5.勇気付け

「光、何見てるんだ?」

 セイジさんが、コーヒーが入ったマグカップを持ちながら、クッションを持ってソファに座っている光の方へ向かってきた。

「なんか、また事故が起こったって。最近多いよね。」

 光はテレビの方を見たまま、そう言った。

「それにね、加害者の方は自殺してるの。なんでだろ。」

「さぁ……。」

 二人はそのニュースに釘付けだった。

 そのニュースは、とある女性が車に轢かれて亡くなる事件のことだ。

 しかも、車に乗っていた人は轢き逃げをした後、自宅で首を吊って無くなっていたらしい。

 そして今日、新たな情報が入ってきた。それは、被害者の女性には子供がおり、その子供を虐待していたことだった。

 その情報を見ていたセイジさんは、少しだけ考えたが、すぐにやめた。

「最近世の中物騒だよね。」

「経済状況もますます悪くなってきているからな。」

 セイジさんはマグカップを持っていない方の手を使ってスマホをいじりだした。その画面にはとあるSNSの画面が映っており、経済状況がずっと悪化していることについて憂いているコメントがほとんどだった。

「はぁ、どうにかならないもんかなぁ。」

「私は、勇気と、あとみんなと一緒にいられればなんでもいいかな。」

 だって、この世界に希望は捨てたから。なんて言葉は飲み込んだ。

「そうか。お前はいい奴だな。」

 セイジさんはそう言って光に微笑んだ。

「あ、そうだ。お前も勇気も、ここには慣れたか?」

「うん、もちろん。でも、歳上の人にはまだ敬語抜けないなぁ。」

「そうか。ま、これから慣れていけばいいさ。」

 セイジさんははは、と笑った。

「あ、あとね、これは願望なんだけど。」

「なんだ?」

 光は上を見ながら呟く。セイジさんはそれを少しも聞きこぼさない様に耳を傾けた。

「陽美ちゃんともっと仲良くなりたいなぁって。」

「今でも仲がいいと思うがなぁ。」

 セイジさんはぐい、とコーヒーを飲んだ。

「もし何かあったら、困るからっていうのもあるけど、同じ部屋だから……。」

 光の発言にセイジさんは顎に手を当てて少し考えた。

「そうか、なら、『metatual』で買い物しに行けばいいじゃないか。」

「あそっか、その手があったか。ありがとう、セイジさん。」

 光はそう言い、自分の部屋へと帰っていった。

「……まあ、上手くいくか。」

 セイジさんは一人、コーヒーを啜りながらそう言った。


「陽美ちゃん、いる?」

 光がドアを開けると、そこには寝転がりながら本を読んでいる陽美がいた。

 陽美は本から目線を外し、光の方を向いた。

「どうしたの?」

「一緒に『metatual』に行かない?」

「別にいいけど……。」

「やった。じゃあ、準備してね。」

 光は嬉々として専用の機器をつけてそのまま眠った。

 陽美は手際の良さに少し驚きながらも自分も機器をつけて眠った。

「やっぱり、陽美ちゃんその姿私よりも大人っぽいねぇ。」

 陽美は、目覚めるや否や言われた言葉がそれだった。

「まぁ、大人っぽくはしてるよ。」

「でも、ツインテールって子供っぽく見えるのに、どうしてだろ。」

 む、と光が唸っていると、陽美はツインテールの先端をいじりながら答えた。

「顔をちょっと面長にしてるの。でも、面長にしすぎると似合わなくなるから、まあ、高校生くらいの年齢くらいになってるかなあ。」

「なるほど。結構詳しく設定してるんだね。」

 二人は家を出て、陽美の事を詳しく聞きながら人混みの中へ入っていく。

「私、こういうファッションに憧れててさ。現実の私は髪も明るめだし、目つきも悪いから、似合わないかなって。」

 陽美は少し悲しそうな顔をしてそう言った。

「でも、やったことないんでしょ?」

「え?」

「じゃあ、一回やってみようよ。」

 光は人差し指を立ててそう言った。

「最初からダメって考えてたら何にも出来ないでしょ。だから、やってみようよ。」

 その言葉に、陽美は少しだけ揺らいだ。

「……でも、それを着て外に出る勇気なんて」

「別に、孤児院の中だけでもいいよ。最初から外に出ることはハードルが高いだろうからね。」

 それを聞いた陽美の顔が徐々に明るくなっていく。

「『metatual』で買った服って、現実世界でも買えないかなあ。」

 光がそういうと、陽美が口を開いた。

「買えるよ。」

