22.一方通行
恵愛院に住んでいる人達の多くは、人の気持ちに敏感である。それは颯も例外では無かった。
颯は分かり切っていた。彩芽の好きな人が自分ではないことくらい。数年もいたらわかる。
「セイジさん、本当に似合うねぇ。」
「ありがとうな。」
彩芽はあいも変わらずセイジさんの髪をアレンジして遊んでいた。セイジさんはそれをずっとそのままにしているので、そこも好感度アップになるところだろう。
颯は彩芽がセイジさんに振られて自分のところに来て欲しいと思っていた。だがそれ以上に、彩芽の恋が実ってほしいと思ってもいたのだ。この気持ちに嘘はない。
颯はセイジさんと一緒にいる彩芽を見るたび心が痛んだ。どうして自分じゃないのだろう。
颯は個室では安心出来なかったので誰もいない夜のリビングで一人テレビを見ていた。
すると、階段から裸足が床に着く音が聞こえた。
「……あれ、颯くん?」
「あぁ、勇気。君も眠れなかったの?」
「うん。なんだかね。颯くんも、何かあったんだね。」
勇気は流れるように颯の隣に座った。
「……勇気」
「何?」
「今日は、君に甘えてもいいか?」
「え!?も、もちろん!」
颯がそう言うと、勇気はもどりながらも返事をした。颯はありがとうと言い、少し考えてから口を開けた。
「……ずっと昔からわかってた筈なのになぁ。ずっと、諦めきれない。」
「それって……。」
勇気がゆっくりと颯の方を向いた。颯はうっすらと微笑んでいた。
「勇気、今から酷な質問するけどいい?」
颯がそう言うと、勇気は静かに頷いた。
「……俺は、この感情をどうすればいい?」
「颯くん……。」
勇気は少し考えた後、やっとこさの気持ちで口を開いた。
「……僕にぶつけみない?」
「え?」
「た、例えば……僕にする……とか?いや、なんでもない。忘れて。」
勇気は居た堪れなくなったのか、颯から目を逸らした。
颯は、彩芽が自分に振り向かないことと共に、勇気がこちらに振り向いていることも気づいていた。
「ごめん。それは答えられない。」
「うん。わかってる。こっちこそごめん。」
勇気がそう言った後、二人の間に沈黙が流れた。
「あ、勇気くん。こんにちは。」
「彩芽ちゃん。」
勇気がリビングで一人勉強していると、後ろから彩芽がやって来た。
「何の勉強してるの?」
「理科。結構難しいよ。」
「そっかあ。」
彩芽は勇気の向かい側に座り、頬杖をついた。
「ねぇ、勇気くん。」
「どうしたの?」
「なんか、最近颯くんに避けられてる気がするんだよねぇ。」
「あ……。」
「私が何かしたかなぁ。」
「それは……。」
勇気には心当たりがありまくりだった。だって、この間聞いたから。
なんと答えようか。何と答えたら二人ともギクシャクせずに済むか。
「えっと……。自分から話に行ったらいいんじゃないかな?」
「うーん。そうだよね。ありがとう。」
早速話しかけに行くのか、彩芽は立ち上がり、二階に繋がる階段の方へ向かった。
すると、あ、と彩芽が声を出し、すれ違いざまに勇気の肩に手を置き、口を開いた。
「私、勇気くんのことを応援するからね。」
「あ……。」
それは、どう言うことだろうか。きっと、それは――。
「やめて。」
「え?」
気づいたら口に出ていた。
肩に置かれた手をぎゅっと握り、勇気は言った。
「それだけは、やめて……。」
きっと、彩芽は自分に向けられる感情に鈍感なのだろう。だからこそ、声を出さなければ、颯が可哀想だ。
勇気がそう言うと、彩芽は頬を掻き、ごめんねと言って去っていった。
「樋口さん。流石にそれはやり過ぎですって。」
山口さんはそう言い樋口さんの肩を掴むと、樋口さんはそれを弾いた。
「うるさい。もうこれでしか証拠を掴めないんですよ。」
樋口さんはセイジのスマホの中に盗聴するためのアプリを忍ばせた。それも、あまり気づかれにくい物を。
「これは犯罪になります!樋口さん、落ち着いてください!」
「もう止めるにはこれしかないんですよ!私だけが犠牲になって終わったら万々歳じゃないですか!」
速水さんが宥めようとするが、クマを作った樋口さんの剣幕に二人は怯えた。
「もうそろそろなんです……!子供達をもう好き勝手にさせません……!」
樋口さんの様子に、もう止められないと悟ったのか、二人はそのまま帰っていった。
樋口さんはハッとし、そのまま立ち上がる。
「……私も家に帰らなくちゃ。帰って、続きしなくちゃ……。」
樋口さんはパソコンを閉じ、それをカバンの中に入れ、恵愛院から出た。
「みんな集まったな。」
セイジさんは、あることを話すために皆を集めた。
「セイジさん、話って?」
「ああ、実はな、とある情報が入って来たんだ。」
「情報?」
光がそう聞くと、セイジさんは頷いた。
「そうだ。どうやら、大量の『bug』を放出し、『metatual』にいる人達を虐殺しようとしているらしいんだ。」
「ひっ……。」
「なんだよそれ……。」
「ていうか、『bug』って何なんですか?別に、自然に出でくるわけじゃないんでしょ?」
