14.告白

 久遠は机に落書きをし封筒を忍び込ませた後、急いで自分の教室に帰ろうとしていた。

 階段を下ろうとした時、下の踊り場に誰かが仁王立ちしていた。

 翼だ。

「待てよ、久遠。」

「チッ……。何よ。通せんぼするつもり?」

「俺だって大事にしたくないんだよ。少しは話を聞いてくれ。」

 翼ははあ、と息を吐き、久遠の方を見た。

 久遠はハッ、と笑う。

「私、何もしてないけど?証拠とかあるの?」

「お前が机に落書きしてる動画を撮った。」

「な……。」

 翼がスマホを差し出し、そこに映されている動画を見て、久遠は後退りをした。

 確かに自分が机に何か書いている。それもくっきり。

「久遠、今すぐ謝りに行こう。まだ間に合うぞ。」

「……嫌よ。絶対にいや!」

 久遠はそう言うと、全力で走り出し、階段を下っていく。

「ちょ……!」

 翼の側を横切り、そのまま久遠の教室へと向かっていった。

「……クソ。」

 恐らく、本人にも、周りの人にもバレている。彼女はそれがわからないのだろうか。いや、わかっていて意地を張っている。

「そんなことやっても叶わないんだけどなぁ……。」

 勇気を見ればすぐにわかる。自称恋に疎い翼でもわかった。あれは、絶対に叶わない。


「はあ、はぁっ……。」

 ガラ、と教室のドアを開けると、教室にいる人が一斉にこちらを振り向いた。

 その後、何事も無かったかのように話し始めた。いや違う。悪口を言っていた。

「矢口さん、なんか息切れしてるね。」

「また何かしたのかなぁ。」

「いやだなぁ。次俺狙われそう。」

 久遠は感情が溢れそうになるのを抑えながら、机に座った。

 勇気くんに会ったのはいつだろう。小学生の頃は陰気臭いと思っていたのに、中学生になった途端爽やかになって、それだけじゃない。入学早々、私が転けたとき、周りがクスクス笑っているにも関わらず、絆創膏を持ってきて貼ってくれた。あの時の「大丈夫?」と言う声の優しさとあの優しい笑顔が忘れられなかった。ねぇ、もし、付き合ったらさ、駆け落ちしよう。こんな孤児院と学校から抜け出して、二人だけで。

 久遠らそんな事を思いながら、机に突っ伏し、嘲笑する声に耐えた。


 勇気はお風呂に入ろうと洗面所のドアを開けようとすると、ふと、廊下にいる人影を見つけた。久遠だ。

「……あの、久遠、ちゃん?」

「……ねぇ、今からお話できない?」

「うん、わかった。」

 勇気は洗面所に来るように手招いた。

 ドアを閉め、二人は向かい合う。

「あ、の。話って?」

「……やっぱり、貴方のことが好きなの。だから、」

「……っごめん。それだけは。」

「せめて、理由だけでも。」

「言えない。ごめんね。」

 勇気がそう言うと、久遠はガッと勇気の肩を掴んだ。

「やっぱり、あの女のせい?」

「……え?」

「光だよ、光。アイツに言われてんでしょ?別れるなって。」

「ちが、違うよ。」

「大丈夫よ。私が言ってあげる。て言うか、今も言ってるんだけどね。」

 勇気の目には久遠が恐怖の対象にしか見えなかった。どうしよう、話が通じない。

「みんなも節穴よね。絶対にアイツが勇気くんを独占してるのに。」

「違う、あの人は僕のお姉ちゃんだ。」

「それもただの役でしょ?カモフラージュでしょ?」

「違う!違うんだ……。」

「ねぇ、やっぱりダメ?」

 久遠の手が肩から胸へと降りていった。

「やめろ!」

 勇気はカッと目を開き、勢いよく久遠を突き飛ばした。久遠はダン!と大きな音を立ててドアに直撃した。


「光ちゃん?大丈夫?」

「すっごい疲れてる顔してるな。」

「いや……大丈夫。うん……。」

 そんなことが起こる数分前、光は、彩芽と颯の事をあしらいながら、これからどうしようかと考え込んでいた。

「ほら、翼君も光ちゃんを心配する!」

「え?あ、おう……。大丈夫か?」

「気持ちこもってない!」

 翼はスマホから目を離し、ひら、と手を揺らしたきりだった。

「翼くん、何見てるのー?」

「何も見てねぇよ。見てたとしても別に面白いものでもねぇよ。」

 光は翼を見て思った。そういえば、陽美があんなことになってから、結構弱々しくなったと思う。隠し事も多くなった様な――。

「にしても、向こうがうるさいな。」

 颯が洗面所を指差した。耳を澄ますと、久遠と勇気の声が聞こえた。

 すぐさま勇気の元に行こうとするが、彩芽にやんわりと止められた。

「まあ、少し待と。」

「だけど……。」

 光が言葉を紡ごうとした途端、大きな物音が聞こえた。

 それが、さっきの出来事だ。

 リビングにいた全員が洗面所に向かい、ドアを開けると、久遠が倒れ込んで「いだっ」と言った。

 奥を見ると、勇気が怯えた顔で蹲っている。

「なに、何かあったの!?」

「……っ久遠!」

 彩芽達が心配していると、翼がすぐさま久遠に駆け寄った。

「お前、とうとう勇気本人に手を出したのか!」

「違う、目を覚まさせようとしただけ!」

「は……?」

 翼が呆けていると、久遠は続けた。

「あの女が、勇気くんを独り占めしてるから、私が助けようとしただけなの!」

「お前、光の事言ってるのか?頭お花畑か!どうして家族愛と恋を勘違い出来んだよ!」

「あんたの目が節穴なだけでしょ!?」

「い、一旦落ち着こうよ、ね?」

 ヒートアップする翼と久遠を彩芽が宥め、颯と光は勇気の元へ駆け寄った。

「大丈夫か!?」

「僕は……。でも、久遠ちゃん突き飛ばしちゃった……。」

「……そうか。」

 光は久遠の方をみると、久遠はギロ、と睨んだ。

「久遠ちゃん、二人は本当に姉弟だよ。」

「じゃあ、なんで苗字が違うの!?なんで光は勇気につきっきりなのよ!」

「それは……。」

 それは、いつ聞いても答えてくれない、タブーの様なものだった。いや違う。みんなの過去を聞く事がこの孤児院のタブーなのだ。

「もういいよ。」

 光はそう冷たく言い放った。

「全て話す。」

「お姉ちゃ……。」

「大丈夫。過去以外は話さないから。」

 光は勇気ににっこりと笑いかけた。勇気はホッとした様な表情をする。光は勇気以外の全員にリビングに戻る様指示をした。

 

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