13.嫉妬

 久遠は驚いた。てっきりあの女が勇気と共に来ると思っていたから。

「久遠、今日はよろしくね。」

「え、あぁ、うん……。」

 颯にそう言われ、少しもどりながらも返事をした。

 勇気は颯の隣でにっこりと微笑んだ。歪な笑みだった。

「さて、まだ『bug』は来てないから、一緒に買い物でも行こうか。」

「あ、僕フルーツサンド食べたい。買っていい?」

「勇気、さっきご飯食べたばっかだろ?」

「別腹ってやつかなぁ。」

 颯と勇気が仲良く話しているのを見て、久遠は不思議と嫉妬を覚えた。いやいや、颯は男だ。勇気とは単なる友達だろう。そう思った久遠はブンブンと首を振り燻る嫉妬を振り払った。

「フルーツサンドなら、いい店があるわよ。」

「え、そう?じゃあそこに行こうかな。」

 なんとしてでも話に割り込もうと思い、久遠がお店の提案をすると、颯が返事をした。勇気は少し怯えていた。くそ、お前じゃないんだ!

 すると、大きな振動がした後、建物が紫のバリアを纏う。

 勇気達が『bug』を視認しないうちに久遠が走り出し、変身道具の宝石を太ももで押し、そのまま衣装を身に纏った。

 青で統一され、フリルをあしらった膝丈のドレスを纏い、手には獣のような鉤爪がある。綺麗な金髪は、ポニーテールに纏め上げられていた。

 久遠が『bug』であるムカデを見た途端、そいつがいる方へ走り出す。

 ムカデは久遠の方へとズルズルと建物を守るバリアに当たりながら進んでいく。

 久遠はムカデに乗り出し、頭を鉤爪で切り刻もうとするが、ムカデが暴れ出し、そのまま久遠は振り落とされてしまう。久遠が地面に落ち切るか、ムカデが久遠のことを吹き飛ばすかのどちらかになる瞬間、誰かが横切り、久遠を助けた。

