第一部最終章:百虫夜行

20.人間関係

 あの騒動から数ヶ月、とうとう夏になった。

 服装も夏っぽくなり、孤児院にもエアコンが付くようになった。

「久遠ちゃん、ここには慣れた?」

「慣れたわよ。結構すぐにね。」

 久遠は彩芽に聞かれた言葉にそう答えた。

「……私は、みんなが仲良くなった後に入ったからわかんないけど、人間関係どうなのよ。」

「へ?」

「いや、みんな家族の様な感じなのかなあって……。」

 違うと久遠は察していたが、そのまま聞くのもアレなので、なんとなく聞いてみた。

 翼の言葉について考えあぐねていた所なのだ。アイツは意外と周りを見ている。

「うーん……。違うんじゃないかなぁ。」

「ふぅん……。」

「あれ、意外と反応薄いなぁ。」

 彩芽は久遠の方を向くと、そのままテレビの方へと視線を戻した。

「家族じゃないよ、友達。一緒に住んでるだけの、友達。だからね、恋もする。」

 彩芽はテレビを見たまま続けた。

「……私、久遠ちゃんの事、応援したいなぁ。でも、でも、それだと不幸になる人がいるから、困るんだよね。」

 久遠にもそれがわかっていた。久遠の恋を応援すれば、勇気が不幸になる。では、勇気を応援すれば、どうなる?

