エピローグ

嘘つきは


 絢瀬美園と間宮謙也の過去が明らかとなった例の一件から一週間が経ち、四月もいよいよ終わりを迎えようとしているある日のこと。冬の寒さはとっくに過ぎ去り、暖かい春の陽気が心地よい通学路を歩く。


「っくしゅ」


 小さくくしゃみをする楓花が辛そうに鼻をすする。


「風邪か?」


「んー、どっちかというと花粉」


「あんまりそういうのなかったくない?」


 去年のことは知らないが、今年のここ最近を思い返しても別に楓花が花粉症に悩まされているシーンというのは思い浮かばない。

 しかも花粉のピークはもう終わったように思うけど。別の種類なのかな。


「いつもは薬を飲んでるからね」


「今日は飲んでないと?」


「んー、切らしてて。っくしゅ」


 俺は花粉症じゃないから当事者の気持ちは分からないけど、端から見てると辛そうではあるんだよな。自分が花粉症じゃなくてよかったと心の底から思う。


 あの日以来、俺や絢瀬を悪く言うやつはいなくなった。絢瀬はともかく、俺のことを悪く言っていたのは影山だけだったけれど。


 結局、認めたくないだけであれらの感情は嫉妬からくるものがほとんどだったのだろう。努力すれば変われる、という本質を証明されてしまうと変わっていないのが怠慢だということになるから。

 

 認めたくないから、絢瀬に強く当たっていた。


 それ自体とヘイトはなくなったけど、絢瀬自体への嫉妬は消えていなさそうだ。相変わらず女子からの当たりは若干強めだったりするけれど、今の絢瀬はそれに負けたりはしていない。


 そんなの気にしないと言わんばかりに笑い飛ばしている。


「おはよ」


 教室に到着するといつものメンバーが集まって雑談していたので俺たちも合流する。


 花粉症で辛そうな楓花を心配する面々。俺と同じように、楓花が花粉症だったことに驚いているようだ。


「すっかりこれまで通りになったな」


 教室の中を見渡しながら言う。


 これまで通り、という言葉が正しいのかはわからないけれど。


 変わらないやつがほとんどだけど中には変わったやつもいる。とくに影山がひどい。あのときは仕方なく謝罪という形を取っていたけど全然納得していない。けど謝罪をした手前強くも出れないということでよく睨まれるようになった。


 なので適当にスルーするようにしてる。


「そうかー? 結構、謙也を見る目が変わったりしてるだろ」


「あれ、鉄平でもそういうの気づくんだ」


「なんだと?」


 俺が言うと、鉄平は眉間にシワを寄せる。


「確かに変わったかもね。悪い意味でも、いい意味でもさ」


 飛びかかってきた鉄平からの攻撃を防ぐ俺を見ながら瞬が言う。それを聞いて鉄平はハッとした顔をした。


「それってなんだ、謙也がモテ始めたってことか? 元陰キャなのに!?」


「早速イジってくるじゃん」


 それくらいの方が気が楽でいいけどさ。


「クラスメイトの前で北斗に立ち向かった姿が格好良かったりしたのかな」


「それマジで言ってる? ソースは?」


「ん? そんなに気になる?」


 俺が訊くと瞬は意外そうな顔をする。


「うん。だってそこを明確にしないと今にも飛びかかってきそうなやつが若干名いるから」


 俺の後ろには嫉妬の炎を燃やす鉄平、どうしてか悔しそうな顔をする楓花、なんとなく面白そうだから乗っかっている奈緒がいる。多分、次の瞬間には攻撃してくるに違いない。


「あはは、冗談だよ、冗談」


「瞬くん? 冗談でも言っていいことと悪いことがあるから気をつけようね?」


 それで失う命だってあるんだということをもっと理解してくれ。


「そうだよな、謙也は俺と同じ非モテ同盟だもんな!」


 瞬の言葉で納得したのか謙也が調子よさげに肩を組んでくる。楓花はなぜかほっとしたように、奈緒はつまらなさそうに解散した。


 そうこうしている間にチャイムが鳴る。担任が教室にやってくる前に自分の席に戻り始めるところ、本当にうちのクラスは優秀だと思う。みなさんが静になるまでに何分かかりましたという校長の常套句が使われないレベルで優秀だ。



     *



 放課後。

 瞬、鉄平、奈緒はいつものように部活。今日は楓花も部活があるらしく、栞はまたよく分からない理由で忙しいらしい。そんなわけで誰と一緒に帰るわけでもない放課後、俺は部活に旅立つ仲間を見送ってから帰り支度を済ます。


