30.対決
鳴り響く警告音、小型の『bug』が大量に蔓延る中、無機質な廊下を光達は走っていた。
彩芽が貼ったシールドで、『bug』達は太刀打ち出来ない様な状況になっており、皆はズンズンと進むことができた。
「これどこ行くんだ!?」
「一番奥を目標に行くよ!」
翼の疑問に光が答えていると、前から大きなムカデが突っ込んできた。
彩芽は急いでシールドを強化するが、ムカデの突進によりヒビができると同時に、久遠が前に出てきた。
シールドが無惨にも割れると、久遠が自分を守る様に鉤爪を出し、そのままムカデを跳ね返した。
「……ったく、せっかくパープルに従ったって言うのに。」
ズルズルとムカデが目の前にいる人物に緩く巻き付く。
「……葵。」
「そんな顔するなよ、翼。僕が悪いみたいだろ?」
葵はそう言ってへら、と笑った。
「こっから先は通さないよ。今計画遂行中だから。」
「私達は火門さんに会いたいの!退いてよ!」
「そうやって退く人がいる?この罪人が。」
光の言葉に葵は冷たく言い放った。
「全員ここで死ぬ。悪人と善人が一緒にあの世に行くのはちょっと嫌だけど、ま、これでいいよね。」
葵はそう言ってムカデに命令をし、皆は戦闘準備に入る。ムカデが突進する準備に入った瞬間、ムカデの頭が誰かに撃ち抜かれた。
「なっ……!」
葵が驚いていると、前に出ていた久遠の隣に翼が立った。
「久遠、俺らでコイツを足止めするぞ。」
「……仕方ないわねぇ。ま、私もコイツに色々聞きたかったし。」
「……て、めぇ。罪人は大人しく裁かれてればいいものを!」
「うっせぇなあ。ほら、光、彩芽、颯、先に行け。」
翼はそう言って、早く行くよう顎を引く。
「……行こう!」
「うん!」
「ちょ……!」
「おい、お前の相手は俺らだ!」
光達が葵の横を通って行き、それを阻止しようとするが、翼と久遠に通せんぼされる。
「……はぁ、仕方ないなぁ。」
ズル、とムカデが動き出し、二人をロックオンした。
「手短に終わらせる。」
一階の部屋を一回りして二階へ。二階の部屋を一回りして三階へ。そして時々『bug』を倒す。その行為を繰り返していた。
「どこにいるんだよ!」
「多分、最上階に居るよ!」
そう言って、三人は階段を目指して走っていると、彩芽は開いているドアが気になり、その中を見ると、そこには暗闇の中に光る瞳があった。
「……っ!」
壁が壊れ、そこから大量のハエ型の『bug』が雪崩れ込んできた。
彩芽は咄嗟にシールドを展開し、三人を守ったが、狙いは彩芽の様で、そのまま彩芽は押し負けて壁を突き破って何処かへ飛んで行った。
「彩芽ちゃん!」
光は足を止め彩芽の方へ向かおうとすると、颯に止められる。
「ここは俺に任せて先に行って?」
「颯くん、」
「火門って人に会いたいんでしょ?なら、光は行った方がいい。」
「……わかった。」
光は向かおうと足を進めるが、一回止まって再び颯の方を向いた。
「……無事でいてね!」
そして、そのまま光は走っていった。
走っていくのを少し確認した後、素早く彩芽の方へと行った。
走った。『bug』が来ようが走った。体は疲れないのに精神がすり減っていくような妙な感覚に陥っても走った。
そして、最上階。その奥には大きな両手で開けるようなドアがあった。
光は深呼吸をし、決意を固めそのままドアを押した。
そこは大きな祭壇のようだったが、装飾は少ない。ただ教壇があるだけだ。
そして、そこに彼はいた。
「……火門、さん。」
「来てくれたんだね。」
随分と髪が長くなった彼が、佐伯火門がいた。
「君が来るのは随分と前からわかってたよ。」
のそり、と光の方を向き、にっこりと微笑んだ。
「大きくなったね。みんなに意地悪はされなかった?もし、されたなら」
