第6話


 中学時代、友達のいなかった俺の唯一の楽しみはアニメを観ることだった。ゲームもしたし漫画も読んだけれど、いわゆるオタクコンテンツの中で最もハマっていたのがアニメだ。深夜アニメはほとんど網羅していたし、語れないアニメはなかっただろう。語る相手がいなかったのだけが辛かった。


 なので、今でもアニメの話は割とする。


「間宮氏、小生の今期のおすすめは間違いなく『俺の妹が実は義妹で彼女と修羅場なんだけど』なわけですが。もちろん観てますよね?」


「バカを言え。マイ同士間宮がそんな低俗アニメを観るはずないだろう。だがしかし、我のイチオシである『それは僕らの魔術大戦』はもちろん観ているだろうな?」


 最初に発言したのは織田。ガリガリ出っ歯のおかっぱメガネ。いわゆる萌えアニメが好きなオタクだ。


 そして次に会話したのは豊臣。短髪デブのハチマキコートだ。もちろんメガネを掛けている。こちらは中二病的な趣味嗜好をしている。


 アニ研に所属し、日々互いの愛するアニメのプレゼンをし合っているんだとか。ともあれ、周りからはアニ研コンビと呼ばれている。いつも言い合っているが、いつも一緒にいるなんだかんだ仲の良い奴らだ。


「もちろんどっちも観てるよ」


「どちらが面白いか言ってほしいですし?」


「もちろん、魔術大戦だろうな?」


「いえいえ、妹修羅で決まりですし!」


 俺が答えを出す前に二人でバチバチと火花を散らし始める。

 これはどっちを答えてもどっちかから面倒な絡みをされる流れだな。けどどっちか言うまで引かないんだから厄介だ。さて、どうしたものか。この場を穏便に済ませる方法はないだろうか。


 鉄平と奈緒は相変わらずバスケ部の朝練。瞬も野球部の朝練で今日は楓花もそれに参加しているそうだ。栞はマイペースなのでまだ登校していない。今この教室に助け舟を出してくれそうな友達はいない。


「おい、どけよ」


 そのときだ。

 アニ研コンビの後ろからうざったそうな声がする。

 俺はそちらを見て、アニ研コンビも慌てて後ろを振り返る。


「あ、影山氏」


「ふ、フン。偉そうな口を叩きよって」


「あァ?」


「ごにょごにょ」


 睨まれた豊臣はさっきまでの威勢を一瞬で奪われてしまう。言葉になっていない言葉を口から漏らすだけ。もちろん届いてなんかいない。


「そんな言い方ないだろ。クラスメイトなんだから仲良くしろよ、影山」


 影山北斗。

 黒髪のおかっぱ頭。といっても織田のような感じではなく美容院でしっかりと整えられているおしゃれなおかっぱだ。体は細身だが、整った顔立ちもあって女子からは割と人気がある、らしい。


「はァ? オタクなんかと仲良くできるかよ。そいつらとは生きてる世界が違うんだっつーの」


 ただ、性格がちょっとな。

 去年同じクラスだったわけではないけど、何度か顔を合わせたことはある。授業が同じだったりしたのだが、何度か話したことはあった。


 妙にカーストというか立場的なものを気にしており、瞬を中心に集まっていることから空野グループと呼ばれている俺たちのグループを敵視している。多分、影山自身も今のところ自分の方が下だということは理解しているのだろう。


 できれば関わらないまま終わればよかったのだが、まさか同じクラスになるとは。


「お前も、仮にもカースト上位のグループにいるんだから、そんな底辺野郎共と関わってんじゃねえよ」


 影山は吐き捨てるように言う。

 アニ研コンビを見る目はまるで汚物でも見るようなものだった。


「つってもな、織田も豊臣も友達だし」


 一年のときも同じクラスで、こうして他のみんなが登校していない時間や放課後の空き時間に話したりしている。俺からすれば二人は間違いなく友達だし、そこにカーストなどの差はない。


「ハッ。そんなキモ野郎共にも話しかける俺カッケーってか?」


「いや、別にそんなんじゃないけどさ。あんま人のこと悪く言うのやめた方がいいぞ?」


「るせェ、指図すんな。ちょっと自分のがカースト上だからって調子乗んなよ。言っとくけどな、空野が上ってだけでお前だけなら大したことねェんだぞ」


 別に指図しているつもりはないんだけど。

 これは何を言っても無駄だな。こちらの話なんてはなから聞く気がない。


「そうだな。俺は瞬の金魚のフンみたいなもんだから大したことない。よく分かってるじゃん」


 言い返しても意味はない。

 言い合っても意味はない。


 こういうときは煽りに乗らず、適当に返しておくのがいいだろう。俺の返事が気に入らなかったのか、影山はチッと大きめの舌打ちをして行ってしまった。


「間宮氏ぃ~」


「怖かったゾ~」


「気持ち悪いからやめろ」


 男に抱きつかれても嬉しくないっつーの。

 俺は抱きついていくるアニ研コンビを引き離そうとするが、こいつらなぜかしがみつく力が異様に強くて手強い。なんなのこいつら本気でしがみついてくんなよ気色わりいなあ。


「謙也くん……」


 そのとき、後ろから名前を呼ばれたので振り返る。

 そこには驚きとショックが入り混じったような表情のまま両手で口を隠す楓花の姿があった。


「ええっと、なにをお考えで?」


「わ、わたしは、謙也くんにそういう趣味があっても、ぜ、全然平気だから」


 ばしゃばしゃと視線をこれでもかと泳がせながら、しどろもどろに楓花が言葉を紡ぐ。そういうならせめてもうちょっと平気そうに言ってくれないかな。


「誤解だと思うけど?」


「う、うん、大丈夫だよ。気にしないで?」


「人の話聞こ?」


「ほんとに平気だからぁーっ!」


 そう言いながら楓花は教室を出て行ってしまった。


 あーあ、また面倒くさい。


「さっさと離れろ」


 いつまでもしがみついているアニ研コンビをようやく引き剥がす。


「「いやん」」


「気色悪い声出すな!」


 追い打ちで一発くらわせておいた。


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