15.光と勇気
光には父がいなかった。恐らく、母とは結婚もしてなかったと思う。光は父の事は姿形すらも知らないが、母は「あんなに好き好き言っていたのに裏切った最低な人」と言い、「お前のせいでいなくなった」と光すらも非難していた。
そして、食事は十分に与えられず、電気も水道も止められていたので、体を清めることすらも出来なかった。
光は外はきっと自由だと、自分以外は幸せなのだと信じて疑わなかった。しかし、小学校を通い、世界をある程度知ってからは、そんなことないとわかってしまったけれど。
痩せこけ、薄汚れ、生きる意味なんか無かった光に、ある日一筋の
光がもうすぐ七歳になろうとしてた頃、母はある男と子供を連れてきた。母は「新しい家族」と言った。
男は金髪でピアスを開けていて、本能的に関わりたく無いと思った。連れてこられた光と同じくらいの子供は、少し髪が伸び、男にひっついていた男の子だった。その子を見た時、光は思った。「守らなければならない」と。
光は男の子と二人きりになった時、驚かせない様に近づいた。
「……えっと、こんにちは?」
「えっ……こんにちは。」
男の子は酷く驚いていた。光はぎこちなく笑い、少し間を空けて座った。
「えっと、怖く無いよ。私、ご飯抜きにしたり、酷いことはしないから……!」
「……えへへ」
光が捲し立てる様に言うと、男の子は笑った。それを見た光は、心が温かくなるのを感じ、嬉しくなった。
「私、光って言うの。あなたは?」
光がそう言うと、男の子は大きく目を開けた後、にっこりと笑い、
「勇気って言うの。」
と言った。
そして、その後ピッタリと体を引っ付けて、ヒソヒソと誰にも気づかれない様に二人について話した。
勇気は光の一つ下とか、お互いのお父さんとお母さんが怖いとか、勇気のお母さんはお父さんに捨てられたとか、本当はご飯をお腹いっぱい食べたいとか、色々話した。そして、いつしか二人並んで眠り込んでいた。
その日から、光に生きる意味が見つかった。
勇気の父は非常に暴力的な人だった。光の母にも当たり、勇気や光にも当たった。勇気は非常に怯えていた。だから、光は勇気の代わりに父からの暴力を受け、一日に一回しか出ないご飯を勇気に少し分けたりした。
母は「あの人は本当はいい人」と言っていたが、それを信じてはいけないと幼心ながらに思っていた。
2035年、光が九歳になった時、光と勇気は逃げる様に公園で遊ぶ様になった。砂遊びしていた時、とある男性がベンチでボーっとしていた。その姿が幼いながらに記憶に残っていた。
ある時、母と勇気の父は数日間家を空けていた。それにかこつけて光は勇気を残して公園に行った。あの男性に会う為だ。
そして、案の定いた。
光は話しかけたかったが、どう話しかけたらいいのかわからなかった。
「……どうしたの?」
すると、向こうから話しかけてきた。光は驚き、なんと言えばいいのかわからなかった。すると、男性はこちらへ来る様手招きをした。それを見た光は男性の隣に座った。
「こんにちは、どうしたのかな?」
その人は光よりも幾分も身長が高く、癖っ毛の灰色の髪だった。顔はあまり覚えていない。
「……えと。」
「大丈夫、攫ったりはしないよ。」
男性はそういった。いや、攫ってほしかった。こんな場所から。いや、攫われたら、勇気一人になってしまう。ならやめておこう。
「今日は何をしに来たの?」
「……あなたに、会いに来ました。」
すると、男性は目を見開いた。
「そういえば、いつも男の子と一緒にいるね、その子は?」
「家に置いてきちゃった……。」
何故か勇気を連れて行きたく無かった。その時はまだどうしてかはわからなかった。
「そっか……。」
男性は眉を下げ、困った様な顔をした。
「また、その子も連れてきてほしいな。」
「……えと、私、一人で会いたいかな。」
「あ、はは……。」
光がそう言うと、男性は困った様に笑った。
「あ、時間だ。」
光は公園の時計を見た。もう短い針が五の所を指していた。
「私、帰ります。」
「うん。さよなら。」
男性は手を振り、光も振り返した。
「……また来ますね!」
光が言うと、男性はうん。と言い返した。
そこから数日間、彼と会っては様々なことを話した。勇気の事、学校に友達はいない事、でも給食は美味しい事、そして、お母さんとお父さんが怖いこと。
男性は優しく微笑み、時に驚いた顔をしながら聞いてくれていた。
「大丈夫?通報しようか?」
通報。つまり、母と父がいなくなるかもしれないのか?それはいいと一瞬思ったが、もしかしたら勇気と一緒に入れなくなるかもしれない。だって、彼とは一緒の家にいる事しか関係がないから。
