25.疑問
「光ちゃーん!学校に遅刻するよー!」
「……やすむー。」
「そっか……。」
彩芽はドアを叩きながら光の事を連れて行こうと思ったが、光はそれを拒んだ。彩芽は無理やりは良くないと思い、彼女をそのままにしておいた。
「速水さーん、山口さーん。だめだったー。」
「まあ、仕方ないよね。」
「暫くそのままにしておこうよ。」
「……まあ、そうだね。」
彩芽は二人に報告をした後、皆揃って行こうとしたが、山口さんは周りが騒がしいことに気づいた。
「ちょっと待って、先に外を見ていい?」
「え、見ていいけど……、どうしたの?」
「ちょっとね。」
山口さんはそう言い、二階の窓から玄関の先を見た。その瞬間、山口さんは目を見開いた。
「……今日、いやここ暫くは学校には行かない方がいいかも。」
「えー?なんで?」
「外に沢山の記者がいる。」
彩芽達はその発言に驚き、次々と山口さんの方へと向かい、その目線の先を見た。
確かに、そこには建物にワラワラと群がる記者達がいた。
「こんな状況じゃ、学校には行けないわね。」
「えー。授業についていけなくなるよ。」
「自習をすればいいんじゃね?」
「翼達はまだ簡単だからいいよ。高校生になったら授業受けてもわかんないところが沢山出てくるんだからね。」
その光景を見ながら口々に話していると、ふと、颯はある疑問を思い浮かべる。
「ねえ、なんでここってわかったんだろ。」
「え?」
「だって、会見の時には俺らの場所なんて何にも言ってなかった。なのになんで……。」
「簡単だろ。」
「え?」
翼の突然の発言に颯は呆気を取られる。翼は続けて言った。
「アイツらが、記者達が勝手に調べたんだ。それだけだろ。」
「なんだって……!?」
「アイツらは金になるならなんでもする。それが、どれだけ人権を侵そうとも。」
翼の発言で皆黙り込む。数分無言が続いた後、山口さんが口を開いた。
「……一旦、気晴らしにゲームでもする?事が落ち着くまでは待つしか無いよ。休みとかの手配はこっちでしておくから。」
彼はそう言い、そのまま下へと向かった。残された四人は顔を見合わせてから下へと向かった。
光はずっと勇気の事を考えていた。
私は勇気を信じてしまった。そのせいで死んでしまった。私のせいだ、私のせいだ。ずっと昔からそうだ。必要な時に見放して、必要じゃ無い時に過保護になる。ずっと間違ってばかりだ――。
ベッドの中一人蹲りながら、光は考えていた。
すると、とある人物からチャットが届いた。
彼は光と同じクラスメイトだが、連絡先を交換していなかったはず。恐らく、クラスグループチャットから連絡先を探したのだろう。
『大丈夫ですか?最近学校に来てないけど。』
『大丈夫です。どうしましたか?』
光は少し緊張しながらチャットを返した。
『もし相談があるなら、この世界に絶望したなら僕の元に来てください。いつでも待ってますよ。』
その言葉と共に、とある住所が送られてきた。光はその答えに少し不信感を募らせたので、光はそのチャットに返事をせずにスマホを下ろした。
――このまま眠り続ければ、勇気の元に会えるかな。
そう思いながら光は再び眠りについた。
ふと、光は目を覚ました。時計の針はもうすぐで四を指そうとしている。だが日は上ってはいない。
再び寝ようとしたが、ぱっちりと目が覚めてしまったので、少し外に出ようと部屋から出る。
新しい空気を吸おうと外に出ると、バッと沢山の人が押しかけてきた。
「すみません、ここの子供ですか!?」
「『metatual』で『Insect Extermination』として活動してたって本当ですか!?」
「『Insect Extermination』活動で死者が出たって本当ですか!?どんな様子ですか!?」
沢山の記者に言い迫られ、光は混乱していた。そういえば、今日の朝、みんなが言ってた気がする。記者がいて学校に行けないって……。まだここにいたのか。
光は記者がウザったらしく思い、このまま記者の質問に答えてたまるかと人の波をかき分け、その場から逃げた。
必死に走る、走る、走る。
いつから追ってこなくなったかわからなかったが、それでも逃げた。
足がもつれてきた頃にやっと止まり、その場に座り込んだ。はあ、はあ、と息を整え、やっと落ち着く。
ぽとり、とポケットから何かが滑り落ちた。スマホだ。
光はスマホを操作し、SNSのロゴをタップした。
タイムラインは全て『metatual』の話でもちきりだった。その九割が批判だった。その批判の中に、自分たちの批判もあった。
途端に、人が醜く感じられた。
昔からの癖のようなものだ。母にも、勇気の父にも、陽美をいじめた子達にも感じていたあの感情。所謂世界に絶望した時。どうして彼らがのうのうと生きているのだろうかと疑問に感じる時。そして、その人達から自分も、勇気も、陽美も助け出す事ができなかったという後悔。それを含めて、光は絶望と名づけた。
「私たち、頑張ったのに、助けたのに。結果がこれなの……?」
光はそう呟くと、ポトポトと涙を流した。
味方は誰もいない。もう、消えてしまった。
――いや、まだいるのではないか?
