第34話

「ふぅん、なるほどね」


 あの一件から二日が経った放課後。アルバイトに勤しんでいた俺だったが、ピークも過ぎ、お客さんの数も減って暇を持て余していたので事の顛末を桜先輩に話した。


 彼女は最後まで口を挟むことなく、ふむふむと相づちだけを打って、話を聞き終えたところで納得したようにそんなことを言う。


「あんまり驚きませんね?」


「いやいや、これでも驚いてるよ。まさか君が本当に自分の過去を曝け出すとはね」


「そうアドバイスをしてきたのは桜先輩でしょ」


「そこまでは言ってないよ。隠し通したいと思っていることを晒すことを強制するなんて、私にはとてもじゃないけどできないかな」


 ふふ、とどこまで本気なのか分からない笑みをこぼす桜先輩は、しかしスッキリしたというか満足したというか、そういう澄んだ顔をする。


「けど、君のことだから解決はするだろうと思っていたよ。そこは疑ってなかった」


「どうだか」


 全部分かったような顔で、それっぽいことを言って俺をからかってくる。けど、時折真剣にアドバイスをくれたりする不思議な先輩。もしかしたら本当に今回のことだって予想していたのかもしれないけれど、なんだかこそばゆくて素直に受け取れなかった。


「これでも結構君の評価は高いんだよ?」


「それは光栄ですね」


 店内を見渡してもお客さんの数はまばらだ。しかも全員が注文を終えて、なんなら食事さえも終えてゆっくりと雑談している。ドリンクバーを取りに行くことはあっても新しく注文をする客はいなさそうだ。


 会計までは本当に仕事がなさそう。


「君の過去を知っても、やっぱり友達は友達のままだったんだよね?」


「……そうですね。疑ってたのが申し訳なくなるくらい当たり前のように変わりませんでした」


 あのときのことを思い出すと、今でも胸が熱くなる。


 きっと変わらないと思っていたし、変わらないでいてくれると信じていた。けれど、実際にそれを目の当たりにしたときは分かっていてもグッとくるものがあった。あのときは涙を流さないことに必死だったなあ。


 つまり、それだけ内心では不安に思っていたということなんだけど。


「本来、陰キャとか陽キャとか、そんなの関係ないのにね」


「どういう意味?」


「同じ人間でしかなくて、それぞれ好きなもの嫌いなもの、得意なもの苦手なものが違うだけなんだよ。そこに優劣なんてないのに、誰かが作った空気感が有りもしない感情を植え付けている」


 くすり、と笑って桜先輩は続ける。


「陽キャは陰キャを見て優越感に浸るようになって、陰キャは陽キャを見て劣等感を抱くようになった。陽キャと呼ばれる人種はただ人よりちょっと好奇心が旺盛でコミュ力が高いだけなのに。陰キャと呼ばれる人種は人よりもコミュ力は低いかもしれないけど、その代わりに優れている部分がある。それはあるものに対する愛や知識だったりと人によるけれどね」


 そう言われると思う。

 一体いつからだったろうか。


 俺が周りに対して劣等感を抱くようになったのは。誰かになにかを言われたわけじゃなかったはずだ。自分が勝手に周りと比べて、自分が勝手に劣っていると感じただけ。


 小学生の頃はそんなこと気にもせずに誰とでも仲良く遊んでいた。知らない子でも一緒にドッジボールをしたり、友達の友達とだって家でスマブラをすれば仲良くなった。あのときはなにも気にならなかった。


 けど、中学に上がったくらいでいろんな部分に差が付き始めた。


 それがシンプルにコミュニケーション能力だったり、運動能力だったり、学力だったりして。周りよりも優れていると実感した人間が周りに自らの力をひけらかすことで周りの人間は劣等感を抱き始める。


 中学生は思春期に突入する時期と言われている。


 もしかしたら、思春期になると同時に人は周りと自分を比べ出すのかもしれない。そうやって徐々に人間性というものが生成されていって、大人になっていく。そしていつしか、小学生のときに持っていた純粋な心というものを忘れてしまう。


「昔からそういう風潮はあったのかもしれないけれど、それがいつからかは誰にも分からないんだよ。私が君くらいのときには、周りと比べてどうこう思うってこと自体はあったけど陰キャとか陽キャとか、そういう言葉はあまり聞かなかったと思うけど」


「桜先輩がそういうのとは無縁だっただけなのでは?」


 俺が言うと、桜先輩は「かもね」とおかしそうに笑う。


 この人はコミュ力が人間の形をして歩いているだけという表現をしてもいいくらいにコミュ力に長けている。初めて会った人とも五分あれば打ち解けられるし一時間あれば友達になれてしまう。


 その上、なんでも卒なくこなしてしまう器用さだって持ち合わせていて、容姿だって文句なしに整っている。この人は一体、なにを持っていないんだろうと不思議に思えるほどだ。


 だからこそ、そういうのとは無縁だったのかもしれない。


「陰キャとか陽キャとか、周りと比べてそういう言葉で勝手に優劣をつける。人は一体、いつからそんなふうになっちゃったんだろうね」


 そう言って、桜先輩は目を細めて笑った。


 彼女に報告を終えたことで、ようやくひと仕事終えたような気分になった俺は、ふうと大きな息を吐いた。


 俺は守れただろうか。

 いつの日か憧れた、きらきらした世界を。

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