16.和解

 私は、いままで気づいてなかった。全部周りが理解してくれないから、だから私は迫害されるのだと思っていた。でも違う。理解してなかったのは私の方だった。全て私が蒔いた種。私が酷い事をするから、周りの人が居なくなる。なら私は全て――。


「あれ、彩芽ちゃん、何かあったの?」

「なんか心配そうな顔だねぇ。」

 樋口さんはいそいそと料理を作っており、喋れる雰囲気ではなかった。しかし、洗い物や食事の準備をしている速水さんと山口さんは先に来ていた彩芽に対して心配そうに接することが出来た。

「まあ、みんなが居ない間に色々あって……。」

 樋口さん達は定期的に三人でお茶会をしているのだ。山口さんだけ男性なので、少しぎこちなくしているが。

「ある程度は解決できたけど、あとはあの子次第っていうか……。」

「そうか……。でも、大丈夫じゃない?」

「え?」

 速水さんはそう言うと、山口さんは続けた。

「ある程度は解決してるんだろう?なら、その子を支えてあげて。」

「……わかった。」

 彩芽がそう言うと、二人はちょいちょいと彩芽を手招き、三人で内緒話する様な体制になった。

「あとね、樋口さん、最近結構怒りっぽくなってるから、気をつけた方がいいよ。」

「聞こえてますよ。」

 ほぼ料理を終わらせた樋口さんは速水さんが言った事が聴こえていたらしく、二人は萎縮していた。

「全く……。ごめんなさいね、彩芽ちゃん。」

「いやいや、大丈夫。」

 確かに、少しイライラしてる気がする。やっぱり、『IE』活動で死者が出たから、なのだろうか。

 そう考えていると、樋口さんが皆を呼んだ。

 個室にいた人達は次々とゾロゾロ出てきたが、未だに久遠は来ない。

「彩芽、先に来てたんだね。」

「うん。久遠ちゃんを一人にさせておいた方がいいかなって。にしても、来ないね。」

「俺が呼んでくる。」

 翼がそう言い、久遠がいる場所へと向かった。勇気はギュッと光の服の裾を掴んだ。

「……大丈夫。」

「うん。」

 しばらくすると、翼が久遠を連れてやってきた。

「みんな揃ったね。じゃあ」

「待って、みんなに言いたいことがあるの。」

 久遠は樋口さんの言葉を遮った。しばらくの間もじもじしていたが、ようやく決心着いたのか、みんなの目を見ながら言った。

「……色々迷惑かけてごめんなさい!」

 久遠はそう言った後、頭を下げた。

「これ以上言ってもただの言い訳になっちゃうかもしれないけど、私、周りが見えなくなってた。それで傷つけていい理由にはならないことくらい、ちゃんとわかってる。もう、何もしないから、これからは、仲良くしてくれる……?」