光はとあるチャットを思い出した。鈴原くんは絶望したら僕の元へ来てと言っていた。その事を思い出した光は、急いでチャットアプリを開き、住所を確認した。
その場所は、とあるマンションの一室だった。
三○五と書かれたドアのチャイムを鳴らした。
するとドアが開き、鈴原が出てきた。
「……こんにちは、野口さん。入って。」
「……お邪魔します。」
光はそのまま鈴原の部屋へと上がり込んだ。
「こんな部屋に住んでるなんて。両親は?」
「いないよ。一人暮らしなんだ。それで、要件はなにかな?相談事?」
「……。」
「それとも……この世界に絶望した?」
光は鈴原の発言に俯いていた顔をバッと上げた。鈴原の顔はにっこりと笑っていた。
「この世界に絶望したんだね。わかるよ、最近、『metatual』の批判ばっかりで、辛いよね。」
光はなんの疑問も思わないまま頷いた。
「外には記者が沢山いて、自分の利益しか考えなくて、自分の事は何にも考えてくれない。」
「……うん。」
「ネットも、ただただなにも考えずに怒る人だらけ……。確かに、こんな世界辛いよね。」
なんでここまで知っているのだろうかという気持ちと共に、こんなにもわかってくれるのかと言う嬉しさがあった。いや、後者の方が強いだろう。
光の目に涙が溜まり始めると、鈴原は光の両手を掴んだ。
「なら、僕と一緒に世界を壊そうよ。」
「……え?」
「だって、この世界はあまりにも醜く過ぎる。一回壊さなくちゃ、野口さんが望む世界はできないと思うよ?」
「……私が、望む。」
「うん。だから、僕と一緒に壊そう?勿論、僕以外にも味方は沢山いるからね。」
味方は沢山いる。その言葉を聞いた瞬間、ああ、自分だけじゃ無いのかと気持ちが軽くなった。
「さあ、頷くだけでいいんだ。そしたら、仲間に入れてあげる。」
光が彼のいうままに頷こうとした時、玄関からチャイムが鳴った。
鈴原は一瞬ムッとしたが、そのまま玄関へと向かう。
「……はい、どちら様で――。」
「こんにちは。鈴原晴人くん、でいいのかな?」
ふと、相手の方の声に聞き覚えがあると感じた光は廊下から玄関を覗いた。
すると、そこにはセイジさんがいた。
「……セイジさん?」
「……ん?晴人くん、誰かいるのかい?」
「いえ?いませんけど?」
「おかしいな。今、聞き馴染みのある声がしたけど?ちょっと部屋に入ってもいいかな?」
「ちょ、やめ――。」
セイジさんは鈴原の言うことも聞かずに部屋へとズカズカと入っていく。
そして、セイジさんは光を見つけた。
「……光、なにをしてるんだ?」
「……わ、私は。」
光が怯えていると、セイジさんは後ろの三人に言った。
「サトシ、ユウジ、ゴロー。晴人を会社に連れてけ。」
「はーい。」
「怖くないからねー。」
「ちょ、待て、離せって……!」
その部屋にセイジさんと光以外いなくなった時、セイジさんが口を開いた。
「……なんで、こんなところにいるんだ。」
「それは……。」
「別に、お前を責めようなんて気持ちはない。ただ、気になっただけだ。」
「……相談事があったら、ここにおいでって彼に言われたから。」
「それは、恵愛院のみんなに相談できなかったのか?」
――それもそうだ。なんで、みんなに相談しなかったのだろう。
それくらい、光の中にはもう皆という存在が消えていた。信じられなくなっていた。
光が口をつぐんでいると、セイジさんは光の頭を撫でた。
「……無理にとは言わない。だが、せめて、身近な人に話してくれ。彼は、危険だ。」
なんで危険なのかは聞かなかった。さっきのでわかったからだ。彼は、暗い闇の底へと落とそうとしていた。
「さて、帰るぞ。」
二人の帰り道、暫くは二人とも話さなかったが、数分経った頃、光が口を開いた。
「……さっき、玄関に記者達が沢山いたけど、帰って大丈夫なの?」
「ダメだな。」
「えっ。」
「アイツらはまだいる。だから、静かに裏口から行こう。」
セイジさんは、光の顔を見ずにそう言った。
「……セイジさん、鈴原くんが危険って、どう危険なの?確かに、危ないなって思ったけど。」
「……。」
「もしかして、『bug』を作ったところと関係があるの?」
「……秘密だ。」
そこで、セイジさんは足を止め、顔を光の方に向けた。
「俺はもう、ここには来ない。お前らの疑問に答えられなくてすまないが、多分、知らない方がいいだろう。」
そして、完全に体を光の方へ向き、そして、頭を下げた。
「……今まで、俺たちのわがままに付き合わせてすまなかった。これからは自由に生きてくれ。」
セイジさんはそう言い、頭を上げて再び歩き出した。
「……なに、それ。」
光は心の中のモヤモヤを残したまま、帰路へとついた。
朝日はもう、上がっていた。
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