第22話
「あれ」
美味しい美味しいバーベキューを終えた俺たちは楽しさの余韻に浸りながら後片付けをしていたのだが、ゴミを纏めていた俺はふと周りを見たところ違和感に気づく。
「どうしたの?」
皿洗いをしていた楓花が応えてくれる。
「絢瀬は?」
「んー?」
俺が言うと確かにという顔をしながら周囲を改めて見渡した楓花が首を傾げる。どうやら楓花も彼女の居場所を知らないらしい。
瞬と鉄平は先生に連れられて荷物運びをさせられている。楓花と奈緒は皿洗い、俺と栞で周囲のゴミを集めていた。絢瀬も一応俺たちと同じ作業をしていたはずなのだが、いつの間にいなくなったんだろうか。
「サボりなんて最低ね」
「絶賛サボり中のお前が言うな」
イスに座りながら言う栞にツッコみながら纏めたゴミを袋に詰めて口を縛る。
「なんかさっきあっちの方に行ったような気がしたんだよね」
そう言ったのは奈緒だ。
眉をしかめているので曖昧な情報ではありそうだけど、何もないよりはマシか。
「ゴミ捨ててくるついでにちょっと探してくるわ」
「うん。お願いね」
「よろしく」
「しっかりと探してくるのよ」
「お前は一緒に来るんだよ」
いつの間にかあちら側に回っていた栞にごみ袋を一つ渡す。面倒くさそうな表情を見せて露骨に嫌がってきたがお構いなしに付き合わせる。俺が折れないことを察したのか、渋々俺のあとをついてきた。
「サボりとかしなさそうなのにな」
ゴミ捨て場へと向かう道中、無言なのもどうかと思いそんなことを言ってみる。
誰が、とは言わなかったがさすがに分かるだろう。
「見せていなかっただけで、存外そういう一面があるのかもしれないわよ」
「想像できないな」
絢瀬美園のイメージはしっかりものって感じで、だからサボりとかはあんまり結びつかない。もちろん、それは俺が知っている彼女の一面に過ぎす、栞の言うように別の顔があってもなんら不思議なことはない。
そもそも。
見せている彼女の顔が本物であるとも限らない。
誰かさんのように、体の良い仮面かもしれない。
「誰だって、人に見せたくない一面くらいあるわよ」
「栞にもあるのか?」
「あると思う?」
俺が尋ねると、彼女は挑発的な笑みを浮かべる。
普通に考えれば『あるわけないでしょ』というふうに聞こえるけれど、どうしてか俺はそれとは真逆の意味に聞こえてしまった。
「あってもおかしくはないと思う」
直接的な指摘をしてもきっと栞は頷かない。
もっと言えば、俺は別にそれを知りたいわけでもない。
だからその程度の言葉を返しておいた。
「そ」
肯定も否定も返ってはこなかった。
だから俺もそれ以上はなにも言わないでおいた。
少しの沈黙が続く中、俺たちはゴミ捨て場に到着したのでさっさとゴミ袋を置いて仕事を終わらせる。そして、奈緒が言っていた方へと向かった。
少し歩くとかすかに話し声が聞こえてきた。栞と顔を見合わせてから、俺たちはその声が聞こえる方へと近づくことにした。
距離が縮まるにつれて声がはっきりと聞こえてくる。それにより誰のものかの判別もつくようになり、二つの声のうちの一つが絢瀬のものであることはすぐに分かった。
「誰と話してるんだ?」
「ナルシストきのこ」
茂みに隠れて隙間から見やると、そこでは絢瀬と影山が向かい合っていた。
どうしてこんなところにこの二人が? と疑問を抱く。
以前に影山は校舎裏で絢瀬に告白して振られている。今更二人でなにかを話すようなこともなさそうだが。リベンジ告白するには時期が早すぎるよな。
カサカサ。
「誰だ?」
そんなことを考えていると、茂みに触れてしまったようだ。
さすがに存在に気づかれたのに出ないのもおかしいと思い、俺と栞は茂みから姿を見せる。
栞はともかく、俺の顔を見た影山はチッと舌打ちをした。やっぱり俺は好かれていないようだ。なにかしたということはないはずなんだけど。
