第8話


 その日の昼休み、俺たちはいつものメンバーに絢瀬を加えて昼飯を食べていた。誘われた絢瀬は俺の顔を見て嫌そうな顔をするも楓花と奈緒の押しに負けて参加した次第である。


 多分、二人も俺と絢瀬の関係をなんとか改善しようとしてくれている、のだと思う。


 机をいくつかくっつけ、俺、楓花、奈緒、絢瀬、栞、瞬、鉄平の順でそれを囲むように座る。


 とはいえ、同じ場所でご飯を食べているとは言え、全員で会話するわけではない。つまりどういうことかというと俺と絢瀬の間に会話がない。それを見兼ねたのは楓花だ。彼女はタイミングを見計らって口を開く。


「みーちゃんは男の子の友達とかできた?」


 出会って数日であだ名で呼ぶような関係になれるのは楓花のいいところだろう。

 俺が彼女と初めて話したときだって、そのコミュ力に救われた。


「どういう意味ですか?」


「美園は男の子からの人気が凄いもんね。そりゃ女子高生として気になるよ」


 そんな楓花の発言に乗っかったのは奈緒だ。

 彼女は多分なにも考えていない。


「お友達、という意味ならばいません。彼らはそういうのとは違いますし」


 まあ。


 どっちかというと下僕とか家来とか、そういう感じだろうな。

 もちろん絢瀬の方から何かを命じることはないが、彼女が「ジュース買ってきて」と言えば喜んで買いに行くだろうし、買ってきたジュースに対して「ミルクティーじゃなくてレモンティーの気分なんだよ」と言いながら蹴ればブヒィィィと鳴いて喜ぶことだろう。


「でもあれだよ、空野くんとかあさむーとか、謙也くんも良い人だから友達になれると思うよ?」


 ちら、とこちらを見ながら楓花が若干顔を引きつらせながら言う。

 下手くそなパスをありがとう。でも多分ダメだと思うよ。


「空野くんと浅村くんはともかく、そこの変態とは仲良くなれる気がしません」


 ほらね。

 絢瀬はまるでゴミでも見るような目をこちらに向ける。残念ながら俺はマゾではないのでそんな冷たい目を向けられても興奮はしない。これをご褒美だと思える人の気が知れないのだが。


「まあまあ、そう言わずに仲良くしようよ」


 負けじと楓花も返すが取り付く島もない様子の絢瀬。

 ちょうどそのタイミングで買っていたパンを食べ終えた俺は、なんとなくその場の空気に耐えられなくなって立ち上がる。


「ちょっと飲み物買ってくる」


 言って、そのまま廊下に出ていく。

 嫌われたもんだなあ、としみじみ思う。


 もともと女子と話すのが得意だったわけではない。だというのに、相手の中の自分の印象がマイナスな状態からプラスに持っていける自信がない。


 すたすた、といつの間にか早足になっていた俺の肩を誰かが掴む。


「ちょっと待て、謙也」


 声で誰かは分かったので振り返るまでもないが一応顔を確認する。


「どうかしたか?」


 慌てて追いかけてきたのか、瞬がわずかに息を切らせていた。


「……いや、俺も飲み物を買おうと思って。一緒に行かないか?」


「いいけど」


 なにか言いたげな表情だったが、それをぐっと飲み込んでそんなことを言ってきた。別に断る理由もないので、それだけ返して歩き出すと瞬は横に並んできた。


 自動販売機は学食の前にある。そこに行くには校舎を出て体育館の方へ向かわなければならない。二階から体育館へ続く渡り廊下があり、そこから下へ降りることができるのでそこを歩く。


 その間、俺たちの間に会話はなく、瞬もなにか話そうとはしているものの会話の糸口が掴めない様子だった。それを分かっていながらもこちらから話を振らない自分の性格が悪いことは自覚している。


