第27話
放課後のことである。
俺は楓花を連れて絢瀬の家へと向かっていた。絢瀬の家を知らないというのもあるけれど、瞬の言ったように俺一人で行くよりは警戒されないのではないかという理由も多少はある。
「でも、空野くんは会えなかったんだよね。なにか作戦でもあるの?」
楓花の質問に俺はかぶりを振る。
家に行ったからといって会えるとは限らない。むしろ、瞬のときのように門前払いをくらう可能性の方が高いだろう。
けど、ラインは既読スルーされ、電話には出てくれない。学校にも来ないとなると家に直接行く以外の手段が思いつかないのだ。なにをするにしても、とりあえずは話をしないと始まらない。
「いや、ない。たまたま偶然会えないかなと」
「ええー、なにか画期的な作戦があるのかと思ったら」
「ないよ。瞬が会えなかったんだぞ。俺にそれ以上のことはできん」
やれやれ、とでも言いたげに楓花が溜息をつく。
そんなリアクションをしたくなるのも無理はない。もしかしたら、というかほとんどの確率で会えないというのに一緒についてきてくれと頼んだのだから。
「悪いな。付き合ってもらって」
俺の言わんとしていることを理解したのか、楓花は首を横に振って優しく笑った。
「んーん。わたしもじっとしてられなかったから。言ってくれて嬉しかったよ」
「そりゃよかった」
学校を出て、電車に乗る。どうやら絢瀬の家は学校から少し離れているらしい。方向的には俺と同じだけど、これまで電車で見かけたことはないし登校中に姿を見かけたこともない。そこまで時間が違ったのだろうか。
「それで、もしみーちゃんに会えたらどうするの? もしかしてそこもノープラン?」
「いや、さすがにそこまで無謀じゃないよ。けど、急にあれもこれもってわけにはいかないし、とりあえずは現状把握ができれば及第点ってところかな」
「現状把握、か」
小さく呟いた楓花は電車の窓から外を眺める。流れ行く景色を眺めているのか、と思い横目で見るとどこか遠い場所を見ているようだった。まるで、今も家の中に引きこもっている絢瀬美園を思うような横顔に俺は見惚れそうになる。
ハッとして俺は慌てて前を向いた。
スマホを取り出し、ラインを開く。
絢瀬と個人的にメッセージを交わしたとこはないのでグループから彼女の個人アカウントに飛ぶ。機会がなかったのでそもそも友達ですらなかったことをこのときに知る。
俺は絢瀬美園を友だちに追加した。
「……」
シュッシュッとスマホを操作する俺の手元を楓花が覗き込んできた。
「なにしてるの?」
「人のスマホを覗き込むな」
俺は画面を暗くして隠す。
すると楓花はむうっと少し不機嫌っぽくむくれた。
「人には見せれないことしてたんだ? ふーん、へーえ、はーん」
「楓花だって俺には見せれないだろ」
「見せれるよ。わたしはやましいことなんてなに一つないからね!」
「いや俺だってないけど」
「じゃあ見せてよ」
「それはちょっと」
「やっぱり、えっちな画像調べてたんだ」
「やっぱりってどういうことですかね? さすがに隣に友達いるのに卑猥な画像検索したりはしないぞ?」
「じゃあ見せてよ」
「……」
なんでここまでしつこいのかは分からないけど、楓花は変なところでこういう一面を発揮するからなあ。ここで意固地になって見せないでいると無駄に疲れそうだし、俺はスマホを楓花に渡す。
「ほんとに大したことじゃないんだよ」
楓花が暗くなった画面を明るくした。俺はスマホにロックをかけていないので、開けばそのまま操作ができてしまう。セキュリティ的にどうなんだという意見もあるけど、それ以上に日常的に毎回ロックを解除するのがかったるくなったのだ。
「みーちゃんにライン?」
「今からそっちに行くからって送っただけだよ」
「それくらいならわたしが送るのに」
「いや、楓花が送ってもあんまり意味ないと思ってさ」
これまでも楓花はしつこいくらいのメッセージを送っていただろう。それら全てを絢瀬は既読スルーで済ませているようだし、今回もそれで終わるか、瞬のときのように断られるかのどちらかだろう。
