第21話

「噛んだ瞬間にじゅわりと肉汁が口の中に溢れてきやがるッ」


「焼肉のタレとの相性も抜群で言うことないッ」

 いい感じに焼けた肉を口にした俺と鉄平がそれぞれ思い思いの食レポをするが誰も聞いていない。まあ、分かってたけどね。


「しかし美味いな」


「あら、もう猿芝居は終わり?」


「せめて茶番とか言って」


 栞の辛辣な言葉にとりあえず返しておく。

 調理を担当してくれたということで肉を焼く係は瞬が引き受けてくれた。得てして焼く担当はあまり肉を食べれない印象が強いが、瞬はその辺も上手くやっている。他の誰かならばこうはいかないだろう。


 それが分かるからこっちも遠慮なく肉にかぶりつくことができる。


「絢瀬さんから聞いたわよ。随分と自意識過剰なことを言っていたようね?」


「なんの話だ?」


 ちゃんと野菜も食べろよ、とお母さんみたいなことを言いながらお皿に放り込まれた野菜を食べながら栞の方を向く。


「視線がどうとか」


「ああ」


 そういえば今は感じないな。

 もしかしたら見られているのかもしれないけど、強くは感じない。


「自意識過剰とかじゃなくて、本当に感じたんだぞ?」


「そ。なら、絢瀬さんのファンとかかしらね」


「というと?」


「あのくそやろう、おれたちの美園ちゃんと並んで料理しやがってころしてやるっていうね」


「冗談ならもうちょっと冗談っぽく言ってもらっていいですかね?」


「冗談じゃないわよ」


「……怖えよ」


 絢瀬は男子人気がすごいからな。それも絶対にないとは言い切れない。後ろから刺されないようにだけ気をつけよう。だって誤解だもん。


「あるいは絢瀬さんを見ていたのかもね」


「ああ、ストーカー的な?」


「それもあるでしょうけど、嫉妬の炎を燃やす女子かもしれないわよ」


 そういえば以前も似たようなことを言っていたような気がするな。

 俺と栞とでは持っている情報の量が全然違うので彼女の言うことは理由を述べずとも信憑性のあるものだと思えてくるから不思議だ。


「絢瀬さん、あのナルシストきのこ以外の男子からも結構告白されてるみたいなの」


 影山のやつ、すごい言われようだな。それで影山だと分かってしまう俺も酷いのかもしれないが。


「やっぱそうなのか?」


「ええ。例えばサッカー部に所属するヤリチンくそやろうとか、卓球部に所属するなんちゃってイケメン男とかね」


「悪く言わなきゃ気が済まないの?」


「彼らの名誉のために匿名にしてあげてるのよ。感謝される謂れはあっても怒りを向けられる筋合いはないわ」


「ムチャクチャな」


 こほん、と栞は仕切り直すように小さく咳払いをした。


「そんな女子から人気のある男子からの告白を立て続けにお断りしていれば、自然と女子からの反感は買ってしまうわけ。謙也は鈍いから気づいてないかもしれないけど、一部の女子からはよく思われてないわよ」


 きっとその男子生徒に思いを寄せていた女子もいたことだろう。だとするならば、そういう相手から一方的に恨みを向けられていてもおかしくはないということか。


「マジか」


 悔しいけど全然気づかんかった。

 女子ってのは怖い生き物だな。これが男子ならばそんなことにはならないだろうに。とは、まあ言い切れないけれど。


「つまり、謙也は自意識過剰ちゃんということね」


「……あ、はは」


 俺は誤魔化すように肉を頬張りむぐむぐと口を動かした。


 まるで、俺は今喋れないからなとでも言うように。それを見て栞はくすりと笑うものだから、きっとそれさえもお見通しなのだろう。


「ねえねえ」


 そんな俺たちのやり取りを見ていた楓花が割って入ってくる。

 俺はまだ喋れないので振り返ることで言葉を続きを促した。


「それって今も感じてるの?」


 いつの間にか奈緒のところに移動した鉄平が彼女と騒いでいる。それをおかしそうに見ている瞬とくすくすと笑う絢瀬を一瞥してから俺は再び楓花に視線を戻す。


 ごくり、とようやく口の中のものを飲み込んだところで俺は口を開く。


「いや、今は感じない」


 楓花に言われて、俺はそういえばと振り返る。

 絢瀬と調理をしたあとには奈緒とゴミを捨てに行ったり楓花と洗い物をしたりと別の女子とも行動をしていたけれど、視線を感じたのは決まって絢瀬と一緒にいるときだけだった。どうしてそれを考えなかったのか、自分が恥ずかしい。


「ほんとうに愚かね、謙也」


「口を開けばそんなことしか言わないな」


 栞の辛口には適当に触れておいて、改めて考える。

 そうなると、視線の正体はやっぱり絢瀬に向けられた嫉妬のものなのか。あるいは、俺に向けられた殺意的なものか。殺意的なものであれば楓花や奈緒といるときでも向けられてもいいものだが。いや、向けられたくはないが。


「謙也くん」


 考え込んでいると名前を呼ばれたので俺は楓花の方を振り向く。

 すると、その瞬間にずぶっと口の中に肉を入れられた。


「むぐ」


「難しい顔して考えてもわからないものはわからないよ。せっかく美味しいお肉があるんだし今はこの時間を楽しも?」


 言って、楓花は太陽のような笑顔を浮かべる。

 口の中に放り込まれた肉を飲み込んでから、俺はそれに頷くのだった。

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