2.恵愛院

 コンコン、とドアを叩く。

 はい、と返事が来たので、光はドアを開けた。

「こんにちは、えっと、斉藤さん。」

「……陽美でいい。」

 そう言った陽美はベッドに座りながら本を読んでいた。

「えっと、じゃあ、私の事は光って呼んでくれない?」

「……また今度ね。」

 ああ、とっつきにくい人なんだなと光は思いながら、ぐるりと目線を一周する。

 奥には窓があり、その両端にベッドがあった。それぞれのベッドにナイトテーブルがあり、間接照明も付いている。ドア側の壁とベッドには隙間があり、そこにはクローゼットが一つあった。光が寝る側にある。

 光は陽美と向かい合わせになるように座った。

「ねえ、一応同じ部屋の仲間だからさ、仲良くしようよ。」

「……そういうの、あんまり好きじゃない。」

「あはは……。」

 陽美は読んでいる本から目を離さないままそう答えた。

「えっと、あ、ねえ、『metatual』って知ってる?」

「知ってるも何も、みんなやってるでしょ?」

「いや、私やってないんだよね。」

「え?」

 その瞬間、光は初めて陽美と目を合わせた。

 非常に驚いている顔だった。

「なんで」

「いや、そこまでお金なかったし」

「ふぅん……。」

 少し落ち着いたような表情で陽美は再び本に目を移した。

「それが、どうしたの?」

「どんな世界なのかなって。ほら、姿も変えられるって言うし。きっと、凄い世界なんだろうなぁ。」

 光がそう言うと、陽美は目線を光の方に合わせてきた。思わず身震いするくらい鋭い目つきだった。

「……あんまり期待しない方がいいよ。」

「え?」

「だって、あそこは……」

 彼女が言い切る前に大きな音を立てて誰かが来た。

「こんにちは!女子会しない?」

「……。」

「えっと……。」

「光ちゃん!陽美ちゃんも、女子会しよ!」

 そこに来たのは彩芽で、にっこにこで女子会に誘おうとしている。

「……最年長の品格がない。」

「まあまあ、付き合いやすい最年長だと思って!」

「あの……。」

「私?自由に呼んでいいよ!出来れば名前がいいな!」

 とにかく止まらないマシンガントークに気後れしながら、光はなんとか話についていこうとしていた。

 彩芽はいつの間にか陽美の隣に座っており、にっこにこでこちらの方を見ていた。

「私一人だからさ、寂しいんだよね。」

「そうなんですね。」

「流石に男女共有はダメだからね。」

 彩芽が説明すると、光は納得した。

「でさ、何話そうか?」

「何も考えてきてないの?」

「一応考えてきてるよ!……恋バナとか?」

「私はパス」

「ええ!?」

 陽美の発言に驚いた後、陽美に縋り、一緒に恋バナしよーよー、とうめき続けていた。

 すると、パッと光の方に振り向いた。

「あ!そういえば、光ちゃん、勇気くんとはどんな関係なの!?」

 彩芽がキラキラと目を輝かせていると、光はあっけらかんと答えた。

「どんなって……、普通に姉弟関係ですけど。」

「そうなの!?」

 光の返答に驚いていると、陽美は首を傾げた。

「……?苗字が違う気がするけど。」

「あー……。まあ、説明すると長いけど」

「長いならいいや。」

「そっか。」

 そのことについて、陽美も彩芽も深追いしなかった。孤児院に住んでいるのだ。ある程度問題が無ければここにはこない。そのことを理解しながら、一線を引いて、お互いを傷つけないようにしているのだ。

「あ!陽美ちゃん、翼君とはどう!?」

 次の標的は陽美になった瞬間、陽美はため息をついた。

「いつも聞いてくるじゃん……。アイツはウザいだけ。」

「えぇ〜。ほぼ同時期に入ってきた仲じゃん!」

「……それでも、仲が悪いものは悪いよ。」

「そっかぁ……。」

 彩芽がしゅん、となっていると、陽美はじっ、と彩芽を見ながら揶揄うように言った。

「それをいうなら、セイジさんと仲がいいじゃん。」

「いやぁ、セイジさん、顔がいいし、髪も長いからなんでも似合うんだよねー。」

 彩芽が頭を掻きながらそう言った。

 

