18.強くなりたい

「勇気、何を勉強するの?」

「あ、颯くん。数学だよ。ちょっとわかんないところがあって。」

「勇気くん、高校の数学はもっと難しいぞー!」

「彩芽ちゃん、勇気をそんなに怯えさせないで。」

「ごめんって。」

 いじめっ子達が死んで、学校が数日間休みになったので、今までの復習と予習を兼ねてみんなで勉強会をする事になった。

 皆殆どタブレットを使っているが、光のみキーボードを用いていた。

「にしても光ちゃん、タイピング早いねー。前までシャットダウンの仕方もわからなかったとは思えないよ。」

「あはは、ありがとう。なんだかパソコンを使うのが楽しくて。あ、この問題わかる?」

「あ、ここはね……。」

 光と彩芽が仲良く話しているのを勇気は見ていた。颯はその様子が気になった。

「お姉ちゃんが心配?」

「いや、仲がいいなあって。」

「まあ、普通じゃないか?」

「ずっと僕につきっきりだったから。あんまりこうはならないんだよね。」

「あぁ……。」

 そういえば、言っていた気がする。光は勇気を守る為にって。それで、陽美も――。

 駄目だ、そんな事思っては。

 光を責めてはいけない。もちろん、翼も。最も悪い奴は死んでしまった。これ以上深掘りして何になる。

「……強くなりたいなぁ。」

「え?」

「いや、なんでもない。」

 颯は咄嗟に聞き返してしまったが、聞こえてはいた。何故、そんなことを言うのかがわからなかったのだ。

「なんで、強くなりたいんだ?」

 颯がそう聞くと、勇気が目を見開いた。

「聞こえてたんだ。」

「まあ。」

「……お姉ちゃんの負担になりたくないから。」

「ああ……。」

 勇気の言葉は半分嘘だった。が、それ以上は言わなかった。

「俺が手伝ってやろうか?」

「颯くん?」

「俺らペアだろ?見守るくらいはするよ。」

 颯がニカっと笑うと、勇気は気恥ずかしくなり目を逸らした。

「颯?なんの話してんだ?」

 颯達の元に翼と久遠が来た。専ら勉強を教えて欲しくてきたのだろう。

「勇気を強くさせようって話だよ。」

「ふぅん……。」

「何、その反応は。」

 久遠がそう言うと、翼は久遠に耳打ちをした。

「いやさ、颯に見てもらうのって不服じゃねぇのかなって。」

「え?なんでよ。」

「……なんでも。」

「何コソコソしてんだ?」

 二人が話していると、颯が間に入り込み、話はチャラになった。

 無事、勉強会は終わり、皆が散り散りになった頃、翼と久遠は颯と勇気の元へと向かった。

「颯ぇ、勇気を強くさせるって話、俺らも手伝うぜ。」

「私も勇気くんの力になりたいしね。」

「え、いいの?僕一人のワガママに。」

 勇気がわなわなしていると、翼はくしゃ、と勇気の頭を撫でた。

「俺ら、同級生だろ?俺も強くなりたいし。」

「ありがとう。翼くん、久遠ちゃん。」

「何の話をしてるんだ?」

「あ、セイジさん。」

 皆で話していると、コーヒーが入ったマグカップを持ったセイジさんがいた。

「今、勇気を強くさせようって話をしてるんだ。」

「ふむ、なら、いい方法がある。」

「なによ、それ。」

 久遠が聞き返すと、セイジさんはフッと笑った。


『metatual』内でスポーンする際に目覚める場所である一軒家の家の地下には、『IE』達の訓練所があるのだ。普段はあまり使われないが、初めて『IE』になる人にとっては、体を慣らす為によくここに来る様な場所だ。

 大きなフィールドには沢山の『bug』を模したもの――恐らく蟻である――がうじゃうじゃいる。

 勇気がそこにスポーンすると、そいつらは一斉にそちらを向き、勇気に向かって素早く動き出す。

 勇気は目の前の『bug』を素早く切り倒して対処していくが、死角から来た『bug』にぶつかり、斜め前に吹っ飛んでしまう。青い血を吐きながら立ち上がり、再び『bug』を倒していくが、足がもつれ動けなくなってしまう。そして『bug』に埋め尽くされてしまう。

 すると、パッと『bug』達がいなくなった。翼と久遠は勇気の元へと駆けつけ、セイジさん印のすぐ治るスプレーと誰でも使える魔法のステッキを使って勇気の傷を癒していた。