「なんで、そんなことするの?なんで、みんなを、勇気を、陽美を、殺したの?」
光が捲し立てるように言うと、火門は目を見開いて驚き、悲しそうな顔をした。
「……ごめん。確かに、最初の方は悲しいと思う。でも、それは今のうち。君も、同じようになれば、悲しい感情も、何もかも無くなるよ。」
「……ふざけないで、ふざけないでよ。そんなの、理由になってない。」
光が怒りに震えていると、火門はゆっくり、ぽつぽつと話し始めた。
「……世界って、残酷だと思わない?」
「え……。」
「僕たちが見えないところで、沢山の人が死んでる。沢山の人が傷ついてる。それは、なんのせいだと思う?」
「なんのせいって……。」
光が呆気に取られていると、火門は笑った。
「人が、自我が生きるからだ。自我が生きてるから、みんな喜ぶし、怒るし、悲しむし、楽しむ。人は勝手に傷ついて、傷つけて、被害者と加害者が出来て、不公平に裁かれて、その結果に十人十色の意見が出て……。自我が生きてるからみんな違う。みんな違うから個性がある。個性があるから、分かり合えない人がいる。そんなの、争いの種にしかならないじゃないか。だから、一番簡単な方法で平和にするんだ。」
火門は微笑むと、光は彼に向かって叫ぼうとした。それは間違ってる。そんなことで世界は平和にならない、と。
だが、声が出なかった。
「……君も、そう思ってるんじゃないか?」
「……あ。」
2040年、世界はまったくもって変わってなかった。
「この世界は爛れてる。」
少しだけマシになった程度の環境問題、いまだにされ続ける様々な差別、世界で広がる貧富の差、ちっとも解決していない児童虐待など……。
「この世界に居たってなんの意味もない。」
そんな状況に、野口光は――
「だって、傷つけられるばかりだからね。」
絶望していた。
「……。」
「ねぇ、僕の元へおいで。一緒に、こんな世界壊してしまおう。」
光は一歩、一歩ゆっくりと、だけど着実に進んでいた。
そして、彼の手を取ろうとした時――。
斜め上から人が降ってきた。
光は後ろに、火門は横に咄嗟に避けた。
光は前を見ると、そこには小さく華奢な女の子がいた。
身長は百四十センチ後半で、黒い髪は三つ編みでまとめられており、片目が隠れている。手には槍が納められていた。
「……ねぇ、僕は生身の人間なんだから、当たるとすぐに死ぬんだけど。」
「はっ、お前は避けるだろ。」
「……どこから来たの。」
「開発者権限っていうのがあってだな。」
その女の子から馴染み深い声が聞こえてきた。その女の子は光の方を振り向いた。
「光、大丈夫か?」
「……もしかして、セイジさん?」
光がそういうと、女の子は微笑んだ。
「光、今からコイツを倒すぞ。手伝ってくれるか?」
セイジさんは後ろ手に火門を指差すと、火門はムッとした。
「……
「わ、私は……。」
ギュッと服を掴む光を見て察したセイジさんは、光に背を向け、槍を構えた。
「じゃあ、決心が着いてからここに来い。もし、聞きたいことがあれば俺に聞けよ。」
「……後少しだったのに。」
火門がそういうと、下から蜘蛛型の『bug』が床を突き抜けて這い出てきた。
「後少しで、君を救えそうだったのに!」
火門はその上に飛び乗った後、そう叫んだ。
セイジさんはそのまま戦闘準備に入った。
「火門、殺すことはいい方法じゃない。」
「じゃあ、何があったっていうんだ!教えてよ!」
「それをこれから考えるんだよ。」
「……お前ってやつは。もういい。」
火門は怒りに震えた表情で、セイジさんに向かって蜘蛛の足を突き刺してきた。
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