「え?」

「『metatual』で買った服は、その人が追加でお金を出したら作ってくれるんだって。しかもオーダーメイドで。」

「そうなんだ。じゃあその服、作ってもらいなよ。」

「え……。」

 光は陽美の着ている服を指差す。

 少し驚いた様子の陽美は自分の服を見て、胸に当てていた手をグッと握った。


「ただいまぁ……、って、彩芽さん?なにしてるの?」

「おかえりぃ、いやぁ、セイジさんって髪長いでしょ?だから弄らせてもらったの。」

 光と陽美が部屋から出ると、そこにはセイジさんの背後で三つ編みをしている彩芽と何食わぬ顔でノートパソコンをいじっているセイジさんの姿があった。

 セイジさんの前髪も長いので、一部だけ三つ編みをされてピンで止められている。

「それで、どうしたの?」

「それがね……。」

「ねぇ、『metatual』で持っている服ってオーダーメイド出来ない?」

 光が説明しようとすると、後ろからひょこっと陽美が出てきて陽美自身が説明した。

「出来るが……どうした?」

 髪の毛をいじられても慣れているかのように陽美の方を見ながら質問をする。

「私、現実でもそれを着てみたいの。似合わないかもしれないけど。」

「いいぞ。待ってろ、手配する。」

 セイジさんは『metatual』特設ホームページを開き、オーダーメイドの注文をした。

「明日には届くだろう。少し待っていろ。」

「明日!?随分早いんだね。」

 彩芽は三つ編みをしながら驚いた。その後、無事綺麗な三つ編みができた。彩芽は少しだけドヤ顔をする。

「まあ、注文が少ないんだよ。それに、大体がロボやらAIが作ってるからな。」

「へぇ……。」

「じゃあ、私の服も注文出来るかな?」

「するなら自分でしろ。さっきの方法見てたんだろ?」

「うーん、そっかぁ。」

 さっきまでワクワクしていた彩芽は、セイジさんの話を聞いた途端、肩を落とした。

「後、この事翼に言わないでね。何言われるかわかんないから。」

「うん、わかった。」

 陽美の発言に光達は同意した。

 

 翌日、陽美は届いた服を実際に着て、彩芽にヘアアレンジをしてもらった。

 彼女が元々つけているカチューシャを活かすため、低めの二つ括りにした。

「わあ、普通に似合うじゃん!」

「陽美ちゃん、顔が可愛いもんね。」

「そ、そうかな……。」

 陽美が頬を掻いて照れていると、颯と勇気が同時に別の部屋から来た。

「あれ、陽美ちゃんその服、『metatual』の……。」

「オーダーメイドしたんだな。」

「オーダーメイド?」

 颯の発言を不思議に思った勇気が聞き返した。

「ああ、知らないのか。」

 颯が勇気に少し説明した後、陽美の方へと振り返った。

「にしても、これはこれで似合ってるね。」

「確かに、少しだけ雰囲気が違うけど、すごく可愛いね。」

 颯と勇気に褒められた陽美は照れながらも喜んでいた。

 すると、玄関のドアが開いた。

「ただいまぁ、ご飯……ってあれ、なにやってんだ?」

 そこには外から用事を済ましてきた翼がいた。

 一瞬で空気が凍りつく。陽美の顔にも感情が無い。

「あれ?陽美、『metatual』の時のやつ着てる?」

「……それがどうしたの?」

 翼の言葉に陽美はひくひくと口角を上げながら答えた。

「ふぅん。そっちも似合ってんじゃん。変なファッションだと思うけどな。」

 そしてそのままキッチンにいた樋口さんの方へ向かった。

「……翼、一言多いんだから。」

「なんか言ったかー?」

「なんでも無い!」

 陽美は少し複雑そうな顔をしながら自分の部屋に戻った。

「あ、待って……!」

 光はその後をついていく。

 ドアを開けると、服を脱ごうとしている陽美がいた。

「陽美ちゃん。やっぱり、気に食わなかった?」

「違う。もう脱ごうかなって思ってるだけ。着慣れてない服は疲れるから。」

「なんだ……よかった。」

 光が安堵していると、陽美は口を開いた。

「私、自分の見た目に自信がなかったんだ。」

 ポツポツと自分のことについて語っていった。

「でも、今回ので少しだけ勇気着いたかも。ありがと、光。」

「……!」

 光は目を輝かせた後、にっこりと笑ってこう言った。

「どういたしまして!」

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