 それを見ていた颯はグッと表情を歪ませた。

「まさか実戦をするとは思わないじゃないですか。凄い傷だらけだし。」

「基礎の訓練をしたって、『IE』に変身するときは身体能力が向上するからあまり意味はないんだ。だから、こうやって実戦をして身に染み込ませるしかないんだ。」

 セイジさんは颯には目もくれず、勇気をまっすぐに見ていた。

「にしても、これ、あれだけで傷が治るんですか?」

「彩芽の回復魔法があるだろ?あれと同じ理屈だよ。『metatual』で出来る傷は、ほぼ幻と同じだ。それを感じなくさせ、見えなくさせれば完治と同じなんだよ。」

「ふぅん。でも、陽美のあの『無魂状態』はなんなんですか?」

「あれは一種の防衛反応だ。死と同等の苦痛を喰らうと、ショック死する前に身体を転送し、精神は休息をする。それはいつ起きるかもわからないし、もしかしたら一生おきないかもしれない、と言うものだ。」

「なるほど……。」

 二人が話していると、勇気達が戻ってきた。

「颯くん、セイジさん、何を話してるの?」

「色々聞いてただけだよ。にしても、傷は大丈夫?」

「もう平気。もう一戦出来るよ。」

「無理はするなよ。」

「うん、わかってる。」

 勇気と颯が話してる様子を見ていた翼は久遠をちら、と見た。

 久遠は翼の視線に気付いたのか、彼女は翼に耳打ちをした。

「ねえ、もしかしてだけどさ……。」

「今気づいたか。ほとんどの人は気づいてるぞ。」

 翼が言い返すと、久遠は信じられないと言う表情をし、再び二人を見た。

 確かに、あれは勝てない。光を見ていた顔とはまた違う、話していて嬉しそうな顔。

 初めて三人で戦った時も感じていたあの違和感の正体にようやく気づいた。

 だからって、もう誰かを貶める様な真似はしない。そうしたって、何も得しないことに気づいたから。


「なーんか、最近みんなコソコソしてるよね。」

「だよねぇ。今日も勇気に一緒に帰ろうって言ったら断られちゃった。」

「帰り道一緒なのにねぇ。」

 彩芽と光は二人で樋口さんが作ってくれたコンソメスープを飲みながら話していた。

「にしても、暇だねぇ……。」

「そうだね。みんながいないとこんなにも寂しいんだね。」

「みんな騒がしいからね。」

「彩芽ちゃんもね。」

 光がそう言うと彩芽は、はは、と笑った。

「二人とも、スープ飲み終わったら晩御飯の準備してくれると嬉しいなあー。」

 樋口さんがそう言うと、二人は台所に立ち、料理をしている樋口さんの手伝いをした。

 台所は甘い醤油の香りがしており、グツグツと具が煮えていた。

「樋口さん、今日は何!?」

「肉じゃがと、コロッケ。大皿でつつくことはできないけどね。」

「美味しそう……。」

 最近は個別で食べれるものが多くなっている。専ら光と勇気対策だろうと思ったが、彩芽は言わなかった。

「今日は二人とも休みだから、手伝ってくれて助かるな。」

「そういえば、速水さんと山口さんいない日があるよね。樋口さんは毎日いるけど。」

 彩芽がそう言うと、光はうなづいた。

「樋口さんが一番長いですよね。ここいるの。」

「まあね。私がリーダーだからね。」

 二人は最近ここで働く様になった先生だ。基本的に樋口さんの手伝いをしている。

「ただいまぁ」

「あ、今ご飯作ってるんですね。」

 光達が樋口さんの準備をしていると、勇気達が次々と部屋から出てきた。

 彩芽は勇気達をじっと見つめていた。

「ちょっと彩芽、俺らをみてどうしたんだい?」

「いーや?なんか最近遅くまで遊んでるみたいだからさ?楽しそうだなあって。」

「あー……それは。」

 颯は彩芽が次に何を言うか気づいたようだ。

「ごめん、誘う事は出来ないんだ。」

「えー?」

 彩芽が残念がっていると、横から勇気がやってきて、こそっと耳打ちをした。

「別に彩芽ちゃんには教えてもいいんじゃない?」

「ばか。それは……違うじゃん。」

「何話してるのー?」

 勇気と颯が話していると、ずいっと彩芽が近づいてきた。二人はなんでもないと言い、そのまま樋口さんの手伝いをしに分散していった。

「……あのさ、颯と勇気くんって両思いなのかしら。」

 久遠が小さな声で翼に問うと、翼は苦い顔をした。

「そうだと良かったんだけどなぁ。」

 その返答に久遠は首を傾げた。

 

 

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