第17話
楓花の提案で軽くショッピングをすることになった。軽く、と言っていたのにがっつり二時間ほどかけられたが。これが初めてならば驚きもしたけれど、もう何度目かも分からないので慣れたものだ。女の子の買い物は長いものだ、となにかの漫画でも言っていた。
絢瀬もそれなりに楽しんでいたようで、俺と瞬はそんな二人の様子を後ろから眺めているだけだった。
結局ほとんどなにも買わないのが本当に不思議だ。
男子、というか俺の場合欲しいと思ったから買い物に行くわけで、あれやこれやと見た結果なにも買わないということは基本的にない。二時間歩き回ったのだからなにか買わねば、と思うまである。
けど女子は買わない。
どうしてかと言われると、そういうものだからと言う他ない。
「ちょっと休憩しようか」
という瞬の提案で俺たちはどこか休める場所に入ることにした。
少し歩いたところにミスタードーナッツがあったのでそこに入ることにした。店内はあまり広くはないがそこまで混んでいたわけでもなく、四人席を確保することができた。荷物を置いてから、俺たちショーケースへと向かう。
昨今、不景気のせいで小さくなっただとか値段が上がっただとか言われているミスタードーナッツだがそれでも定期的に食べたくなってしまうのはどうしてだろうか。むうっと唸りながら並べられたドーナツを睨む。
ドーナツにチョコレートコーティングをしたものや中に生クリームを入れた定番のものから季節ものに至るまで種類は実に様々。定番のものは昔から愛されるドーナツであり味が保証されている。しかしせっかくの機会だし冒険してみたいという気持ちもある。
「ずいぶん悩んでるね」
一向に決まらない俺を見ながら楓花が言う。
「楓花はもう決まったのか?」
「んー、まあだいたいは」
「なににすんの?」
参考までに訊いてみる。
「エンゼルフレンチはマストなんだよね。それだけだとちょっと物足りないからあとひとつはもちもちリングにしようと思うんだけど、それにも種類があるでしょ?」
「そうだな」
もちもちリングというのはミスタードーナッツにある、生地が凄まじくもちっとしたまるまるとしたドーナツのこと。プレーンやストロベリーはグランドメニューとして置いてあるが、チョコレートをまぶしたものや、今ならば春ということで桜味なんてものもある。桜の味ってなんだよ。
「やっぱり季節限定にするべきだよね?」
「俺が肯定すると決定するの?」
「んー」
なんで訊いたのかしら。
なんて思いながら視線を移すとすでに瞬はレジに向かっていた。なんだよイケメンはドーナツ決めるのも早いのかよ。もうちょい悩めよ。
「むう」
心の中で瞬にクレームを入れていると隣にいる絢瀬が唸った。
どうしたものかと悩んだ末に、俺は意を決して声をかけることにした。
「決まったか?」
「い、いえ」
びくっと驚いたものの、警戒した声色で返してくる。
どうやら完全に無視をするようなことはしないようだ。まあ、こうして遊びに来ているわけだし、終始そういうわけにはいかないもんな。
ならばと俺は会話を続ける。
「こういうとこよく来るのか?」
「いえ、一人でこういうところには入れないので」
「別に友達と来ればいいのでは?」
「そ、そうですが」
どうにも歯切れが悪い。
これまでいた友達はあんまり甘いもの好きじゃなかったのだろうか
ドーナツとかカロリーの化け物だもんな。それを言えばマリトッツォとかタピオカも同じなのだが。インスタ映えを狙うには高カロリーを摂取しなければならないのである。写真撮ったら捨てる? いやいや論外でしょ。
「ですので、あまり良し悪しがわかりません」
「エンゼルフレンチはマストらしいぞ」
「えんぜるふれんち……」
初耳の呪文を唱えるようにたどたどしく繰り返しながら絢瀬がショーケースを眺める。
これはまだもう少し時間がかかりそうだな。
そんなことより俺もそろそろ決めなければ。
ミスタードーナッツに来たのだからもちもちリングは食べるべきだよな。あの食感がどうにも癖になるのだ。癖になるあまり一人で買いに来てしまうまである。
「ん?」
ふと気になったのは上の方に貼ってあるポップだ。
そこにはホットドッグの写真が貼られていた。
「ホットドッグか」
ドーナツに比べると値段は張るが悪くない。少し小腹が空いているしあれくらいぺろりと平らげてしまうだろう。ホットドッグの時点で美味しいことは確定しているが、その中でもどれだけ美味しいのかが見ものである。
よし決めた。
俺はホットドッグを食う!
