第7話
喧嘩するほど仲が良いという言葉があるけれどあれは嘘だ。
喧嘩というのは仲直りができる相手とだけ成り立つとか、そういうことが言われているけれどそもそも喧嘩とまではいかない発展しない言い合いややり合いが多数存在するわけで、つまりどういうことかというと俺と絢瀬の関係は険悪そのものだった。
教室で顔を合わせればとりあえず睨まれる。一応挨拶だけでもしておくかと思い「おっす」と言うがぷいっと無視されてしまう。正確に言うならばリアクションは取られているので無視ではないんだろうけど。
転校から四日も経てば彼女の周りも落ち着いてくる。可愛い転校生がやってきたという噂を聞いて他クラスから来ていたバカな男子もようやく姿が見えなくなり、まるでお姫様に群がる下僕共のようなクラスメイトの男子も少し落ち着いた。それでも物好きな数人は今もなお下僕を続けているが。
しかしそうなると、絢瀬美園も本格的にクラスに馴染むために友達を作ったりするわけなのだが、あろうことか彼女が仲良くなっているのが神田楓花や碧井奈緒だった。つまり空野グループの女子勢だ。
「美園ちゃんって休みの日はなにしてるの?」
ちらと彼女らの方を見る。
授業と授業の合間の僅かな休憩時間。本来ならば先程の授業ですり減った集中力を回復させるために勤しむ時間だが、人々はそんな時間でさえ友達との雑談に花を咲かせる。
「ええっと、読書……とかでしょうか?」
まだ若干気を遣っているのか、様子を伺っているのか、絢瀬の返事はどこか他人行儀のように聞こえる。しかしそうやって互いの程よい距離感を測って仲良くなっていくものなのだ。それを俺は高校生になってから気付かされた。
「それって小説?」
そう質問したのは奈緒だ。
「え、ええ、まあ。漫画とかも読みますが」
「結構インドアなんだ。あたしはじっとしてられないからとりあえず家を出ちゃうかな」
「真逆だね。わたしもどっちかというと出掛ける派かな。目的もなくショッピングとかしちゃう」
「読書以外には?」
「録画した番組の消化、とかでしょうか」
ぎこちない笑みを浮かべながら絢瀬が答える。
もうほとんどやってること俺と一緒じゃん。
友達に遊びに誘われていない休みの日は漫画を読むか録画していたアニメを観るだけ。それだけで一日が終わってしまうがそれがいい。予定が入った日が続くとそういう一日が恋しくなってしまう。
「なんか意外だね」
「そうですか?」
奈緒の言葉に絢瀬が首を傾げる。
「うん。なんとなく、スタバでゆったりとコーヒー飲んだりしてそう」
偏見がえぐい。
スタバといえばおしゃれな人間の溜まり場だ。オタクが休日にとりあえずアニメイトかカードショップに向かうのであれば、おしゃれな人間はとりあえずスタバに行く。そういうものだと思っていた。意外とおしゃれな人間でもマックに行くのだと高校生になってから思い知らされた。
「スタバ、は、あんまり行かないですね」
「コーヒー飲めない系?」
「まあ」
スタバは何度か行ったけどコーヒー以外にもなにかとメニューがある。ありすぎて逆に困るまである。あと大きさをSMLにしてくれ。トールとかグランデとか言われても分からん。
スタバへの要望を考えながら三人の会話を盗み聞きしていた俺は目の前に人の気配を感じてそちらを見る。
「横目で女子を性的な目で盗み見るなんて、相変わらず変態ね。謙也」
「誤解を招くような言い方をするな」
誰かと思えば栞だった。
「栞はあの輪に入らなくていいのか?」
「ああいうガールズトークらしい雑談はどうにも苦手で。どうせなら誰かの弱みを握れるような雑談に花を咲かせたいわ」
「最低な雑談だな」
「冗談よ」
「なら冗談らしく笑って言え」
「ほら」
「微塵も表情筋が動いてないぞ」
こいつが大爆笑しているところを見たことがない。
今度おすすめの漫才師のネタ動画を見せてやろう。爆笑不可避だぞあれは。
「あれから絢瀬さんと話はしたの?」
「あれからといいますと?」
「おっぱい事件」
「変な名前つけないで」
先日の例の事件を言っているのは分かっていたが、まさかそんな名前がつけられているとは。
「話はしてない。どころか避けられてるまである」
「そりゃあれだけ胸を揉みしだいてきた男の顔なんて見たくないわよね」
「それ言う必要ある?」
「ないわよ。ただ、彼女たちが仲良くなる上で謙也の存在が壁になるのではないかと思って」
「まあ、ないとは言い切れないけど」
俺は瞬や鉄平、楓花や奈緒とよく話しているので、その辺が一つのグループであることはもはや周知の事実となりつつある。となれば、もちろん絢瀬だってそれは把握していることだろう。
となれば。
楓花や奈緒と仲良くするということは俺とも顔を合わせる機会が増えるということだ。彼女のぎこちない、どこか他人行儀な応答は距離を縮めることを躊躇っているからなのか?
「謝罪の一つでもしてさっさと仲直りすればいいのに」
「簡単に言うなよ。その機会すら与えられてないんだから」
「靴でも舐めれば誠意が伝わるのでは?」
「俺の話聞いてる?」
「聞いてない」
「聞いて」
そんな話をしていると授業が始まるチャイムが鳴る。
しばらくすると教師が入ってきたので各々自分の席に戻る。栞が俺の前からいなくなったタイミングで小さく溜息をつく。
分かってはいる。
分かっているんだけど。
でもなあ。
理解しているからといって、実行に移せるとは限らないだろ。
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