11.反省とこれから

 翌日、学校が終わり、全員が帰った頃、セイジさんは全員を呼び止めた。もちろん、全員応答した。――一人を除いて。

「結局、翼君は来なかったね。」

「まあ、翼はよく陽美にちょっかいかけてたし、一応、気にかけてたからな。翼にしては落ち込みすぎだけど。」

 彩芽の発言に颯は苦笑いしながら返す。

 颯達はまだ、翼がどんな感情を抱いているのかわからなかった。

「全員……は集まってないか。なあ、翼を呼んでくれないか?」

 セイジさんがそう言うと、光が答えた。

「あの子、結構顔色悪かったから、あんまり無理やり引っ張り出すのはよくないかも。」

「ふむ……そうか。なら、彼には個人で言っておく。で、話なんだが……。」

 セイジさんはそう言い、深呼吸した。

「お前達はまだ『IE』活動を続けるか?」

 その言葉をセイジさんが言った途端、重たい空気になる。少し間を置いてから、お互いのことを見合った。

「……このままやめてもらっても良い。」

「わ、私はやるよ!」

 セイジさんがポツリと言った言葉に、彩芽は答えた。セイジさんが目を丸くしていると、他の子達も次々と答えていった。

「俺もやる!」

「じ、じゃあ僕も……。」

「じゃあ私も!」

 颯、勇気、光の順番で答えていく。セイジさんはずっと驚いていたが、フッと微笑んだ。

「……ありがとう。」

 俺のことを認めてくれて。

 その言葉は飲み込んで、ただただ感謝の言葉だけを呟いた。

「活動としては、前と一緒だ。『bug』を二人一組や全員などで対処したりしてくれ。」

 そう言うと、光達はうなづいた。

「翼には後で――。」

 セイジさんが言い切る前に、翼がいる部屋から大きな物音がした。いや、さっきまでも聞こえていたが、今のは特別大きな音だ。

「な、なに!?」

 光達は急いで翼がいる部屋へと急いだ。

「翼君、どうしたの!?」

 彩芽が問いかけるも、翼からの返事はなかった。

「……翼君、開けるよ。」

 彩芽がそう言ってドアノブを捻ると、部屋の全貌が見えた。

 部屋の中は散乱としており、暴れた痕跡があった。そして、その真ん中で翼は三角座りをしていた。

「翼……?」

「何」

「どうしたんだ、部屋もこんなに散らかして。」

 颯は部屋の中に入り、翼と同じ目線になるようにしゃがみ、そう問いかけた。

「……陽美が来なくなったのって、俺のせいなんだって。」

「……!」

「アイツらに言われた。来なくなったっていってたけど、アイツらは死んだってことはわかってる。アイツらにも非があるのにな。全部俺のせいにしやがって。」

「それ、は……。」

 颯は言葉に詰まった。颯の後ろにいる光達はお互いを見た。

 確かに、陽美があんなことになった最大の要因はいじめっ子達かもしれない。

 しかし、様々なことが積み重なったことも事実。

 その中に、翼がいたことも事実。

 翼の発言に皆が黙り込む中、彩芽が口を開いた。

「……確かに、いじめっ子が原因だよ。でも、それでも、優しく接しようとしなかった翼も、悪いと思うよ。」

「……は?なんだよ、彩芽。なんで、俺だけなんだよ。」

「別に、そんなわけじゃ……。」

「黙れよ!それに、陽美との約束を破った光も悪いんじゃないか!?」

「……あっ。」

 翼の怒りの矛先が光へと向いてしまう。

「別に、光は関係ないでしょ。」

「関係あるだろ!アイツは、光に懐いてた。お前が来る前に、アイツは裏切られたって言ってたんだ!」

 翼がそう言った途端、光はやってしまったと言うような顔をし、彩芽と勇気、颯は目を逸らした。

「何で俺のことは悪いって言って、光には何も言わないんだ!……もういい、出てけよ。」

 皆固まっていると、翼が「早く!」と言い、その場を後にした。

 一階に降りると、セイジさんがバツが悪そうにその場で座っていた。

「……ココアでも入れようか?」

 セイジさんは皆の返事も聞かずに立ち上がり、キッチンへと向かった。

「……私、翼への態度が悪かったのかな。」

 彩芽がボソッと呟く。颯はそれを見て頷いた。

「おれも、悪かったかもしれない。いや、変な偏見とか持っていたのかも。」

 勇気と光は黙り込んだままだった。

 お互い、自分のせいだと思っていたのだ。

 するとそこに、マグカップが四つ置かれたお盆を持つセイジさんが来て、マグカップをみんなに置きながら言った。

「今回のことはそんなによくわからんが、自分のせい、他人のせいとか思うんじゃない。自分含め、誰のことも許せなくなる。今じゃなくて良い。少し熱りが冷めてから、もう一度翼と話してみろ。」