「コソコソ覗き見とは趣味が悪いな」
敵意のこもった瞳をこちらに向けながら影山が言う。
これに対して強く出てもロクなことにはならないのは明白だ。
「覗き見とは人聞きが悪いな。たまたま通りがかっただけだよ」
「その割には隠れてたみたいだが?」
「いや、告白シーン直前かなと思うとさすがに登場はできないだろ。かといって離れるほどの時間はなかったし」
「結局覗き見ってことだろ?」
「厳密に言うと未遂だよ」
俺の言葉に影山はギリッと歯を鳴らす。
俺の相手をすることが不毛であることに気づいたらしく、視線を栞に向けてそのまま絢瀬の方に戻す。俺も習って絢瀬の方を見ると彼女の顔はどこか青ざめているように見えた。
「で、消えないの?」
「同じ班の女子の顔色が悪そうだからさすがに放っておけない」
絢瀬の方を向いて言うと、影山はハッと乾いた笑いを見せた。
「まァ、いいか。別に聞かれて俺が困る話でもねえし」
「告白じゃないのか?」
そんなもの終わっていてとっくに振られていることは知っているけれど、一応軽口を叩いておく。絢瀬の表情のことも気になるし、どうにも雰囲気が良くない。できることならば絢瀬を連れてこの場を立ち去りたいところだけど、それも厳しいか。
「そんなんじゃねえ。ていうか、絢瀬にはもう振られてる」
影山の自白に、俺も栞も目を見開く。
声こそ出しはしなかったが、彼の言葉はあまりにも予想外のものだったので驚いた。プライドの塊のような生き物である影山北斗がまさか自分が振られた話を自ら口にするとは思わなかったのだ。反応を見るに栞も似たようなことを思っているのだろう。
「……じゃあ尚更なんの用があるんだ? 二度目ならいけるとでも?」
言うと、影山は罠に引っ掛かった獲物を見下ろすような気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「俺のことを振ったことを後悔させてやるんだよ」
「どういう意味だ?」
「大変だったぜ。絢瀬の秘密を探るのはよォ」
あはは、と楽しげに笑う。
なのにどうしてかその笑顔にこれまで感じたことのない不気味さを覚えた。
さっきまでその秘密に関する話をしていたのか。自分の秘密を握られていると言われたから、絢瀬の表情はあそこまで暗くなっていたの。
秘密、と聞いて俺は栞の方を見る。
栞はあらゆる人間の情報を掴んでいる。どういう情報網を持っているのか訊いてももちろん教えてくれはしなかったけれど、彼女の情報には確かな信憑性がある。そう無意識に思えるくらいにはそういう信頼があるのだ。
しかし、俺の視線に対して、栞は首を横に振るだけだった。
栞も知らない絢瀬美園の情報だと?
「なんとか言ったらどうなんだよ。なァ、嘘つきさん?」
「……っ」
瞬間、絢瀬の顔が刃物でも向けられたような絶望の色に染まる。
嘘つき?
どういうことだ?
「知らないだろうから教えてやるよ。今はこんなに容姿整えて何食わぬ顔で過ごしているけど、こいつのこれ高校デビューらしいぜ?」
「や、やめッ」
声を荒げる絢瀬。
俺につっかかってくるときのようなものではない、焦りからくる本当の荒ぶり方だ。それだけで彼女の心情はおおよそ察することができるし、影山の言っていることが間違いでないことも分かる。
「ま、こんなところで言ってもつまらないし。もっと相応しい場所で披露してやるよ。今日はそれを伝えたかっただけなんだ」
くくっと含み笑いを見せた影山は愉快そうな声を漏らしてそのまま行ってしまう。
「……」
震える絢瀬にどう声をかけていいのか分からず、俺たちはしばしの間その場に立ち尽くしていた。
そして、青ざめたままの彼女はその後も口を開くことはなかった。
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