第一部第二章:無知

12.初めまして?

「今日はよく食べるね。」

「やっと、食欲が戻ったって事だよ。」

 彩芽と颯は、大皿に乗った餃子を黙々と食べる光と勇気を見ていた。

 ここ最近、ご飯をあまり食べていなかったので、みんなから心配されていたが、翼との問題が解消されてから、前と同じように元気になったのだ。

「ねえ、勇気。」

「んぐ……何?」

 颯は餃子を食べる勇気に問いかけた。

「なんで二人はよく食べるようになったの?」

「……うーん。」

 颯にそう言われた勇気は、しばらく黙りこくり、答えた。

「昔はあんまりご飯を食べられなかったから……かな。」

「へぇ……。」

 それ以上詮索するのはダメだと悟った颯は、ちら、と颯は翼の方を見た。翼はちまちまと餃子を食べていた。

 珍しい。いつもなら勇気の言葉に言及する筈なのに。

 ――あの件があってから、すぐに何か言わないようにしているのか。

 あのくだりが出来ないのは少し寂しいような、安心したような……。

 颯はそう思いながら、餃子を一口食べた。


 昼頃、光達は『bug』と対峙していた。

 ズルズルと這うムカデは、光達を見た途端、這うスピードを上げ、こちらへと向かって来た。

 光達は飛んで避け、飛んでいる時に彩芽はムカデに全身麻痺の魔法を掛けた。

 ムカデが止まっている隙に、颯は炎の鞭を作り、体を真っ二つに切った。傷口は火傷により止血されている。

「ブイ!」

 呼ばれた勇気は回し斬りをしながら下降し、そのままムカデの頭を切った。

「……シャイン!」

 光は手を握りスピードを上げながら下降していく。

 ムカデとの距離があと少しのところで拳を振り、ムカデの頭を粉砕した。

 ムカデはモザイクがかかりながら消滅していった。

 皆緊張の糸が切れ、息を吐くと、周りから拍手が聞こえた。

 光はその音を聞いて顔を顰める。

 今は不愉快な音にしか聞こえなかった。耳を塞いでやろうかと思っていたが、それはわざとらしいかと思いやめた。


「え?新しい子が来る?」

 彩芽達はずい、とセイジさんとの距離を近づけて聞いた。

「そうだ。他の孤児院から来るらしい。同僚から聞いた。」

「えー、どんな子だろ?」

「写真はあるんですか?」

 颯がそう言うと、セイジさんはタブレットを操作し、写真を提示した。

 それを見た光と勇気は驚いた。

 長い金髪、黒いカチューシャ……間違いない、彼女だ。勇気を異常に愛している彼女だ。

「……光、勇気?どうした?」

 二人の異常に気づいたセイジさんは二人に何があったか問いかけたが、二人は首を振ったまま何も答えなかった。

 

「あ、来た!」

「ちょ、ちょっと……。」

 彩芽は、外から車の止まる音が聞き、玄関のドアを開け、颯は彩芽の後を追いかけて行った。

 一方、光は勇気が籠っている部屋のドアを叩いていた。

「勇気ー?大丈夫?」

 光がそう問いかけると、勇気はゆっくりと部屋のドアを開けた。

「……もう大丈夫。」

 勇気はそう言い、部屋から出て階段を下っていった。

 光は苦笑いをし、勇気の後を追った。

「ほらほら、ここで待ってよ?」

「む……。わかった。」

 颯は彩芽の腕を掴み、ズルズルと玄関から彼女を離そうとしていた。

 勇気はそれを微笑ましそうに見ながら何処か痛む心を無視した。

 そうこうしているうちに、樋口さんが玄関からやって来て、後ろから例の女の子がついてやって来た。

「はーい、来ましたよ。」

「こんにちは。」

 彼女はにっこりと笑った。とても可愛らしかったが、何処か張り付いたような笑い顔をしていた。

 そして、彼女の目線は勇気の方を向いていた。

 それに気づいた勇気はギュッと固く光の手を握った。

「私、仁藤彩芽って言うの。あなたの名前は?」

「あー、あんまり前に出過ぎるのはよくないんじゃないか?」

 彩芽はあいも変わらず初対面の人に興味津々だった。

 颯はそれを咎めたが、彼女はそれにも怯まずに口を開いた。

「私の名前は矢口久遠やぐちくおんと言います。よろしくお願いしますね。」

 久遠はそう言い、にっこりと笑った。

 皆はそれを見て少し違和感を覚え、光と勇気は呆れてさえいた。

 ああ、わざとらしい。

「あー、久遠ちゃん。敬語じゃなくていいよ。ほら、一緒に住む仲だし。」

 彩芽がそう言うと、久遠は目を大きく見開き、その後微笑んだ。

「じゃあ、よろしくお願いね。みんな。」

 それを聞いた彩芽は少し驚きながらもうんうんと頷いた。


「みんな自己紹介したな。お前はタローのところから来たから、『IE』のことはわかるな?」

「ええ。私もその一員だからね。」

 なら都合がいい、とセイジさんは話を変えた。

「チーム分けの話になるんだが、お前含めると五人なんだ。三人でのチームになるが、誰と組む?」

「二人じゃだめ?」

「まぁ……、許可を取れば大丈夫だと思うが。」

 セイジさんがそう言うと、久遠はすかさず意見を言った。

「じゃあ、ゆう……鹿原さんと組みたいの。」

「勇気と……、話してみよう。」

 セイジさんはソファから離れ、勇気がいる個室を叩いた。

「勇気、いるか?」

「はぁい……。どうしたんですか?」

「久遠がお前と組みたいって言ってるぞ。」

「……え。」

 勇気は不安そうな顔をした。

「……三人じゃだめですか?」

「二人での所望だが、嫌なら三人にしよう。」

「お願いします。」

 セイジさんは勇気に聞いた後、久遠の元へと戻った。

「勇気からは三人がいいらしい。」

「……そう。」

 久遠は舌打ちしそうな勢いだったが、なんとかしなかった。

「じゃあ、話は以上だ。部屋は……一人と二人どっちがいい?」

「どっちでも。」

「じゃあ、光と彩芽どっちがいい?」

「……彩芽の方で。」

「わかった。話をつけておこう。」

 セイジさんが立ちあがろうとすると、久遠が再び聞いて来た。

「光と話してもいい?」

「ん?いいぞ。ここはもうお前の家だからな。」

 そう言い、セイジさんは彩芽の所へと向かった。

 久遠はセイジさんを見送った後、光の部屋へと向かった。

 ドアをを叩くと、はーい、との声が聞こえ、ドアが開いた。

「……貴方。」

「こんにちは。」

「何しに来たの。」

 光は鋭く睨みつけると、久遠はにやり笑った。

「ちょっと威嚇をね。」

「私は勇気の姉だって」

「苗字が違うのに?」

 久遠がそう言うと、光は目を大きく見開いた。

「それ、は。」

「あなた、姉って嘘ついて、本当は好きなんでしょ?」

「それは断じて違う。」

「えー?嘘よ。大嘘つき。この恋敵が。」

 久遠がそう言うと、光はムッと顔を顰めた。

「貴方は私の敵。勇気は私の物だからね。」

 久遠はそう言い残し、ドアを閉めた。

 光ははぁ、とため息を吐き、ボソッと呟いた。

「……私達のこと、何も知らない癖に。」

 その声は、誰にも聞こえぬまま、消えていった。

 

 

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