第三章 崩れ行く青の世界
第19話
オリエンテーション当日。
学校に集合した俺たちはバスに乗り込み、バーベキュー施設へと移動する。乗車の際、混雑することを避けるために座席は事前にホームルームで決めてあった。それに基づき、俺たちは各々座席へと向かう。
「どうしてこの座席なのですか?」
「俺に言われても」
仲良し大作戦の一貫により俺は絢瀬と隣同士にさせられていた。その前に楓花と栞、さらに前に瞬と鉄平。俺たちの後ろには奈緒が友達と座っている。少しでも接点を作り、会話のきっかけを増やすことで俺と絢瀬の間にある溝を埋めることができれば、という楓花の図らいによるものだ。
しかし、座席を決めた当時に比べると俺と絢瀬の関係も修復されつつある。それこそ、先日の四人で遊びに行った回が功を奏したようだ。あれ以来は学校でもそれなりに会話の機会はあった。
「私、どうせなら女の子の隣がよかったです」
「奇遇だな。俺も同意見だ」
「私、女の子なんですが!?」
その結果、こうして普通に会話できるくらいになった。
俺が余計なことをしてしまったがために邪険な扱いを受けていたけれど、それを抜きにして接してみると驚くくらいに普通の女の子だった。これまで仲良くなった楓花や栞、奈緒とはまた違ったタイプの異性だと思う。
どう違うのかと言われると言葉にするのは難しいのだが、なんというか、意外と接しやすい。
「絢瀬はバーベキューはよくやるのか?」
男子からの人気を見て分かるように彼女の容姿は文句なしにトップレベルだ。俺が目撃したのは影山北斗だけだが、知らないところで告白もされていることだろう。それほどまでに容姿が優れた彼女がリア充でないはずがない。
そして、リア充とは肉を焼くのが好きな生き物だ。あいつらとりあえず肉焼きたがるからな。
ウェーイと言いながら肉を焼くその姿はウホウホと言語にもなっていない言葉を発しながらマンモスの肉を焼く原始人のよう。つまりリア充というのは原始人とイコールである。証明完了。
と、どうでもいいことを考えていると絢瀬はどこかうんざりしたように言ってくる。
「そう見えますか? これでも、家族以外とのバーベキューは三度目です」
「今年に入って?」
「これまでで、です」
意外な返事に俺は「へえ」と短く漏らす。
「なんですか、そのリアクション」
「意外だなと思って。肉焼いてそうなのに。いや、正確に言うなら肉焼くのが好きそうな男子に好かれてそうなのに」
「そんなことはありませんが。仮にもしそうだとしても、私がそういう人を好きになるとは限らないでしょう」
「たしかにそうだけど。じゃあ、絢瀬はどういう男の人がタイプなんだ?」
これは鳴校の全男子が気になっていることではないだろうか。
ここで俺が代表して訊いてやろうではないか。もちろんその答えを誰かに言いふらすようなことはしないのだが。しかし今の時代、情報というのも高値でやり取りされることもあるという。この情報をちらつかせれば学食のメニューくらいは奢るやつも現れるやもしれん。なんてな。
「少なくともあなたではないことだけは確かです」
ふいっと絢瀬はそっぽを向く。
「いや、それは分かってるけど。全男子が気になってることだろ」
「……」
言うと、むうっと神妙な顔つきで再びこちらを見る。
「どうでしょうね。あまりそういうことを考えることはありませんが、強いて言うのならばありのままの自分を受け入れてくれる人、ですかね」
「その言い方だと今のお前がありのままじゃないみたいだけど?」
「それはご想像におまかせします」
この話はここまでだ、とでも言うように絢瀬は自分のカバンからお菓子を取り出した。これからしこたま肉を食うというのにお菓子でお腹を満たそうとするとは愚かな。そんなことを考えながら見ていると、なにを勘違いしたのか絢瀬が箱から取り出した一本のポッキーをこちらに向けてくる。
「一本だけならあげますが?」
「一本だけなら貰っておくよ」
これくらいなら腹の足しにもならないだろう。
俺の言い方が気に食わなかったのか、むすっとしながらポッキーを頬張る絢瀬を横目にふうっと溜息をつく。それでも以前のような邪険な扱いをしてこなくなったところ、当初の目標は達成したようなもんだな。
桜先輩にはまだなにも話せてないから、今度のバイトのときにでも報告するか。一応、相談に乗ってもらったわけだし。
「むう」
そのときだ。
前の席に座っていた楓花が某進撃の巨大人間漫画の巨人のような覗き方でこちらを睨んできていた。
「欲しいなら絢瀬に言えよ」
「そうじゃないっ!」
ポッキーが欲しいわけではないのか。
ならなんでそんな恨めしそうにこっちを見てくるのか。
「ずいぶん仲良くなったね?」
「まあ、おかげさまで?」
俺が言うと、絢瀬がんんっと眉をしかめる。
「どういう意味ですか?」
「深い意味はない」
この感じだと俺が絢瀬と仲良くなりたくて楓花に手伝ってもらった、みたいな感じになるので深く訊かれることを拒んだのだが、言ってからこっちの方がなんかリアリティあるなってことに気づいた。
「ポッキー、いりますか?」
じとりと見てくる楓花の視線に居心地の悪さを感じたのか、絢瀬がそんな提案をする。
「もらう」
「……さっきいらないって言ったのに」
「いらないとは言ってないよ!」
その後、よく分からない楓花のテンションに付き合い続けた結果、施設に到着する頃にはどっと疲れていた。今からが本番なのに。
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