「ひ、一人で突っ走らないで!」

「え、ゆ、勇気くん……?」

「今はブイって呼んで。」

「じ、じゃあ私はエタニって呼んで頂戴よ。」

 勇気は少し怯えながらも心配そうな目をしていた。その顔にドキドキしたのは言うまでもない。

 勇気は路地裏で姫抱きにしていた久遠をゆっくりと降ろし、ムカデの方を向き、剣を抜いた。

「ハリケーン、大丈夫?」

「ブイ、ちょっと早く来て欲しいかな。」

「え!?ご、ごめん!」

 勇気は直ぐに久遠の元から離れ、颯の方へ向かった。

 そこからは早かった。

 颯が炎をムカデの頭に付け、火を消そうと暴れているムカデの体をバラバラにした。

 ムカデはそのまま消え、周りから称賛の声が聞こえた。

 しかし、その中で、とある声が聞こえた。

「――またムカデかよ。つまんな。」

 それを聞いた勇気は、顔を顰めた。

 自分たちにとっては、命を賭けることだが、周りの人にとっては娯楽でしかない。

 ただただ、颯がやるからと勇気も続けているが、颯がいなかったらしなかっただろう。

 あんなに綺麗に見えていた世界が醜く見えた。


「お前、久遠だっけ?」

 久遠がリビングのソファで座ってスマホをいじっていると、後ろから声を掛けられた。

「……翼、だったかしら?」

「ふぅん。名前、覚えてんだ。」

 翼はソファの背もたれに肘を置き、頬杖をしていた。

「お前、一人で突っ走ったってな?」

「それが何?」

「やめとけよ。『bug』退治はチームワークだからな。」

「はぁ……。一人だけ『IE』活動やってない癖に。」

 久遠がそう言うと、翼はムッとした後、はあ、とため息を吐いた。

「そうかよ。人の意見は聞いた方がいいと思うんだけどなぁ。」

「貴方の説得力がないだけ。」

 二人が静かに睨み合っていると、部屋から彩芽が出てきた。

「あれー?二人とも、どうしたの?」

「んや、なんでも?」

「こいつが偉そうに説教してきたのよ。」

「ちょっ……!」

「何言ったの?」

 翼がもしかしたら何か言われるかもしれないと有耶無耶にしたかったところを久遠がチクると、彩芽は聞き返した。

「こいつ、自分は参加してない癖に、チームワークだなんだの言ってきたのよ。」

「あー……。」

 彩芽は久遠になんと説明しようか迷った。

「久遠ちゃん。翼君はね、好きでサボってるわけじゃないの。ちょっとした理由があるだけ。」

「……なにそれ?」

「うーん。ちょっとショッキングだから言えないけどね。それに、チームワークは大切だよ。」

 彩芽はそう言い、翼を呼び、個室へ帰るよう促した後、自分自身も個室へと帰っていった。

 どいつもこいつも偉そうに。私はただ勇気くんにいいところを見せようとしただけなのに。

 少しの疎外感はあるが、それでも良かった。久遠はただ、勇気を手に入れたいだけだから。

 まずは、光から勇気を奪わないと。そう考えた久遠はスマホで検索して、光をどう貶めるか考えていた。


 周りから孤立させる。いや、あの人たちの関係性を見ただろう。固い絆で結ばれている。ならば、残るのは精神的に痛めつけるか、肉体的に痛めつけるか。いや、肉体を傷つけていけば、いずれは精神もボロボロになっていくだろう。

 そう考えた久遠はスマホのメモに計画を書き記していった。

「……あ。」

 この計画を立てるには、彼女の事を知らなくてはいけない。

 そう思ったが、誰に聞こうかと考えていると、奥の廊下の方から物音が聞こえた。

「……久遠、ご飯はまだだぞ。」

 そこには、いつもの白衣の姿では無く、ラフな服装で、髪が濡れたままのセイジさんがいた。

「セイジさん、丁度良いところに。光の好きなことってなにかしら?」

「お。お前も光に興味があるのか。」

「い、いや……。てか、って何?」

「まあ、この前色々あったんだよ……。そんなことよりも、光の好きなもの、だったな。」

 話を逸らされた事に少しムッとしたが、それよりも聞きたいことが聞けるのでまあいいかと思い、耳を傾けた。

「光は、食べることが好きだな。おかわりもよくする。後、最近は学校の話をよくしてくれる。それから、勇気の事になると過保護になるな。」

 少しだけ聞き逃してはいけない情報があったが、聞きたい欲をグッと抑え、にっこりと微笑んだ。

「ありがとう。セイジさん。」

「おう、がんばれよ。」

 久遠の思惑を知らないセイジさんは、久遠に向けて笑いかけた。

 学校に行かせない一番の方法は彼女の友達に不利になるように情報を吹き込み、仲を悪くさせて教室から孤立させることだが、それはとても難しい。

 ならば、遠回りに、ちょっとずつ。


 光は教室にある自分の席を見てため息を吐いた。机に書かれた大量の悪口。誰が書いたか粗方予想はついた。今日早朝から孤児院を出たあの子だろう。本当にお疲れ様だ。

 取り敢えず、光は濡れた雑巾を持ってきて机を拭いた。書かれていた文字は強く擦ると消えた。水性だったのだろうか。

 雑巾を絞って干して、光は自分の席に座った。その後、友達がやって来た。

「光、相変わらず早いね。」

「うん。自習やろうかと思って。」

 光はキーボード付きのタブレットを出して、電源を付ける。これは学校で配布されたものだが、昔住んでいた家にはWi-Fiが通っていなかったので学校でやる癖がついているのだ。

「宿題は?」

「来週のはじめに数学のプリント十一出すんじゃ無かったっけ。」

「マジ?あれ難しいんだよね。結構早めに進むし。」

 友達は愚痴愚痴いいながらも、タブレットを付け、専用のペンを持って操作していた。

「でも、高校の友達がやってたやつ、少し見たけど難しそうだったよ。」

「そっかぁ。そりゃそうだよね。それよりさ、」

「ん?」

 キーボードを叩くのをやめ、光は友達の方を振り返ると、友達は眉を下げて言った。

「疲れてない?なんかあった?」

「え?」

 光は頬に手を添え、ほう、と息を吐いた。

「疲れてるように見える?」

「うん。ちょっとだけね。」

「確かに疲れてるかも、住んでる所で色々あったんだよね。」

 光はさっきの事は伏せておいた。言ったら犯人探しになるだろうから。

「そう言えば、恵愛院に引っ越したんだっけ。変な人がいじめてたりとか?」

「いや、みんな優しいよ。まあ、年相応の子もいるけど。」

 光は苦笑いしながらそう言うと、友達は納得したような顔をした。

「まあ、相談したかったら言ってね。私、一緒に悩んであげるよ。」

「うん。ありがとう。」

 多分きっと、これからも相談する事はないんだろうな。なんて事を思いながら返事をした。


 光の思惑通り、机の落書きは毎日続き、いつしか机の中には封筒が置かれ、早く勇気と別れろと言う旨の事が書かれていた。

 光はこれがこれから続くのかと頭がくらっとした。

 

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