「チョコかなぁ、いやでも季節限定も捨てがたいぃ」
「なににすればいいのでしょうか」
両隣の二人はまだ決まらなさそうなので俺は先にレジへと向かう。
ホットドッグに加えて一応甘いものも食べたいと思いもちもちリングのチョコレートを頼んだ。ドリンクも勧められたのでカフェオレのホットを。ミスタードーナッツはなぜかホットドリンクはおかわり自由。少しくらいのアイスの気分ならそう言われると一応ホットにしておくかってなる。
ホットドッグは少し時間がかかるらしくドーナツとカフェオレを受け取った俺は悩む二人を置いて先に瞬の待つテーブルへと戻る。
トレイを持って戻ると、瞬は一人でつまらなさそうにドーナツをかじっていた。
「もうちょっと美味しそに食べれば?」
「一人で食べても美味しくないだろ」
「そんな女子みたいなこと言われても」
かわいい女の子ならばポイント高いけど、イケメンに言われても殺意湧くだけだな。そんなことを思いながら俺は瞬の隣に座る。こうして二人並んで座るのも変な感じだけど、女子二人が来るのに向かい合ってる方が変な感じになるだろう。
「一つ?」
「いや、ホットドッグを頼んだ。現在調理中だ」
「ああ。美味しいって聞くな」
「そうなのか? まあまずいわけないけど」
言いながら、俺はズズズとカフェオレを飲む。
しばしの間、瞬と他愛ない雑談をしているとようやく二人がトレイを持ってやってきた。楓花が俺の前、絢瀬が瞬の前にそれぞれ座る。
楓花のトレイを見るとエンゼルフレンチともちもちリングの桜味を買っていた。絢瀬の方はと見やるとエンゼルフレンチともちもちリングの桜味。なに買っていいか分からなくて一緒の買ってるやん。
そんなことを思っていると、渡されていたブザーが鳴る。どうやら俺のホットドッグちゃんが完成したらしく、俺はウキウキした気持ちのままカウンターへと向かう。自然とスキップになりそうな足取りを必死に抑える。
渡されたホットドッグからはふわふわと湯気が立っている。ソーセージの香ばしいにおいが空腹を刺激してくる。見た目だけでもう美味しいのが分かる上にさらに嗅覚からの攻撃を仕掛けてくるのだからもうどうしようもない。生唾を飲み込みながらテーブルに戻る。
「ん?」
席に座る前に違和感に気づく。
俺はカフェオレこそ飲んだがドーナツには口をつけてはいなかった……はずだ。はずなのだが、どうしてか俺のドーナツが一口かじられている。
ちらり、と瞬の方を見る。
俺と目が合った瞬はいつもと変わらない爽やかイケメンスマイルを向けてきた。なんだこいつ。
絢瀬の方を見やる。
俺と目が合った彼女は気まずそうに視線を逸らす。
最後にもぐもぐと口を動かす楓花を見る。
俺とは視線を合わせようとしない。
「美味しいか?」
何事もなかったように座りながら俺は楓花に尋ねる。
「んん、美味しいよ」
ごくりと飲み込んで答えた楓花はなおも視線を合わせようとしない。
「ところでなに食べてたんだ? お前の皿に乗ってるドーナツはまだ口をつけていないみたいだけど」
「……みーちゃんのドーナツをね」
「同じドーナツ買ってるんだから、わざわざもらう必要ないと思うけど」
「隣の芝生は青いって言うでしょ」
「多分それは今使う言葉ではないと思うけど」
「……」
「……」
俺が無言の圧力をかけると楓花は観念したように頭を下げる。
「もちもちリングのチョコレート、大変美味しゅうございました」
「そりゃよかった」
「怒らないの?」
「別に言えば一口くらいあげてたよ」
「えっと、じゃあ一口もらっても?」
「初回ですみたいな言い方するな。別にいいけど」
俺が承諾すると、楓花はわーいと喜びながら俺のもちもちリングに手を伸ばす。ぱくりと口にする楓花を見ながら、そんなことよりと俺はホットドッグに意識を戻す。熱々のあいだに食べなければもったいない。
「美味しそうだな」
「やらんぞ」
「楓花にはあげたのに?」
「俺はイケメンには厳しいんだ」
「俺も買ってこようかなあ」
さして俺の言葉は気にしていないようにつぶやく。
イケメンかどうかはさておき、ドーナツとホットドッグでは楽しみ度が全然違う。俺はこのホットドッグに無限の可能性を感じているのだ。どれだけ美味しいのだろうか、と内側からふつふつと込み上げてくる期待を抑え込むのに必死なほど。
「いざ」
実食、と某食わず嫌い王決定戦のナレーションのように心の中で呟きながらぱくりと一口頬張った。噛んだ瞬間に口の中いっぱいにソーセージの肉汁がじゅわりと広がる。ソフトフランスパンを使用しており通常のパンより歯ごたえがある。ケチャップソースには刻まれた野菜が含まれており食感も楽しめる。
うん。
文句なしの一〇〇点だ。
「美味いッ!」
「俺も買ってくるか」
俺のグルメ漫画では採用されないであろうノーマルリアクションを見て、瞬が立ち上がった。どうやら無意識にミスタードーナッツの売上に貢献してしまったらしい。
あまりの美味しさにそのままパクパクと食べきってしまう。もちろんちゃんと味わって食べたが、その美味しさに背中を押されてもう一つと言ってしまいそうになるがグッと堪える。
俺にはまだもちもちリングが残ってるからな。
「あれ」
カフェオレで口の中を一度リセットしてからドーナツを食べようとしたところ、俺のもちもちリングが半分くらいなくなっていた。
「あのー、これどういうこと?」
楓花を見るとさっと視線を逸らされた。
おいおいまじかよ一口で済んでねえじゃねえか。
「なんとか言ってやってくれよ」
言いながら、絢瀬の方を見る。
口をむぐむぐと動かしながら絢瀬も俺から視線を逸らす。
おいおいまじかよこいつらグルなのかよ。
「……楓花さん?」
「ほら、わたしのもちもちリング一口食べてもいいから。ね?」
あはは、と誤魔化すように笑いながら楓花がお皿を差し出してきた。それはそれで申し訳ないような気もするし、そもそもこの桜味みたいなの好きなわけじゃないけど一応もらっておくか。
俺は楓花のドーナツを手にする。
「ひ、一口だけだよ? これ振りとかじゃないからね?」
「わかってるよ」
大きめの一口で食べたらしっかりと怒られた。めちゃくちゃ理不尽だと思いました。
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