 久遠は頭を上げぬまま、そう言い切った。周りが困惑してる中、光は久遠の方に向かった。

「確かに、私や勇気を傷つけた。でも、だからって許さない理由にはならない。」

 光は顔をあげて、と言い、久遠は彼女に言われた様に顔を上げると、光は微笑んでいた。

「一緒に住む仲だもん。許さないままだったら、ぎこちなくなっちゃうでしょ?でも、また勇気を傷つける真似をしたら今度は許さないからね。」

 そう言われた久遠は目を潤わせながら笑った。

「ありがとう……。」

 久遠が泣いていると、勇気は意を決して光の隣に立った。息を吐いた後、久遠の目を見て言った。

「久遠ちゃんがやったこと、凄く怖かった。これからも、怯えるかもしれない。でも、僕は前から許してるから、だから、これからも一緒にいてくれる……?」

「……本当に、ありがとう。」

 久遠はそう言い、泣きながら笑った。

「そういえば、久遠ちゃんは光ちゃんに何かしたの?」

 彩芽が光にそう耳打ちすると、光は言い淀んだ。

「うーん、そこはまぁ……。」

 光は泣いている久遠を一瞥して、彩芽の方を向いた。

「内緒、かな。」

 流石に、追い打ちをかけるのはダメだろう。光は思った。


 それでもまだ、固着は消えない。

 次の『bug』退治について、久遠は一人でしたいと言ってきたのだ。

「久遠ちゃん、危ないよ!」

「今の状態の私とは一緒に活動したくないでしょ?」

「それは……。」

 彩芽は活動したいと言いたかった。しかし、二人が許したとは言え、皆との関係はギクシャクしていたのだ。

 彩芽が言い淀んでいると、翼が手を挙げた。

「俺、復帰する。」

「翼……。」

「翼、本当に大丈夫なのか?ほら、あの時……。」

「それよりも、久遠を一人にしないことが大切だ。」

 颯が何か言おうとしていた事を遮りながら翼は言った。

「お前、颯らとやった時、一人で突っ込んだんだろ?一人の時にそれをされたら困るからな。」

「それは、勇気君が見てたからで……。」

「それでも、一人で戦う事には変わりない。俺も一緒に行く。」

 翼は久遠を陽美に重ねて見ていた。仲間が勝手に死なれては困る。

「戦えるの?」

 久遠がそう言うと、翼は鼻で笑った。

「ハッ、別に腕は衰えてねぇよ。サバゲー大会にもちょくちょく出てたからな。」

「え、初耳なんだけど。」

 光がそう言うと、翼は「言ってなかったからな」と答えた。

「ちょくちょく『metatual』に行ってたのはそれだったのか……。」

 颯が納得していると、それをずっと聞いていたセイジさんが翼に聞いた。

「なら、お前はまた復帰する事になる。よろしく頼むぞ。」

「おう。」

 翼は軽く答えた。


「まさか、アンタと組むとはねぇ。言葉だけの腰抜けへなちょこだと思ってたのに。」

「ボロクソ言うなぁ。ほんっと、陽美に似てる。」

「……その、陽美って子、どんな子だったの?」

 久遠が聞くと、翼はうーんと唸った。

「……口が悪くて、ちょっと人間不信で、自分にコンプレックスありありで、」

 そこまで言うと、翼は久遠の方を向いた。その時の表情はまるで――

「すっげぇ俺のこと嫌いだった!」

 ――何かを慈しむような顔だった。

 そんな顔されたら、勘の悪い久遠でも、察しが着く。

「……なんで、いや、なんでも」

「死んだか、だろ?あいつは元々虐められてたからな。んで、光に懐いてたんだけど、アイツが助けに来てくれなかったからって言って。」

 そこはお前と似てねぇや。なんて翼は言った。

「それが、なんで『IE』をやめる理由になったのよ。」

「それはな――。」

 そうこう話しているうちに、大きな音が響く。目の前には蝿の大群がいた。

「俺は後ろで援護してる、お前は前線で戦え。」

 翼はそう言うと、急いで戦闘服を身に纏う。

「……いのちだいじに、だぞ!」

 翼はそう言い残し、建物の上へと飛んでいった。

「……はぁ。仕方ないか。」

 久遠はそう言いながら、宝石が埋まった道具を叩き、ドレスを身に纏った。

 久遠は蝿に向かって飛び、鉤爪を蝿の顔めがけて振り回した。蝿は緑の液体を撒き散らしながら地に落ちる。蝿の顔をズタズタにしながら、一体、また一体と体に乗り移りながら蝿を倒して行く。

 そうやって乗り移っていると、久遠に大きな影が出来る。上から蝿が突っ込んで来たのだ。

 やばい、避けられない……!そう思っていると、パン、と蝿の真ん中に大きな穴が空き、そのまま破裂した。

「……やるじゃん。」

 コイツが居れば、私が死ぬ心配は無い。そう確信した久遠は、次々と蝿を倒していった。

「お疲れ様。アンタ案外やるじゃない。」

 路地裏、久遠が嬉々として言うと、翼は死にそうな顔をしながら久遠の肩を掴んだ。

「おま、マジで、ほんっとさぁ……。」

「何よ、私の何処が悪かったわけ?」

「いや、悪くは無いんだけどさぁ……。いや、いい。あの時のこと思い出してただけだから。」

「陽美、の事?なんで……。」

 久遠が聞くと、翼は頬を掻いた。

「あの時と同じ、蝿が来た時だった。潰されたんだよ。俺の目の前で。」

「え……。」

 そういえば、自分自身も蝿に潰されかけた気が……。

 そう思った久遠は萎れた顔をした。

「なんだか、今まで酷いこと言っちゃったわね……。」

「いやいい。謝んな。」

 翼はよし!と叫び、頬を叩いた。

「アイツらと合流しよう!んで、美味い飯食おう!」

 翼は久遠に手を伸ばした。久遠はそれを見て驚いた。そして、本当の笑顔を浮かべて手を握った。 

 

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