31.言い分
久遠は襲いかかってくるムカデを鉤爪で薙ぎ倒して行き、その後ろで翼がライフルを使って援護する。
「うぅ〜!抵抗するな!虫唾が走る!」
久遠は突っ込んできたムカデを弾き返し、翼は持っていたライフルを下ろした。
「葵、なんでそんなこと言ってるんだ!」
「そうよ、私達が何をしたって言うのよ!」
「……は?」
久遠達がそう叫んだ途端、葵の顔から表情が無くなり、素早い動きでムカデが久遠の腹を殴り、横に投げ飛ばす。
「くお……がっ!」
翼は久遠が飛ばされた方向を向いたが、その隙を狙ってかムカデが翼の顔を殴打し、そのまま久遠と同じ方向へと投げ飛ばした。
「……これだから悪人は、無自覚なんだ。ほんと、救いようがない。」
青い血を吐く久遠と頭から血を流す翼の側に歩み寄った葵は、軽蔑したような顔をして二人を見下した。
「僕、知ってるよ。お前、自分の好きな人を殺したんだって?」
「……は。」
葵は翼を指差し、嘲笑した。
「傷ついている人を慰めるわけでも無く、ただただ追い込んだ。その事について責任転嫁してたんだってね。ほんっと、救えない奴。」
翼は反論するわけでも無く歯を噛み締めていた。
「アンタねぇ……。げほ、勝手に人の傷抉って、何がしたいわけ?」
「お前もだぞ、矢口久遠。」
ず、とムカデが動き出し、そのまま久遠の方へと突っ込むが、すんでの所で止まった。
「お前は自分の私利私欲の為に好きな人の姉を傷つけた。そして、自分から知らなければ行けないことを知りにいかず、全てを周りのせいにした……。違うか?」
そう言われた久遠は、顔を真っ青にした。ムカデはそのまま葵の方へと戻る。
「……こう言う反応をする分にはまだ救いようがあるね。だって、本当に救いようがない人は自分が何をしでかしたかわからないままヘラヘラ笑ってるからね。」
そう言った後、二人の間にムカデを忍ばせ、声を張り上げて言った。
「今ここで選べ!ムカデの毒でじっくりと死ぬか、頭を潰されて痛みもなく死ぬか。」
葵がそう言うが、二人は何も返事をしなかった。
「……はぁ。じゃあ、毒で苦しみながら潰されて死ね。」
返事をしない二人に痺れを切らした葵はムカデの頭の針を二人に突き刺す。
――が、ムカデの針が突き刺さる前に頭が吹っ飛んだ。
驚く葵の目には、煙が漂う拳銃を持った翼がいた。
「……は?」
「……はっ、俺らがそう易々と命を放ると思ったか?」
座り込んでいた翼はヨロヨロと立ち上がり、葵に向けて拳銃を向けた。
「確かに、俺はさ、酷いことをしたよ。だから、だからだよ。ここで、俺は苦しみながら罪を償うんだ。」
立ち上がった翼を見て、久遠は少しの希望を得た。
――私のやったことは、とっても酷かった。みんなと一緒に楽しく過ごしてても、拭えない罪悪感があった。死んでしまおうとも思った。だから、翼の考え方は私に光と希望をくれた。
「……何座ったままなんだよ、久遠。」
翼は銃を構えたまま久遠の方を見た。
「ほら、早く立てよ。一緒にコイツ倒すぞ。」
久遠は一瞬驚いたが、すぐに決心をつけ、その場に立ち上がった。
「……わかってるわよ。ちょっと休憩してただけ。」
二人が立ち上がり武器を構えているところを見ていた葵は憤怒した。
「なんだよ、お前ら……!いい人ヅラして!過去は何にも変わらない!お前らは何にも変わらない!」
葵の言葉に呼応してムカデが二人を襲おうと突っ込み、それを二人は避ける。
「殺す……!殺してやる!絶対!僕が!この手で!」
翼と久遠は怒り狂った葵に向かって走り出した。
吹っ飛ばされた時の傷を癒やしている彩芽に向かってくるハエを颯は杖を使い炎で焼き尽くす。
「羽咲さん、なんで彩芽を裏切ったんですか?」
「裏切ってなんかないよ。私と彩芽は友達。」
「じゃあ、なんで殺そうとしてるんですか!?」
ハエを倒し、火の粉が散る状況で颯は紫苑に聞いた。紫苑はにっこりと笑い颯の質問に答えた。
「この世界はね、結構残酷なんだ。いい人が頑張っても悪い人に軽々越される。悪い人は何回も間違ってもいいけど、いい人は一回でも間違えると凄く責められる。それって、酷くない?彩芽はいい子だから、そんな理不尽な世界にいて欲しくない。」
「そんな理由で……?」
「そんな理由って何?十分でしょ?何の理由があっても殺してはいけないって思ってる?」
紫苑はそういいフッと笑った。
「そりゃ、そうでしょ!?逆に羽咲さんはそんな事を思ってないんですか?」
「うん。」
颯の質問に即答した紫苑を見て、颯は呆気に取られた顔をした。
「だって、そのルールを作った人は、例外を知らないんだもの。死にたい人とか、殺したい人とか、善悪の区別がついてない人とか、そう言うのに配慮しきれてない。あ、そうだ、死にたい人と言えば……。」
ハエの軍隊はピタッと止まり、紫苑は考え出した。
