magical in fantasy world
青海
第一部プロローグ:絶望の出口、希望の入口
1.始まり
2040年、世界はまったくもって変わってなかった。
少しだけマシになった程度の環境問題、いまだにされ続ける様々な差別、世界で広がる貧富の差、ちっとも解決していない児童虐待など……。
少女――
みんな幸せになれない、そんな世界に。
光は、少しだけ汚れたお下がりの制服を着て、ボサボサの髪の毛で学校に来ていた。勿論、友達と言える友達はいなかった。なんせ、見た目が汚いし、それに心が荒れていたから。
そんな日常を繰り返していたある日、クラスメイトの会話を小耳に挟んだ。
「はあ、早く学校終わらないかな。」
「わかる、早くログインしたいよ。」
「私、『metatual』での姿可愛いんだよ。――ちゃんにも見せたいなぁ。」
「えぇ!?見たい見たい!」
「だからさ、あっちで会おうよ。あっちの友達も誘っちゃお!」
「ほんと!?やったあ!」
――楽しそうだな。
『metatual』。数年前に公開されたフルダイブ型VRだ。
光は詳しい事は知らなかったが、きっと、素晴らしい世界なんだろうなと、差別も、虐待も、いじめも何もない世界なんだろうなと思った。
もし、あっちの世界に行ったら何をしよう。
弟と一緒に街を歩いて、ご飯食べて、ああ、服を見に行ってもいいかもしれない。その後、ゲームセンターで遊んで――。
なんて想像しても、無駄かもしれない。でも、一縷の希望を見出したかった。
もし、あっちの世界で弟との願いが叶ったら、
私、救われたよって。だから大丈夫だよって。
ああ、したい事が多い。光はそう思いながら、机に突っ伏しながら眠った。
今日も、いい夢が見れますように。
――その願いが叶ったのか、その日、光の母親と弟の父親が交通事故で亡くなった。
親の四十九日が終わり、誰に引き取ってもらおうかと親戚の人達と相談したが、誰一人として引き取ろうとしなかった。その代わり、とある人が、ある提案をしてくれた。
「孤児院はどうだい?ほら、君たちが通う学校のすぐ近くにあるじゃないか。あそこなら、引き取ってくれるのではないか?」
その意見に全員が賛成した。
そして、二人はその孤児院で暮らすことが決定した。
「……これでいいの?」
「うん、大丈夫。
「あぁ、うん。お願い。」
光は、弟的存在である勇気に腰まであった髪の毛をばっさりと切ってショートにしてもらった。
今度は光が切る番だ。
男性にしては長い肩までつく髪の毛を少しずつ切っていく。
そして、うなじがまるっきり見えるようになるまで切ると、今度は前を向かせた。前髪を切るのだ。
勇気が耳に掛けるなりなんなりしていた前髪。
よくよく見てみると、鼻のところまで伸びていた。
バッサリ切って、整えて、目が見えるくらいにした。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「どういたしまして。これで、準備が出来たね。」
「……うん。」
そう、孤児院に行く準備。
そのままだと暗い印象を抱かせるかもしれない為、髪の毛を切り合っていたのだ。次はお風呂だ。
親がいた頃、ろくにお風呂に入ってなかった。
髪の毛も数年に一回のペースでしか切ってなかった為、伸び切っていて、つやつやじゃなかった。
だから、二人は第一印象を悪くしないためにしていた。
光が先にお風呂に入り、出た後荷物を纏めていると勇気がドアを開けた。
「あ、お姉ちゃん。荷物纏めてたんだ。」
「うん。明日急がないようにね。」
荷物を纏めている光を見て、ふと勇気はとある事を思い出した。
「そういえば、昔公園で誰かに会ったって言ってたよね。誰だったの?」
「えぇ?うぅん。私もあんまり覚えてないけど、優しそうな大人だったよ。」
勇気から見て、その事について話している光は恋する人に見えた。
それを見て、少し微笑ましくなった。
「会えたら良いね。」
「うん。」
よし、と光が立ち上がると勇気の方を向いた。
「さ、ご飯食べようか。」
「うん。」
もう夕暮れだ。晩御飯の時間だ。
今日はとびきり豪華なご飯を食べよう。
翌日の昼、家に車が来た。
中から女性が出てきて、光達にこういった。
「こんにちは、野口さん、
よろしくね。と差し出された手を二人は握った。
自動運転の車に乗った後、様々な世間話をした。
「ああ、そうだ。スマホとか持ってる?」
「いや、私も勇気も持ってないです。」
「じゃあ支給しようか。孤児院に慣れたら契約しに行こうね。」
樋口さんにそう言われ、光と勇気の目は輝いた。
初めてのスマホだ。何をしようか。
心を躍らせながら話していると、別の内容になった。
「そういえば、『metatual』の事も話しておかないとね。」
「え!?『metatual』にも行く事が出来るんですか!?」
光が驚いていると、樋口さんは笑った。それもそうだ。光は憧れていたんだから、あの空間に。
「あはは。そうか、行った事がないのか。そう、行く事が出来るよ。ただ……。」
「ただ?」
「いや、なんでもない。」
勇気が聞き直すと、樋口さんは言い淀んだまま答えなかった。
光と勇気は少し疑問に感じながらもあの空間をいい世界と信じてやまなかった。
「ほら、ついたよ。」
「ありがとうございます。」
車が小さな駐車場に停まり、樋口さんに声をかけられる。