 セイジさんはそう言い、再びキッチンへと戻っていった。

 皆何も言わずに、ココアを啜る。

 沈黙が続く中、彩芽が口を開いた。

「……颯、今日の寝床、どうするの?このままじゃ、今日までには解決しないよ。」

「ん?……じゃあ、勇気のところで良いでしょ。」

「え、僕?」

「ダメかい?」

「だ、めじゃないけどさぁ……。」

 勇気が頬を染めながらタジタジになって話す様子を見た光は、思わず吹き出してしまう。

「え、お姉ちゃん、何笑ってるの!?」

「ご、ごめん。なんだか可愛くて……。」

「そう?」

「そうそう。」

 光がひとしきり笑った後、目を伏せた。

「私、明日翼君と話してみるよ。」

「……もし明日ダメだったら?」

 彩芽がそう言うと、光は言い返した。

「じゃあ明後日。いつでも待つよ。私、翼君には許して欲しいからね。」

「……そっか。じゃあ、頼んじゃおっかな。」

「俺も、頼む。」

「……僕も。」

 皆が口を揃えてそう言い、光は頷いた。


 翌日は休日だった。翼は未だ篭りっきりで、ご飯だと呼んでも来なかった。

「……光ちゃん、今がチャンスなんじゃない?」

 彩芽はそう言い、光にウインクをした。

 それを見た光は彩芽に頷いた。

「うん。行ってくる。」

 光は唐揚げとレタスが盛り付けられたお皿と味噌汁、ご飯が乗ったお盆を持ち、翼の部屋のドアと叩いた。

「翼君、ご飯だよ。」

 すると、あっさりとドアが開き、翼が光を覗き込んだ。

 目の下には隈が出来ている。眠れなかったのだろう。腕や首には爪で掻いた跡があり、見ていて痛々しかった。

「……ありがと。」

「……後ね、話したいことがあるんだ。聞いてくれる?」

 光がそう言うと、翼はじっと光を見た後、

「いい。」

 と言ってドアを閉めた。それも光が指を挟みかけるくらい早く。

 光は少し驚いたが、その程度だった。

 ただただ、光は話をしたいだけだったから。

 それからも、定期的に翼の部屋へと向かった。

 彩芽には「うざがられるだけじゃない?」と言われたが、光はこれしか手段がないと考えていた。

 ドアを叩いては門前払いされ、を繰り返していくうちに、とうとう翼が折れた。

「……んだよ、そんなに俺と話したいって。」

 翼がドアを開き、光を覗き込むようにして言うと、光は微笑んだ。

「うん、まずは部屋に入らせて。」

「……散らかってるぞ。」

「うん、大丈夫。」

 翼は光を招き入れ、向かいのベッドに座るよう促した。

 光は座り、一拍置いた後口を開いた。

「まずさ、ごめんね。陽美ちゃんを助けられなくてさ。」

「そうだぞ。俺でも対処出来なかった。いや、全員出来なかった。お前の存在は大きすぎんだよ。」

「うん。自覚してなかった。彩芽ちゃんに任せても大丈夫かなって思ってさ。」

「ほんとに、そのせいで俺が責められてんだからな。」

 翼はそう言うと、ムスッとしながら頬杖をついた。

 翼の発言はどこか明るい雰囲気が漂っているが、それでも言葉の節々には元気を感じられなかった。

 光は次の言葉を探していると、翼がポツポツと話し始めた。

「俺さ、陽美とは気が合わないと何処か思ってた。いっつも不機嫌そうなのに。でも、光といるときだけは、笑ってたんだよな。それ以外の奴らと話すときも、機嫌は悪くなさそうだった。」