「あの」


 と声をかけられたので振り返る。


「どした?」


 絢瀬美園である。

 何となくこれまでのこともあって距離感を測りかねている。仲良くなれるといいなあ、とは思うのだけどそう思えば思うほど拒絶されたときにショックだなと。


「一緒に帰りませんか?」


 思わぬ提案に俺は一瞬頭が真っ白になる。


「あ、ああ。いいけど。急にどうした?」


 これまで二人で帰るという機会はなかった。最初  の頃は避けられていたし、その後は絢瀬が引きこもったから。なのに、突然どうしてそんなことを言ってきたのだろう。気になって訊いてみたが、絢瀬は 居心地悪そうにそっぽを向く。


「と、と、友達と一緒に帰るのに理由が必要ですか?」


 顔が赤い。

 もしかしたら俺もかもしれない。


「絢瀬の口から友達だなんて言葉が聞けるなんて感

激だなあ」


「茶化さないでください」


 茶化すしかないだろ、真面目に返すと照れて会話になりそうにないんだから。


 しかし断る理由もないので一緒に教室をあとにする。


 なにか話をしたほうがいいけど、なにを話せばいいんだろう。俺は絢瀬と二人のときどんな話をしていたのかな、と過去を振り返ってみる。あんまりそのシチュエーションがなかったので参考になりませんねえ。


 とりあえず友達の話でもするか。無難だしな。


「それでそんときに奈緒がな」


「……あの」


 過去のおもしろエピソードを話していると、俺の話を遮るように絢瀬が言葉を紡いだ。俺の話、そんなに面白くなかったかな。自信なくなるなあ。


「ちょっと訊きたいんですけど」


「なに?」


 言葉の続きを促すと、絢瀬は少し言いづらそうに舌の上で言葉を転がしていた。


「あなたは神田さんのことをなんて呼んでますか?」


「楓花」


「碧井さんは?」


「奈緒」


「篠宮さんは?」


「栞」


「ですよね」


「だな」


 なんだ急に。

 今更そんなこと再確認するまでもないだろうに。普通に会話の中で呼んでるし、なんならさっきのエピソードトークの中でも呼んでいた。


「わ、私のことは?」


「え、絢瀬って呼んでるだろ」


 俺が普通に答えたところ、はあああっと盛大な溜息をこぼされる。なんでそんな態度取られなきゃいけないの? 俺なにか悪いこと言いましたか?


「あなたって相当鈍いんですね」


「なんで急にディスられたの、俺」


 呆れるような溜息をついたあと、絢瀬はすうっと深呼吸をした。


「私はあなたのことを友達だと思っているのですが」


「まあ、俺も友達だと思ってるよ」


 ああ、なるほどな、と。

 ここまで言われてようやく彼女の言わんとしていることを察する。


「美園、って呼べばいいのか?」


「……っ」


 俺が照れながら彼女の名前を呼ぶと、しっかりと顔を赤くする。そんなに恥ずかしがるなら提案しないでほしい。呼んだこっちも恥ずかしくなる。


「それでいいです。と、友達ですから」


 そういえば、俺ってみんなのこといつから下の名前で呼んでたんだっけ。なんか、当然のように呼んでくるから気づけばそうなってたんだよなあ。それが陽キャってやつか。つまり、こうして苦労しているところ、俺も絢瀬……美園もまだまだ陽キャには遠いってことか。


 陰キャとか陽キャとか、そういう言葉で一括りにするもんじゃないとは思いながらも、そういう考え がこびりついているのも事実。まだまだ取り払うことはできそうにない。


 ともあれ。


 いつの日か、今の自分に胸を張れるようになりたいもんだ。多分、それがリア充ってことなんだろうし。


「そうだな。じゃあそっちも俺のこと、名前で呼んでくれるんだよな?」


 俺が言うと、美園はぎくっと隠していたものが見

つかったときのような顔をする。そして、渋々といった顔を作ったまま視線を逸らす。


「ええ、まあ。そのうち、ですが」


 今の俺たちはまだリア充とは言えないだろう。


 誰がどう見ても、そう呼ぶに足る毎日を送っていたとしても、自分自身でそう思えなければ意味がな

い。


 だから。


 それまではとりあえず、お互い陽キャの仮面を被った嘘つきってことになる。


「気長に待ってるよ」


 いくらでも待ってやろう。


 なにせ、俺たちの楽しい高校生活はまだ始まったばかりだからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嘘つきリア充の青春謳歌ライフ 白玉ぜんざい @hu__go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画