員学校に行く準備をしていた。

「わ、やっぱり素敵だね、それ。」

 光は彩芽の制服を見てそう言った。

 中高一貫校である県立神在月中学校・高等学校は、中学、高校で制服が違う。

 中学の制服は女子がセーラー服、男子が学ランだが、高校の制服は男女ともにブレザーなのだ。

 孤児院の子達の中で唯一高校生である彩芽だけブレザーを着ていたので、彩芽は少し寂しさを覚えていた。

「あー、私も中学生ならよかったなぁ。」

「俺、後一年で高校生になるからそれまで我慢してよ。」

「そうだねえ。」

 彩芽が愚痴っていると、颯が宥めた。

「にしても、陽美は光にくっついちゃってるね。」

「別に、くっついてないよ。」

 そう言い、光の服の袖をキュッと引っ張った。

「よく懐いてるよねぇ。」

「ど、同室だからかなぁ。」

「私を子供扱いしないでくれる?」

 光はいつのまにか彩芽や颯に敬語を使うのは無くなっており、彼らの距離が縮まっていた。

「わ、ブカブカだ……。」

「大丈夫、身長は伸びるからね。」

 制服がブカブカで不安がっている勇気を光が元気づけると、横から翼が入ってくる。

「そーだぞ!女子はもう伸びねーけどな!」

「ばか、伸びるもん。」

「そうだよ、私達はまだ伸びるからね。」

 陽美が頬を膨らませながら言うと、光がその言葉に同意した。

 彩芽と颯以外の子達は新しい制服――光は中学二年生だが、古かったので買い換えた――を普及され、それぞれの反応を示していた。

「光ちゃんと颯くん以外はまだ早いんじゃない?入学式、午後からじゃないの?」

 遠くから速水さんの声が聞こえた。

 速水さんと山口さんも樋口さんと同じようにここの孤児院の先生で、光達のお世話をしている。

「いやぁ、なんだか落ち着かなくて……。」

 勇気がそう言うと、速水さんは納得した。

「そういえば、光ちゃんと颯くんは学校、行かないの?もうそろそろ時間だよ。」

「ああ、そうだ。颯君、行こ。」

「うん。」

 山口さんの呼び声で二人は急いで孤児院から出た。

 二人が出た後、陽美は誰にも聞こえない声でこう言った。

「……やっぱり、学校に行きたくないな。」

 その声を、ただひとり、翼だけが聞いていた。


「みんな、クラス何組になった?」

 みんなが孤児院に戻った後、彩芽がそう問いかけた。

「俺と勇気は一組!で、陽美は二組。」

「私は三組」

「俺は一組だな」

「へえ、そうなんだ。私は二組だよ。」

 翼、光、颯の順番に言うと、彩芽は納得し、自分のクラスも言った。

「お前ら、クラスの雰囲気はどんな感じなんだ?」

 ホットコーヒーを持ちながらそう問いかけたセイジさんに、みんなが次々と答えていった。

「うーん、まあまあかなぁ。光ちゃんは?」

「私も。陽美ちゃんは?」

「……普通。」

 光が問いかけると、陽美はもじもじした後そう答えた。

「……普通じゃねえだろ。」

「……!」

 陽美の反応を見て、翼がそう言った。

「なんか嫌なことでもあったのか?」

「別に、なんでもいいじゃん。」

「……そんなもんか?いっつもそうだよな。そーいや、お前小学生の頃もなんか学校いくの嫌そうな顔してたじゃん。なんか」

「まあまあ、詮索されたくないこともあるじゃん、ね。」

 翼と陽美が喧嘩になりそうなところで、彩芽が二人を止めた。

 彩芽が止めたことで、張り詰めていた空気が解け、みんな息を吐いた。

「翼、お前は言い過ぎだ。」

「だって、本当のことだろ。ったく、もうお前らのことなんて知らない!」

 颯の発言にムスッとした翼は、そのまま自室へと帰っていった。

「……私も、帰る。」

 そう言い、陽美も席を外した。

「若気の至りってやつかな。いずれ、二人も仲良くなるんだろうけど……。」

「な、なるのかな……。」

 彩芽の発言に、光は少し不安を覚えた。


 害虫退治も随分慣れたもので、『IE』である光達は前とは違う組み合わせで『bug』に立ち向かった。

 今回は大きな蜂が三体も来た為、それぞれ対処にあたっていた。

「おい!ダーク行き過ぎだ!」

「うるさい。別に大丈夫だから。」

 高速で来る巨大な蜂に、陽美はナイフを投げていくが、当たらない。

「お前らしくないぞ、どうしたんだ!」

「なに?私らしくないって、私らしいって何?」

 陽美が着地した後、早歩きで翼の所まで行き、顔をずいっと近づけた。

「私はいつも通りだけど?」

「は、はぁ?どこが。いつもより感情的で、周りのこと見えてないお前なんか。」

「な……!」

 陽美は自分の異常さに気づいてなかったらしく、驚いて後ろずさると、後ろから高速で何かが来た。蜂だ。陽美は気づくのが少し遅かった。もう避けることすらも不可能だ。

「っ、避けろよ!」

「は」

 翼はすかさずロケットランチャーを構え、そのまま蜂に向かって発砲した。蜂は弾によって撃ち貫かれ、緑の液体をばら撒きながら爆散した。その奥で、黒煙が上がった。

「なにしてんの、アンタ。」

 陽美が翼に突っかかると、翼は怒鳴るように言った。

「はあ?お前が足手纏いなだけだろ。」

「うるっさい。」

 陽美が目を逸らすと、翼が呟くように言った。

「……後で、何があったか教えてもらうからな。」

「絶対に教えない。」

 意地を張ったままの陽美に翼はため息をついた。二人ともどっこいどっこいだとおもうが。

 そして、二人はみんなと合流する為にその場から離れた。


「でーてーこいよー!」

「ドア壊さないで……。」

 翼は陽美がいる部屋のドアと叩き、光はそれをオロオロしながら止めていた。

「あんまり陽美をいじめてやるな。」

「はぁ!?いじめてないし。」

 颯がそう言うと、翼は否定するかのように大きな声を出した。

「嫌がることはしたらダメってことなんじゃない?」

 勇気が宥めるように言うと、翼はぐぬぬ、と下唇を噛んだ。

「だってさ、陽美辛そうだったじゃん。放っておくのはダメなんじゃないの?」

「放っておくのはダメだけど、強制的に聞き出すのもダメだよ。陽美が傷つくかもしれないからね。」

 翼の意見に颯が言うと翼はふいっと目を逸らした。

「手遅れになるかもしれないだろ。」

「その時はその時だよ。」

「なんだそれ。あとさ……。」

 翼は再びドアに向き合った。そして、再びドアを激しく叩いた。

「ふつーにムカつくんだよ!俺のことバカにしやがって!!」

「絶対それが目的だよね!」

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