「それは……。」
颯の質問にセイジさんは答えられずにいた。すると、玄関からバン、と大きな音が鳴る。
「あれ、樋口さん。今日遅かったじゃん。」
「そうよ。今日の朝ごはんはあったとは言え、寂しいじゃない。」
皆が口々に言う中、樋口さんが口を開いた。
「……みんな、コイツから離れて。」
「……え?」
樋口さんが指を指した先はセイジさんだった。皆が呆気に取られる中、樋口さんが口を開いた。
「コイツは、みんなを殺そうとしてるのよ!早く、早く離れて!」
「ちょっと、樋口さん落ち着いて!」
彩芽が樋口さんの側に寄り、樋口さんの背中を摩る。息を荒くする樋口さんは、彩芽が背中を摩ると、少しだけ落ち着いた。
「樋口さん、どういうことですか?」
颯は樋口さんの側に寄り、質問をした。樋口さんは真っ直ぐ濁った目で颯を見た。
「私、証拠を得たの。『bug』を作っている人達と繋がっている証拠を。」
その発言を聞いた瞬間、皆は驚き、一瞬ざわついた。
「どう言うこと!?」
「セイジさん、何か知ってるなら言えよ!」
翼に言い詰められたセイジさんは少し悩んだ表情をし、口を開いた。
「……証拠は?どこにある。」
「ここに。」
セイジさんは樋口さんのところに寄り、彼女のスマホを受け取った。
音声を流すと、知らない声が聞こえて来た。
「……もしもし、僕だよ。」
そいつはどこかイライラしながらその電話に応答した。
「お前は、やっぱりするのか?」
「ああ、あれのこと?するよ。僕は頑固だからね。」
そいつは未だにイラついた様子で応答していた。
「……お前は、未来を考えないのか?」
「考えた末だ。どう転んだって、子供も、大人も、動物だって、不幸になるしかない。」
悲観的な考え方を披露した彼に対し、セイジは、顔を歪ませた。
「もう一度考えよう、まだやり直せる。」
「やり直せないよ。もう。」
セイジの言った言葉にピシャリと冷たい言葉を浴びせた。
「僕は、僕たちはもう人を殺めている。そんなんで、もう光のある場所には行けないよ。」
「なら、その自覚があるなら、さっさと自首しにいけば――」
「ダメに決まってるだろ!?僕は、もうこれしかないんだないんだ。」
そいつは、大きな声でそう言った後、小さく呟いた。
「みんなが完全に幸せになるには、これしか……」
「わかった。切るな。」
セイジはそう言い、電話を切った。
「……そうか。」
セイジさんは音声を聴き終わった後、それを樋口さんに渡した。皆は思ったよりも冷静だった。
「なあ、お前らはどう思った?」
セイジさんはそう聞くが、皆黙り込んでいた。皆が黙っている中、翼が口を開いた。
「セイジさんは、『bug』を作っていたのか?」
その質問にセイジさんは首を振った。
「きっと嘘、コイツは『bug』を作って――。」
「はーい、樋口さんは一旦黙ってね。」
樋口さんが口を挟もうとするところだったが、彩芽が黙らせた。
「ありがとう、彩芽。俺は『bug』を作っていない。俺の仲間
「やっぱりな。何となく知り合いっぽかったし。」
みな、何となくわかっていた。この音声は確かに『敵と繋がっている』が、『敵と協力している』わけではなかったから。
この音声が、逆にセイジさんの無実を証明したのだ。
この事実に樋口さんは絶望した。
「……っ、で、でも!コイツはみんなの事を危険に晒したのよ!それは許せないでしょ!?」
「それは……。」
その言葉を聞いた瞬間、皆の顔が曇った。陽美の事を思い出したのだろう。
「それはすまないと思っている。だから、次で最後にする。」
「最後にする?もうしないと言いなさい!」
「それは出来ない!」
樋口さんの命令に、セイジさんは大きな声で拒んだ。
「次はもしかしたら『metatual』にいる人達が死ぬかもしれない。だから、出来ないんです。」
「……一斉ログアウトは出来ないんですか?」
「メンテナンスの時以外は、出来ない使用にしています。」
「そんな……。」
樋口さんが俯いていると、セイジさんのタブレットから大量の通知が届いた。
「ん……?は?」
セイジさんが確認すると、目を大きく見開いた。
「セイジさん、どうしたの?」
「まずい、始まった……。」
「な、何が始まったの?」
「俺がさっき言ってた事だ。」
彩芽は驚き、皆もそれに釣られて驚く。
「急いで『metatual』にログインしろ!」
セイジさんがそう言うと、皆が個室へと戻ろうとする。セイジさんは孤児院から出た。すると、それを見ていた樋口さんが光の腕を掴んだ。
「待って、コイツの言う事を聞くつもりなの!?」
「ごめん、樋口さん。皆の命を優先しないと。」
光はそう言い、腕を振り払う。
樋口さんはその場へとへたり込んだ。
「……何よ、本当。私のやって来たことは何だったの?みんなを守るためだったのに……。」
樋口さんは、誰もいないリビングで一人泣いた。
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