 翼は眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。

「俺さ、わかんねぇんだよ。光らと俺は何が違うんだろって。確かに、喧嘩は沢山した。それでも、笑い合えてると思ってたんだ。」

 翼が自分の頭をくしゃりと掻きむしった。光は少しだけ目を逸らした後、翼の方に目線をやった。

「……ごめんね、翼君。これから、翼君に酷い事を言うかもしれない。」

「……何。」

「翼君の尺度で陽美ちゃんの事を見ない方がいいよ。」

「え。」

 翼が目を見開いている前で、陽美は続けた。

「多分、翼君が言っていた事は陽美ちゃんにとっては冗談じゃなくて、全て嫌なことで、もしかしたら、もう翼君とは関わりたくなかったのかもしれない。」

「……そんなの、本人に聞かなきゃ」

「それでも、陽美ちゃんは嫌がってたよ。それに、いつも喧嘩一歩寸前までなってたじゃん。」

「それはさ……。」

 翼は言い切る前に少しだけ考えた。

 俺と関わると、陽美はいつも嫌がっていた。

 それは、仲がいいが故だと思っていた。いや、本当はわかっていた。嫌がっていることくらい。それでも、俺は陽美と関わりたかった。

「……はぁ。んだよ。」

「翼君?」

「俺も、陽美を助けられたかもしれないのに。手すら差し伸べる権利すらない。」

「え?」

 光が驚いていると、翼はにへら、と笑った。

「俺、色々言いすぎた。そりゃ陽美も傷つくわ。」

「……ごめんね。酷いこと言って。」

 光がそう言うと、翼は「大丈夫」と言った。

「ほら、みんなも心配してるよ。」

「まじ?じゃあ、謝りにいかねぇと。」

 光は翼の手を引いて部屋から出た。

 階段を降りると、光の後ろにいる翼を見て驚いていた。

「え、翼!?」

「大丈夫なの!?」

 颯と勇気が口々に言うと、翼は光の前に出た。

 そして、息を大きく吸った。

「……心配かけてごめんな!」

 そう言うと、皆が一斉に翼の方へと集まった。

「俺もごめん!翼がそんなに傷つくとは思ってなかった!」

「私も、もう少し言葉に注意するべきだった……。」

「僕も、みんなを止めるべきだった。」

「大丈夫だって。俺も、もう少し発言に注意するべきだった。」

 翼がそう言うと、ニッと笑った。

 一通り話がついた頃、セイジさんが玄関からひょこっと出てきた。

「……お、邪魔だったか?」

「あ、いや、大丈夫……。って、セイジさん、まだ翼君にあのこと言ってないんじゃない?」

「ああ、そうだ。ほら、座れ。お前らもな。」

 セイジさんは彩芽に促され、みんなに座るよう指示をした。

 そして、セイジさんは翼に『IE』活動を続けるか聞いた。勿論、やめるという手段もある事を言って。

 すると、翼は意外とあっさり答えた。

「俺はいいや。」

「え!?何で。」

「俺、もう目的も無いしなぁ。誰かが死ぬところも間近で見たくない。」

 そうして翼は目を瞑った。

 脳裏にはあの光景が焼き付いているのだろう。

「なら、仕方ないな。じゃあ、翼以外は続けるという事でいいな。」

「は!?俺以外やんの!?」

「そうだよ。」

 彩芽がそういうと、ぐぬ、と翼は唇を噛んだ。

「え、やるのか?」

「いい、いい!」

 セイジさんに再び聞かれると、翼は手を大きく振って否定の意を示した。


「颯くん、いる?」

 光はノックをした後、部屋の中にいる颯を探した。

「光?どうしたの。」

「ちょっと言いたいことがあって……。」

 もう寝る準備をしていた颯はベッドの中から出て光の後ろを追った。

 誰もおらず、真っ暗なリビングの明かりを付け、二人はソファに座った。

「それで?何か困り事?」

「……勇気についてなんだけど。颯くんは勇気とペアでしょ?」

「そうだね。」

「だから、私が一緒にいない『bug』討伐の時は守ってくれない?」

 颯は光の言ったことに頷いた。

「ありがとう。私も、いつも一緒にいるわけじゃないから。」

 光はそう言った後、二人は解散した。

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