孤児院の見た目は、思ったより新しく、結構広い。
樋口さんは二人を玄関まで連れて行き、そのままドアを開けた。
玄関の先はリビングとなっており、二階が開放的になっている。そこから沢山のドアが見えていた。リビングの奥にはトイレやお風呂があるのだろう。
「あ!」
リビングのソファでテレビを見ながらくつろいでいたであろう少女が声をあげてこちらへと向かってきた。
その少女は恐らく光達よりも年上で、少しだけ身長も高い。
長い髪を一つの三つ編みにしており、全体的におしゃれな服装をしている。
少女は二人に近づき、にっこりと微笑んだ。
「ねえ樋口さん、この二人が今日来るっていう子達だよね!こんにちは!私は
「え、えっと……。」
「おい、彩芽。自己紹介は全員が集まってからじゃないのか?」
光達が驚いていると、奥から声が聞こえた。男か女かわからない声だ。
そこから人が出てきた。ポニーテールの髪を靡かせ、白衣をきた人だった。
「あは、ごめんねセイジさん。つい興奮しちゃって。」
「ったく、お前はこの中じゃ最年長だろ。」
セイジさん、と呼ばれた人は彩芽にどこか呆れたような声色で話していると、樋口さんがセイジさんに話しかけた。
「……ああ、セイジさん。この二人が今日来るっていってた……。」
樋口さんがそう言うと、わかってますよと言いながら光達の方を向いて、優しい声で言った。
「初めまして。もうすぐで他の人が来るからな。」
そう言うと、セイジさんは大きな声を出してみんなを呼んだ。
二階の沢山のドアから人が出てきてそのまま階段を降りていく。と言っても三人だが。
その子達はなになにと騒がしくしながら――と言ってもほぼ一人が喋っているのだが――階段を降りてそのまま光達の方へ向かってきた。
「ほら、お前ら、こいつらが新しくきた子達だ。自己紹介できるか?」
すると、さっき騒がしかった少年が手を挙げた。刈り上げをしている少年だった。
「はーい!俺からするぞ!俺は
その次に、ため息をつきながら、カチューシャをしている少女が言った。
「……
「おい!もっとテンションあげて言えよ!印象悪いだろ!」
「はあ。あんたが高すぎるだけだよ。」
「んだと!」
陽美の自己紹介に納得がいかない翼がやいやい言ってると、背の高い少年が間に入ってきた。
「まあまあ、落ち着けって。」
「そうだよ、二人とも。ほら、まだ
彩芽がそう言うと、彩芽は背の高い少年に目配せをした。
「初めまして。俺は
颯がにっこりと微笑むと、勇気はビクッと震えた。
ああ、これは……と、光は勇気が颯にどんな感情を抱いているのかを察した。一目惚れしたな、これは。
「よし。全員したな。ほら、お前らも自己紹介しな。」
セイジさんにそう言われ、光と勇気は目配せした後、光が口を開いた。
「私の名前は野口光って言います。よろしくお願いします。」
光が頭を下げると、彩芽がわー!と叫んだ。
「そこまでかしこまらなくていいよ!ね?」
「そ、そうですか?」
「ほら、敬語は外してさ。ここに住む仲間じゃん!」
「えっと……。」
光が困惑していると、颯が間に入ってきた。
「あー、彩芽、それ以上はやめときなよ。ほら、少しずつ慣れていけばいいからね。」
「はい……!」
「はい、次。」
セイジさんがそう言うと、勇気はピシッと姿勢を正した。
「あの、鹿原勇気です!よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げると、彩芽が再び「あー!そんなかしこまらなくていいって!」と言うので、セイジさんは大きく手を叩いた。
「はい。ほら、自己紹介終わったから、部屋割りするぞ。樋口さん、よろしくお願いします。」
「ああ、はい。」
そうして、テキパキと部屋割りがされていった。光は別に二人部屋でもいい。でも勇気は一人部屋がいい。じゃあ、光は陽美と一緒ね、とかなんとか。
部屋割りが終わったので、次は荷物を取りに行こう。そうなり、二人は車に積んである荷物を取りに行った。
二人だけになった空間は光達にとって安心する場所だった。まだあの空間には慣れない。
「そういえばさ。」
「ん?」
「勇気、あの子に惚れちゃった?」
「ほっ!?」
「あっ」
「いでっ」
勇気は光が言った事に驚き、車の荷台から途中まで出ていたキャリーバッグから手を離してしまい、そのまま落としてしまい、それが足に当たった。
当然、大きな音がしたので、孤児院の人たちが心配しにやってきた。
「だ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫でぇす……。」
いたた、と嘆きながら勇気は弱々しく言った。
彼らが去った後、光は勇気に話しかけた。
「ごめんね。なんか変な事言っちゃった。」
「いや、当たってるからいいよ。やっぱり、お姉ちゃんには敵わないね。でも、お姉ちゃんだって、好きな人いるでしょー?」
勇気がにやにやしながら言うと、光は頬を赤らめながら言い訳をし始めた。
「いやいや、あの人は好きな人じゃなくて、憧れ?って言うか……あ。」
「ほぼ自白してるようなものじゃん。」
「あは、あはは……。」
墓穴を掘ってしまった光はただただ、笑うしかなかった。
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