 好きな人。そう考えた時、ふと、昔を思い出した。

 公園にいた時、声をかけてくれた人。

 彼は光よりも年上で、みずぼらしい光に声をかけてくれた。

 数日間、彼に会う為に公園に通った。

 その後、とあることがあって、もう公園には行かなくなったけど。

 いつの間にか会えなくなった人。今、何をしているだろうか。


「いやあ、恋してる顔だね。あれは」

「そう……。ただ昔を思い出してるだけだと思うけど。」

「いやあ、あれは恋してる顔だよ。」

 陽美と彩芽は光を見ていた。

 目を瞑りながら微笑んでいる。すごくいい思い出に耽っているのだろう。

「……ほんと、幸せになって欲しいね。もちろん、陽美ちゃんもだよ。」

「……あ、そ。」

 その後、セイジさんの声がして、リビングに集まると、セイジさんから歓迎会をすると言われた。

 そして、光と勇気が沢山ご飯を食べたのはまた別の話。


 翌日、光と勇気はセイジさんに呼び出されていた。

 呼び出されて早々、二人はとある問いかけをされた。

「お前ら、『metatual』に興味はあるか?」

 そう聞かれると、二人は顔を見合わせた。そして、目を輝かせてうなづいた。

「そうか。なら、好都合だな。今からそれの設定をする。昨日、陽美と彩芽から二人は『metatual』をしていないと聞いたからな。」

 そう言うと、セイジさんは二人にスマートフォンを渡した。

「今日からそれはお前らの物だ。じゃ、それを使って設定していくぞ。まずはその右上にあるアプリを押せ。」

 二人は彼の言う通り、『Me』と書かれたアプリを押した。

 画面に『metatual』という文字が現れると、見た目の設定に入った。

「最初は見た目を決めるんだ。好きなように決めていい。」

「好きなようにかぁ……。私はそのままでいいかな。勇気は?」

「僕は、もっと身長を伸ばしたいな。」

 会話をしながら二人は見た目を決めていった。

 光の見た目は現実と何ら変わりなかったが、勇気の見た目は彼の面影をそのままに、大人にしたようなものになっていた。

「次は声だな。ほら、マイクに声を当ててみろ。あーってしてな。」

 そう言われた二人は恐る恐るスマホのマイクに声を掛けるように出した。

 録音された音は下のバーを使えば好きに変えられるようだったが、二人は変えなかった。

「声は変えなかったんだな。」

「な、何となく……。」

「流石に、姿も声も変えたら、僕じゃなくなるかなって。」

「まあ、声も大事だからな。じゃ、次は視界だな。」

「視界?」

 次の画面では様々な世界がある画面だった。

 モノトーン、ビビットトーンなどの色調、アニメ調や現実風味、その他諸々。

「何もこだわりが無かったらデフォルトのままでいい。もうそれだけだな。ちょっと待ってろ。」

 セイジさんが何処かへ行ったと思えば、すぐに帰ってきた。手にはアーチ状になった黒い機器があった。

「これをワイヤレスでスマホに繋いで『metatual』にログインするんだ。」

 二人にそれぞれ渡されたが、二人は全くもって使い方がわからなかった。

「どうやって付けるんですか?」

勇気がそう言うと、セイジさんはそれを手に取り、口で説明しながらつけ始めた。

「こうやって、耳にかけるんだ。簡単だろ?」

 セイジさん曰く、骨伝導イヤホンを元にわずかな脳波を感じ取り、スマホと連動することで『metatual』の世界を見せているらしい。五感もその世界ではよく働くようだ。二人には話の一割もわからなかったが。

「まあ、現実に近いと思ってくれればいい。そうだな……彩芽と颯を呼んでこよう。」

 セイジさんが二人を呼ぶと、ひょっこりと部屋から二人が出てきた。

「なになに?」

「光と勇気の案内をしてほしいんだ。彩芽、お前が言ってきたんだからな。」

「なんで俺も?」

「男子の中だと一番年上だろう。それに翼に頼るのは何だから気が引ける。」

「それはわかりますけど。」

 颯が苦笑いし、そのまま光と勇気の方に向く。彩芽もそれを見て二人の方を向いた。

「まずは寝室で寝るんだ、それをつけてね。」

 そうして颯達は二人を自室へ行くよう指示した。

 自室には同居人の陽美が本を読んでいた。

「どうし……ああ、行くんだね。」

「うん。颯さんと彩芽さんに教えてもらうんだ。」

「ふうん。まあ、頑張ってね。」

 少し親しげに言われたので、嬉しくなった光は、少し頬を緩ませながらうなづいた。

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