俺が送っても大差はないだろうけど、もしかしたら違う反応が見えるかもしれない。
それは別に俺の好感度が高いから、というポジティブな理由ではなく、どちらかというとむしろ逆だ。これまでラインをしたことのない俺からのメッセージとなれば絢瀬は僅かでも違和感を覚えてくれるかもしれない。
が、やはり未だに返信はない。
「謙也くんもいろいろ考えてるんだね」
「足りない脳みそフル回転させてな」
「そんなこと言ってないのに」
そんな話をしながら電車に揺られること一五分。どうやら最寄りの駅に到着したようで俺たちは電車を降りる。楓花はスマホを見ながら先頭を歩く。俺はそれについていくだけだ。
「楓花は絢瀬の家に行ったことあるのか?」
「んー、いや、ないんだよね」
「じゃあなんで家知ってるの?」
「実際に行くのは初めてだよ。住所を知ってるだけ」
ああね、と俺は心の中で納得する。
よくよく考えると、出会ってからまだ一ヶ月も経ってないんだよな、俺たちと絢瀬って。楓花は人との距離の詰め方が上手いからもう随分前から友達のような錯覚に陥ってしまう。
「一回ね、そういう話になったことはあるんだけど、みーちゃんがすごい嫌がって」
「へえ。なんか見られたくないもんでもあるのかね」
その気持ちは分かるわあ。
部屋には中学のときにハマってた漫画のタペストリーが飾ってたりする。オタク趣味を隠しているわけではないけど、なんとなくそういうところから過去の名残りに辿り着かれると困るから家への招待はご遠慮させてもらっている。
「そういえば謙也くんの家にも行ったことないよね?」
「そうだね。まあ男の家に可愛い女の子がほいほい上がるもんじゃないからね」
「か、かわいいだなんてそんな」
頬に両手を添えてくねくねと照れる楓花。
どうやら簡単に彼女の意識を逸らすことに成功したらしい。楓花はほんとうに分かりやすくて助かるぜ。
「あ、ここだ」
なんて話をしているといつの間にか到着したらしい。
一応スマホを確認すると既読はついていなかった。本当に見ていないのか、それとも敢えて見ていないのか、あるいは既読をつけずに内容だけは確認しているのか。いずれにしても俺のやることは変わらないのだが。
俺はインターホンを押す。
「躊躇いないね」
「躊躇っても仕方ないからな」
しかし中からの反応はない。
もう一度押してみたけどやはり反応はないままだ。この感じだと、親御さんも家にいないのかな。
「やっぱり出ないね」
「そうだな。ちょっと待ってみるか」
「わたし、電話してもいい?」
「ああ」
家の前で少し待つことにした。
もしかしたら寝ていて本当に気づいていない可能性も僅かながらあるからな。
楓花は何度か電話をしていたけど、絢瀬が出ることはなかった。
三十分ほど待って、さすがにこれ以上待っても意味はないかなと思った頃。
「あの、うちになにか御用ですか?」
不意に声をかけられた。
俺たちは慌てて後ろを振り返ると長い黒髪の女性が不安げな表情でこちらを見ていた。エコバッグには食材が入っており買い物帰りであることが伺える。胸は大きく、身長も高い。紫色のタートルネックニットがセクシーさを際立てていた。
この人、絢瀬のお母さんか。
「あ、や、えっと」
突然の色っぽい女性に俺はテンパる。
そんな俺をジト目で睨んできた楓花が仕方ないといった調子で一歩前に出る。
「あの、わたしたち美園ちゃんの友達で、彼女が心配で来たんですけど……」
言って、楓花は表情を曇らせる。
絢瀬母ははっとする。
「そうなの? ごめんなさいね。あの子、いま塞ぎ込んじゃってて部屋から出てこないの。せっかく来てくれたんだし、お茶でも飲んでいってくださる?」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
絢瀬母は先に家の方へ向かう。それを見て、楓花がこちらを向いてにこりと笑った。まさかこんな僥倖があるとは思わなかった。
そうして、俺と楓花は絢瀬母に案内されて絢瀬美園の自宅にお邪魔することになった。
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