「いやだ。やめて。」
光は少し泣きそうになりながら言った。それを見た男性は困ったかの様に笑った。
「……わかった。でも、もし何かあったら、警察に言うからね。」
光は渋々頷いた。
その日、光はふと思った。ああ、名前を聞いてなかった。明日にでも聞こう。しかし、その考えは一瞬にして砕け散った。
家には中古の自分で運転するタイプの自動車があった。それを見た瞬間、光は走り出し、玄関のドアを開けた。リビングに行くと、勇気は父と母に殴られており、服はボロボロになっていた。
それが人生で初めての選択ミスだった。
そこからは、徹底して勇気の側に居た。最初は母と父だけにしか注意をしていなかったが、勇気が男の子が好きだってことについて弄られたと聞いた時からはクラスメイトからも守っていた。
勿論、あの日からあの男性とは会っていない。
以上の事を光はかいつまみながら、時に質問を返しながら話した。
それを聞いた皆――特に久遠――は青ざめていった。
「……そんなことが。」
「今はもう、大丈夫。あの人たちもいないし。」
「でも……。」
彩芽が光に何か言おうとした瞬間、久遠が大きな声を出した。
「嘘よ!今の話は全部作り話!」
久遠は青ざめながらまだそんな事を言っていた。が、横から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「――全部本当の話だよ。」
「ゆう、き、くん……。」
髪を乾かしながら勇気が皆のいる場所へと向かいながらそう言った。
久遠は顔を覆い、呻き始めた。
周りが暗い空気になる中、彩芽が口を開いた。
「……ご飯にはまだ早いし、ちょっと自室に戻ろっか。」
皆はそれを聞き、散り散りになった。
「光ちゃん、ちょっと話があるんだ。」
「え、でも久遠ちゃんが……。」
「俺が運ぶ。」
光が困惑していると、翼が名乗り上げた。その後、久遠は翼により運ばれていった。その様子を見送った後、彩芽が口を開いた。
「……さっきさ、大丈夫って言ったじゃん。」
「うん。言ったね。それがどうしたの?」
「まだ、トラウマになってるんじゃない?」
「……あ。」
「詳しいことはよくわかんないけどさ、私、今までの様子を見てたら、まだ勇気くんに過保護になってるなって……。別に、悪い意味では無いよ!でも、」
「わかってる。わかってるよ……。」
光は弱々しい声でそう言った。
もう、理解してる。勇気のことばっかり気にかけてるせいで、陽美を蔑ろにしてしまった。その事は十分承知している。
それを感じ取った彩芽は小さい声で謝り、そのまま個室へと帰っていった。
少し泣き腫らした後、光も独りぼっちの個室へと帰っていった。
「……なんで、あんたが私に構うのよ。」
久遠はベッドの上で蹲り、その様子を翼は見ていた。翼は首をこてん、と曲げた後、ああ、と何か思いついたかの様に言った。
「なんかさあ、放っておけなかったんだよ。」
「なに?好きになったの?残念だけど」
「違う違う。そんなわけねぇだろ。」
翼は頭を掻きながらそのまま続けた。
「似てんなぁって。昔の俺に。」
「は?」
「俺も、そんな感じだった。ある奴を傷つけまくってさ、最終的に死に追い込んじまった。いや、あれは死んではないのか……いや、死んでんのか?」
久遠は顔を上げ、翼の方を見た。いつもとは違う、真面目そうな顔だった。
「お前は、俺の様になってほしく無い。これ以上、死ぬのは見たく無い……。」
翼は下を向きながら言った。最後の方はもう声も出ていなかった。
「……お前が傷つけた奴はまだ生きてる。謝ってこい。そうすれば、やり直せる。」
「……。」
本当にそうだろうか?
光を勘違いで傷つけて、勇気を自分勝手な理由で怯えさせて、周りの人達にも不快な気持ちを与えてしまった。
何も知らない事は、罪だったのだ。知っておけばよかった。そうすれば、少しは冷静になれたかもしれないのに。
「……怖いか?」
「謝ったって、許してくれるわけ……。」
「アイツらは優しい。俺もさ、周りに当たりまくったよ。それでも許してくれた。それでももし、許してくれなかったら、俺も一緒に謝りに行ってやるよ。」
「……余計なお世話よ。でも、ありがとね。」
久遠はぎこちなく笑った。それを見て翼はフッと笑い、立ち上がった。
「じゃ、また飯の時に会おうぜ。」
そう言い、翼は出ていき、すれ違う様に彩芽が入ってきた。
「あ、久遠ちゃん。こんばんは。」
彩芽はぎこちなく笑った。ああ、まだ私達の間に壁がある。まずは、それを取っ払う第一歩だ。
「あ、あの――。」
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