「彩芽。」

「んー?」

「彩芽には、好きな人がいるのかしら?」

 久遠がそう言うと、彩芽は目を見開き、その後恥ずかしがる様に笑った。

「まあ、ね。」

 すると、個室から颯がやって来た。

「あれ、珍しい人選だな。」

「えー、そう?」

 久遠は颯の方をじっと見た。

『……あのさ、颯と勇気くんって両思いなのかしら。』

『そうだと良かったんだけどなぁ。』

 この発言について久遠はずっと疑問に思っていた。それについてようやくわかった。

 今までの颯の行動を振り返ると、彩芽を一番気にかけていたのは颯だ。

 そして、彩芽とペアになった時、とても嬉しそうだったのを覚えている。

「……どうしたんだ?」

「いや、なんでもないわ。」

 久遠は、あまりの衝撃にため息をつきそうになっていたのだ。


「翼」

「なに?」

 二人で登校している時、久遠は翼に問いかけていた。

「颯は、彩芽のことが好きなのね。」

「ふぅん、ようやく気づいたんだ。」

 やはり、翼はこのことを知っていた様だ。そりゃそうか。同室だから。

「私、どうすればいいのかしら。」

 久遠を応援すれば、勇気が不幸になる。勇気を応援すれば、颯が不幸になる。

「じゃあ、もっと困惑する様なことを言ってやろうか?」

 翼がそう言うと、久遠は翼の方を向いた。

「彩芽の好きな人は颯じゃないぞ。」

 久遠はそれを聞いた途端、倒れそうになった。


「……樋口さん、なにしてるんですか?」

 速水さんが山口さんに耳打ちすると、山口さんは口を開いた。

「証拠探しですって。『IE』活動をやめさせるための。」

「へぇ……。」

「何見てるんですか?」

 二人が話していると、遠くでパソコンを操作している樋口さんが間に入った。

 二人はなんでもないです〜と言いながらその場を去っていった。

「ったく……。」

 樋口さんはパソコンを操作しながらぶつぶつと何か囁いていた。

「まだ、足りない。これじゃない。これでもない……。」

 その映像は、元々セイジさんが働いているオフィスの監視カメラだった。

「どこ、どこなの……?絶対にあるはずなのに……。」

 カチカチ、とマウスを動かし、イヤホンから流れる音に耳を澄ませながら、をさがしていた。

「どこなの……?bugは……!」


「『bug』を作ってる人?」

「そう。誰なのかなぁって。」

 勇気と光は、『metatual』内のカフェでサンドイッチを食べながら話していた。

「色々あったから、考えたこともなかったや。」

「だよね。でも、ふと気になったんだ。私達は何のために戦ってるんだろって。」

「うん。そうだね。」

 勇気はサンドイッチを一口食べ、それを飲み込む。

「セイジさん、何がしたいんだろ……。」

「セイジさんは、人の個性を認めるために、ここを作ったんだよね。」

 光はそう言い、カフェの外を見た。

「でも、ここも、現実とかわらない。だって、周りの人も変わってないんだもん。」

「うん。」

 外はいつもいい天気だ。

 現実と違い、皆様々な、色とりどりの服や髪を持っている。

 でも、それでも、それをまだ認めてない人だっているのだ。世界は簡単に変わりはしない。

 光は最後の一口を食べると、立ち上がった。

「さ、帰ろうか。」

「うん。」

 二人はカフェから出て、歩道に出た。

 『metatual』の陸の通路は全て歩道であり、電車やバスなどにあたる交通手段は全て空にある。今もタイヤがないバスが飛んでいる。

「お姉ちゃん。」

「ん?」

 勇気は空を見ながら続けた。

「お姉ちゃんは凄いよね。最近プログラミングもしてるんでしょ?」

「凄くないよ。みんなすぐ出来る。」

「うん……。お姉ちゃん。」

「なに?」

 勇気は下を向き、手をもじもじさせながら続けた。

「お姉ちゃんの好きだった人、いつ会えるんだろ。」

「わかんない。」

「お姉ちゃんの好きな人、何歳くらい?」

「わかんないけど……。セイジさんくらいじゃない?」

「セイジさん今年で三十二歳だって。」

「えっそうなの?」

 二人ははしゃぎながら話し、歩道を歩いていく。

 二人が一通り話し終えると、勇気が光の方を向いた。

「お姉ちゃん、世界が怖いって思ったことある?」

「……うん、もちろん。怖いとも、憎いとも、壊したいとも、あるよ。」

 光は少し驚いた後にそう言うと、勇気は微笑んだ。

「僕も。でも、お姉ちゃんに会えて、颯くんとも、みんなとも会えて、この世界も悪くないなって思ったんだ。」

「私も。」

「……お姉ちゃん。」

「もー、さっきから何?」

「僕、お姉ちゃんの弟でよかった。」

 勇気がそう言うと、光は少し目を潤しながら笑った。

「私も。勇気が弟でよかった。」


「最近、怖い事件が多いな。」

 翼はスマホを操作しながら一人ごちった。

 殺人、交通事故、誘拐、自殺――。

 その殆どが、被害者はいじめっ子とか、犯罪者とかの所謂『悪者』側で、加害者は自殺している。

 何とも不気味で、恐ろしい。

 翼はある程度ニュースを見終わると、ふー、とため息をつき、スマホから目を離した。

「こんにちは……って、今は翼しかいないのか。」

「あ、セイジさん。」

 恵愛院に来たセイジさんは、翼の右前にあるソファに座り、ノートパソコンを開いた。

「そういえば、セイジさん何でここに来てるんすか?」

「昔は孤児の調査の為……だったが、今は『IE』運営のためだな。」

「まあ、そうか。」

 翼が一応納得し、じゃあ、と再び続けた。

「なんで『bug』なんて存在が出来たんすか?」

「……知らないな。」

「嘘だ。だって、『metatual』を作った人じゃなきゃ『bug』を作ったって『metatual』内に配置することは出来ない。まー、ハッカーなら出来るかもしれないけど。」

「お前言ったじゃないか、ハッカーが作ったんだ。」

 セイジさんの発言に、翼はため息をついた。

「それ、嘘つく時に言う言い訳っすよね。」

「そうか?」

「そうそう。」

 翼がそう言うと、今度はセイジさんがため息をつく番だ。

「お前、いつから他人の感情にめざとくなった?いや、元からか……。」

「で、どうなんすか?」

 翼はセイジさんにそう聞くと、セイジさんは答えた。

「管轄外だ。これは本当だ。」

「……なーんだ。」

「だが、これだけは言える。」

 セイジさんはノートパソコンのキーボードを打ちながら言った。

IE。それと、んだ。」

「……それって」

「それだけだ。それ以上は何もない。」

 ――昔の翼なら、もう少し聞けていたかもしれない。だが、あのことがあってからは、少し臆病になっていたのだ。そのせいで何か起こって仕舞えば、もう手遅れなのだから。

「……わかりました。」

「それでいい。」

 翼はそう言い、自室へと戻っていった。

 セイジさんのパソコンの画面には『zero』のホームページが載っていた。

 

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