第18話

 そんなことがあった日の翌月曜日のこと。


 暇を持て余していた栞と二人で学食に行っていた俺は昼食を済ませて教室に戻ろうと歩いていた。


「あら」


 学食を出たところで栞が足を止める。彼女の視線を追うと、絢瀬が一人で歩いていた。俺たちと一緒に昼飯を食べることが多いが、たまにふらっとどこかに行ったりすることもあるらしい。


 今日は部活組はそれぞれ部活仲間と、楓花は別の友達と食べるということで俺と栞が残されたのだが、一応絢瀬のことも気にしてみたが昼休みが始まったあとにすぐどこかに行っていた。


「どこ行くのかしら」


 校舎から出てきた彼女はてててと駆け足気味に校舎裏へと向かう様子。こんな時間に校舎裏に用事があるとは思えない。となると考えられるのは呼び出されたという線だ。呼び出されたとして、その理由はなにか。


 カツアゲやイジメのような野蛮な理由というよりは……。


「行きましょ」


「そうだな」


 短く言う栞にそう返す。

 後を追うなんて野暮なことはしないよな。そう思ったのだが、栞の言う行きましょというのがついていくぞという意味であることをその数秒後に理解する。


「いや、あんまり尾行とかは」


「彼女がいじめられてるかもしれないわよ。そうだったとき、助けられるのは謙也だけでしょ」


「そんなことないけど。それに、そういうんじゃないってことは分かってるだろ」


 俺が冗談っぽく言うと、しかし栞は「どうかしら」と少しシリアスな声色で返してくる。


 俺がどういう意味だ、と視線を向けると彼女は無言で歩き出す。話してほしけりゃついてこいということだろうと勝手に読み取り、俺は仕方なく後を追う。


「彼女が男子から絶大な人気を集めているのは知ってるわよね?」


「そりゃ、まあ。最初に比べれば落ち着いたけど、それでも絢瀬のことを狙ってる男子は多いだろ」


 転校してきた当時は同じ学年どころか別の学年からも彼女の姿をひと目見ようとうちのクラスを訪れる男子生徒が結構な数いた。さすがにそれらのギャラリーこそ落ち着いたものの、それでもクラスメイトはもちろん他クラスの男子にも、タイミングがあれば声をかけられているように思える。


「けれど、絢瀬さんは彼氏を作っていないのよ」


「そうなんだ」


 彼氏がいるって話は聞かないからそうなんだろうけど。


「つまり、彼女に告白して玉砕する生徒はそれなりにいるということね」


「それがなにか関係あるのか?」


「女子の嫉妬っていうのは恐ろしいということよ」


 どういう意味だろう、と思い深く考える前に校舎裏に到着してしまう。

 栞に止まるよう促されて俺は足を止めた。影から校舎裏を覗き込む彼女に習い、申し訳ないと思いつつも俺も同じように覗き込んだ。


 絢瀬が誰かと向き合うように立っている。彼女に重なってよく見えないが前にいるのは男子生徒っぽい。


「告白か」


「間違いないわね。面白いことに、相手は私達の知っている男子よ」


 言われて、もう一度しっかりと確認してみると今度はしっかりと見えた。おかっぱヘアに妙にイラッとする顔をした彼を俺はもちろん知っている。というか同じクラスだ。あれは影山北斗である。


「影山が絢瀬に?」


「……」


 返事はなかった。

 そう言えば以前、奈緒が影山が絢瀬や楓花を見ていたみたいなことを言っていたような気がする。あれはオリエンテーションの班決めのときだったか。

 あのときは絢瀬を見ていたのか。目の前のシチュエーションを見るとあのときの視線の意味もおおかた予想はできるな。


「どうした?」


「影山ってあまりいい噂聞かないでしょ?」


「そうなのか?」


 知らんけども。

 人の噂というのは所詮噂でしかない。俺は自分の目で見たもの以外はあまり信じないようにしている。周りから人の評価を聞いたとしても、それはあくまでも他人の評価という程度にしか思わない。


 そんな生き方をしているからか、あまり意識をしていないからか、最近あまり人の噂とかを耳にすることが減った気がする。


「ええ。鳴校掲示板を見れば分かるわ」


「なにその掲示板」


 初めてその存在を知ったんだが。


「知らないの? 鳴校生として恥ずかしいわよ。鳴校生なら誰でも書き込めるし閲覧できるサイトで、鳴校に関する様々な噂が書かれているのよ。鳴校掲示板に書かれた情報はまたたく間に全校生徒に知られることで有名よ」


「怖い掲示板だなあ」


 そんな話をしていると影山の告白が佳境に突入したっぽい。

 会話は聞こえないが影山の態度が何となく告白したあとっぽい。絢瀬は答えを言い淀んでいる様子だったが、次第に決心したのか深々と頭を下げた。


「あ、振られた」


「影山北斗が絢瀬美園に振られたという情報を掲示板に書き込めば明日には広まっているでしょうね」


「誰かが書き込めばの話だろ? この現場を知ってるのは俺たちくらいだし」


 ああ、そういうことか。


「お前、ほんとそういうの好きな」


「冗談よ。さすがに私だってそこまで酷いことはしないわ」


「どうだか」


「私は人の弱みを掴みたいのであって、曝けたいわけじゃないのよ」


「余計にたちが悪い」


 影山を振った絢瀬がたたたと駆け足で走り去ってしまう。

こちらとは逆側に走っていったのが幸いだった。こっちに走ってこられてたら覗き見していたことがバレていただろうから。こんなことしてるのがバレればただでさえ複雑な関係がさらにこじれてしまう。


 言い出したのは栞だと伝えてもきっと聞く耳持ってくれないだろうし。


「影山の弱みを握ったところで、見つかる前に退散しましょ」


「もういろいろ通り越して清々しいまであるな」


 人の不幸は蜜の味、なんて言葉がある。

 栞は教室に戻るまでいつもより上機嫌だった。こいつを敵に回してなくてよかったと、俺は密かに安堵しながら彼女の横を歩いていた。

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