 けど、俺もなにを話せばいいのか迷ったのだ。


 まったく別の話をすればよかったのだろうけれど、それはそれでなんだか誤魔化しているような気がして躊躇ってしまった。


 結局、自販機にお金を投入するまでの間、俺たちは話さないままだったが、俺がカフェラテ、瞬が炭酸ジュースを買ったところでついに瞬の方が口を開く。


「大変だな、謙也も」


 なにが、とは訊かなかった。


「まあ、そうだな」


 その代わりにそんな言葉を返す。

 プルタブを開けて、カフェラテを一口飲んだ俺はふうと息を吐く。


「けど、悪いのは俺だし」


 鉄平のクソ野郎のせいで瞬はおろかクラス全員に俺の悪行は知らされている。俺の言葉を聞いて瞬は苦笑いを見せた。


「けど、謙也ならそんな状態からでも仲良くなれるだろ?」


「無理だよ」


 俺は即答した。

 カフェラテに落としていた視線をちらと瞬の方に向けると、彼はグラウンドの方を見ていた。だから俺もそれに習って、瞬と同じ方向を眺めてみる。


 放課後に比べて静かなグラウンドだが、男子生徒数人がボール遊びをしているようで、僅かなはしゃぎ声がこちらに届く。


「俺の過去は知ってるだろ」


 瞬はそれに答えない。

 けれど、その沈黙は肯定であると俺は勝手に捉えた。


「でも、楓花や奈緒と仲良くなったじゃないか」


 俺が高校に入学して最初に仲良くなったのは瞬だ。


 入学して少しした頃にちょっとした事件に巻き込まれそうになっていた瞬をたまたま助けたのがきっかけだ。それからなんとなく話すようになり、気づけば一緒にいることが増えていた。


 瞬と仲良くなるということは自然と彼の周りにいる友達とも関わる機会が多くなる。そこで鉄平や奈緒、楓花と出会った。


 もともと女子と話すのが得意じゃなかった俺だが、今では普通に会話することだってできるし冗談を言い合えるような友達もいる。少なからず高校に入ってから成長はしたのだろうけれど、それでも俺のと言うよりは彼女たちの力が大きい。


「あれはあいつらが凄かっただけだよ。俺みたいなまがい物相手でも普通に話してくれたから」


「そういう捻くれ、あんまり見ることないから新鮮だな」


「こんな面倒なこと言うようなやつだと思われたくないんだよ。だから、中学時代のことだって隠してるんじゃないか」


「……別に、知ったからって何かが変わるわけじゃないと思うけどな」


 ぐいっと、赤い缶の炭酸ジュースを飲んだ瞬ははっと小さく笑う。


「そうなのかも、しれないけどさ。誰だって怖いだろ、カミングアウトってのは」


「まあな」


 俺は自分の中学時代の話を意図的に隠している。

 瞬にだって自分から話したわけではなく、流れでバレてしまったような感じだ。それでも彼は変わらず接してくれる。きっと他のみんなもそうなんだと思う。けれど、それでもどこかで不安なのだ。もしかしたら、という気持ちが俺の心に蓋をする。


「瞬といるから陽キャだとかカーストトップとか言われてるだけで、俺は仮面を被っただけの陰キャだよ。根っこの部分は変わらない」


 例えば、一回のまぐれでホームランを打ってしまった素人が天才だと持ち上げられてスタメンに選ばれてしまったような、そんな感じ。自分の実力とは不相応の期待を周りから向けられている。


 俺は常に、周りから求められている自分を演じているのだ。


「けど、だとして、仮面を被って一年やってきたわけだろ。それは十分、自分と言えるんじゃないか?」


「……どうなんだろうな」


 俺が力なく呟くと、瞬は俺の肩にぽんと手を置く。


「謙也の過去を知っている身として、これまでの謙也を見てきた上で改めて言うぞ。謙也なら彼女と仲良くなれるさ」


「……」


 返す言葉が見つからず、俺は沈黙を作ってしまう。

 そのまま黙っているわけにもいかず、俺はなにかを言う代わりに立ち上がる。空になった缶をゴミ箱に捨てると瞬もそれに習う。


「数学も古典も化学もいらないから、女心とか授業に入れてくれればいいのにな。青春を謳歌する上で必須項目だろ」


「はは、違いない」


 そんな話をしながら、俺たちは教室に戻った。

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