「斉藤陽美、だっけ?あの子も死にたがってたなぁ。私が少し唆したら、そのまま死んだんだってね。」
「え?」
「し、紫苑?何言ってるの?」
紫苑の発言に、回復に専念していた彩芽も声を出してしまった。
「私が実質殺した……のかな。ま、あの子は色々あったしね。『zero』に入ってくれれば、いい働きをしてたんだろうなぁ。」
紫苑が思い耽っていると、再び大勢のハエが押し寄せてくる。颯は急いで対応しようとするが、少し遅かったのか、炎で体が灰になる前にそのまま颯に突っ込んできた。
「颯く……っ!」
突っ込まれた反動て彩芽から少し離れた壁にぶつかった颯は、急いで彩芽の方に駆け寄ろうとした。
が、その時には既に彩芽はハエに埋め尽くされており、カサカサと言う音と共に咀嚼音が聞こえてきた。
「……っ、彩芽!」
颯は急いでハエを燃やした。ハエが灰になり、彩芽が見えてきた頃には、彩芽は息も絶え絶えだった。
「おい!彩芽!大丈夫か!?」
腹からは青い血がぼたぼたとこぼれ落ち、口からはひゅー、ひゅーと音が鳴っていた。
「あ、殺し損ねちゃった。ごめんね、彩芽。」
「……お前、友達を殺しておいて何いってるんだ。」
軽く謝る紫苑に向かって、颯は静かに怒った。
「殺すなら、痛くない方がよかったよね。」
紫苑の言葉に颯はギリ、と歯を食いしばる。颯は既に正気を保ってなかった。
「殺す、殺してやる……!」
怒りで震える手で杖を掲げ、颯はそう言った。
「お前を燃やし尽くして――!」
そう言おうとした途端、後ろから彩芽が抱きついてきた。
「……え?彩芽?」
「……さ、ないで。殺さないで。」
そう言い残し、彩芽はスルスルと体を掴んでいた手を緩めそのまま消えて行った。
颯は怒る気持ちを抑える為に深呼吸をし、紫苑をまっすぐ見た。
「仕方ないなぁ。こう言われたら、どんなに憎くても殺しちゃいけないね。」
「そう。じゃあ君も死のうか。」
「俺は簡単に死にませんよ。」
そう言い、颯は再び杖を構えた。
蜘蛛の足を槍で弾く音が空間に響く。
その様子を見ながら、光はまだ決心出来ずにいた。母に虐待されていた、勇気がいじめられていた、陽美が死んだ、貶められた、勇気が死んだ、無責任に皆は私達を責めた。人間が醜いと言えるのに証拠は十分だった。だが、それでも、後ろからセイジさんを殺すことは出来なかった。だからと言って火門も殺す事が出来なかった。
何か、忘れているような……。
「火門!お前は少し落ち着け!」
「落ち着いたら何か変わる?みんな救われる?」
「その方法は今から考える!」
「そんな無鉄砲さのせいで今こうなってるんじゃないの!」
二人は口論をしながら武器が重なる音を鳴らしながら戦っている。
「お前も、悲観的に走りすぎなんだよ!お前は、俺らを忘れたのか!」
「忘れてない、忘れてないよ!でも、僕は、君を、『metatual』を信じられなかったんだよ……!」
火門はそう叫びながら蜘蛛の足をセイジさんに突き刺す。それはセイジさんの脇腹を刺した。
セイジさんは口から青い血を吐き出し、少しよろけるがその場に踏みとどまった。
「……俺は確かにあの時は上手くいくと思ってた。みんな、平和に過ごせると思ってた。もう、そんな事思ってないけどな。」
セイジさんは脇腹を押さえ、その場に座り込む。息切れをしながら、セイジさんは火門を見た。
「俺は、また探すよ、幸せになれる方法。」
「無い、そんなのは無い。誰かが幸せになれば、誰かが不幸せになる。それは昔から決まってる摂理だよ。」
「なら、俺が、みんなを幸せにする。絶対に。」
「はぁ、空想論ばっか。もう飽きたよ。」
「……光。」
セイジさんは光の方を振り向いた。火門が蜘蛛の足を再びセイジさんに突き刺そうとしている。
「どんなに辛い事があっても、一つの幸せさえあれば救われる。縋っていける。そうじゃないか?」
それを聞いて、光はハッとした。それと同時に、蜘蛛の足は動き出した。
「……な。」
が、それはセイジさんに刺さることは無かった。光が止めたからだ。
「……うん、そうだね。」
光が持っている場所はミシミシと言い出し、砕け散った。
光は思い出した、みんながいる事を。
彩芽も、颯も、翼も、久遠も。もちろん陽美も、そして勇気も。自分自身を癒やしてくれて、信頼してくれる人達。それに何度救われたことか。
「火門さん。ごめんなさい。私、そっちにはいけない。」
「……はは、そうか。うん。」
火門はいきなり笑い出し、その後微笑んだ。
「……変わったね。いや、変わらないのか。君は、ずっと昔から暗闇の中に光を見つけていたね。でも、それじゃあだめだ。」
火門は光に治した蜘蛛の足を突き刺そうとする。そして、それを光は潰して行った。
「
「……なら、私はそれに抗います。」
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