第4話


 チャイムが鳴ってから少しして教室のドアががらがらと開かれる。


 中に入ってきたのはM字ハゲがトレードマークの佐藤浩。数学担当の三十五歳現在恋人募集中の独身男性教諭だ。一年のときも担任だったのでよく知っているが、良くも悪くも熱い教師である。


「そわそわするな。席につけ」


 どうやら俺たち以外の生徒もどこかしこから転校生が来るかもしれないというふわっとした噂は聞いていたらしい。確定情報じゃないにしても、もしかしたらと思うだけで気分は高まるものだ。皆、心のどこかで日常に変化を求めているのだろう。


 そこのところ、俺はどうなんだろうと考えてみたが、すぐに答えは出なかった。


「今年一年、お前らの担任になった佐藤だ。知ってるやつは覚悟しとけ。知らないやつはいろいろ聞いとけ」


 別段厳しいというわけではないが、真面目ではあるので時折面倒くさいと思うこともあるが総合評価ならば当たりだろう。佐藤よりも面倒な教師は他にいくらでもいる。


「ホームルームを始める前にお前らのそのそわそわを解消しておいてやる」


 どうやら佐藤もこっちの考えはお察しらしい。

 ドアの外で待機しているであろう転校生に「入ってこい」と呼びかける。すると、控えめにガラガラとドアが開かれ、おずおずといった調子で転校生が教室に入ってきた。


 瞬間、主に男子生徒がおおっと声を漏らす。


 緊張した顔で入ってきたのは黒髪の美少女だった。


 誰が見ても見紛うことなく言い切れるくらいの、すれ違う男子全員が思わず振り向いてしまうほどの、正真正銘の美少女だ。


「自己紹介を」


 佐藤に促され、その黒髪の女子生徒はこくりと頷き改めて前を見る。


「絢瀬、美園です。よろしくおねがいします」


 緊張を拭いきれていないのだろう、それでもぎこちない笑顔を浮かべて自己紹介をする彼女の第一印象は良かった。


 黒髪のミドルボブ。身長は高めだ。その上胸は大きく、腰は引き締まっており、まさしくモデル体型。スカートから伸びる足はすらっと長く、素肌は日焼けを全否定するように真っ白だ。


 どこかの雑誌でモデルをしていると言われても軽く信じてしまうくらいにきれいな女子生徒だった。男子生徒ははしゃぐことすら忘れ、誰もが彼女に見惚れていた。


 そんな空気の中、最初に声を出したのは鉄平だった。


「美少女キターーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 ガタン、と音を立てて立ち上がった鉄平は握りしめた拳を天井に向けて突き上げた。まるで九回裏ツーアウトから逆転のホームランを打った瞬間のような鉄平のガッツポーズにクラスの男子が我に返り続く。


 そうなると、当然転校生は戸惑うことだろう。


 いや、しかしあの容姿ならば前の学校でも相当ちやほやされていたか。そう思いはしたが、彼女のおろおろとしたリアクションはやはりどこか不慣れなように見えた。それがなんだかおかしくて、俺の中の違和感は消えてくれなかった。


「お前ら静かにしろ。絢瀬はあそこの空いている席に座れ」


「はい」


 空いている席、というのは見てみると楓花の隣の席だった。座った転校生にさっそく話しかけている。さすがは誰とでも仲良くなれるコミュ力最強女子の神田楓花だな。


 かくして、我が二年三組に新しい仲間が加わったのだった。



     *



 翌日の朝。

 登校した俺は自分の席に座りカバンを置いて一息つく。


 奈緒と鉄平、瞬は新学期早々に朝練が始まったのかこの時間にはまだいない。栞と楓花もまだいないようなので俺は一人でスマホをいじっていたのだが、どうにも教室の中が騒がしい。そう思い、そちらを横目で見ると男子がなにかに群がっていた。


 あそこは転校生である絢瀬の席だったはずだ。


 昨日も結構な数の男子に声かけられていたけど、それの延長戦ってところか。そうそうに人気を得てしまって、羨ましいことで。まあ、世の中には嬉しくない好意だってあるわけだから、必ずしもそうとは限らないが。


「なにを見てるの?」


 まじまじと餌に群がる鳩のような男子生徒を眺めていた俺は背後から近づいていた存在に気づかなかったようだ。声をかけられビクッと体を揺らした俺はそちらを振り返る。


「楓花」


「おはよ、謙也くん」


 神田楓花が登校してきた。

 楓花とは登校時間が被っているのでよく途中で顔を合わせる。別に待ち合わせをしているわけではないのでどこかで待ったりはしないのだけれど。


「おはよ、楓花。今日は朝練は?」


「休みだよ」


 楓花は野球部のマネージャーをしている。しかし人気があるのかマネージャーが五人くらいいるので朝練なんかは日替わりの当番制らしい。放課後の練習参加も結構自由が効くと言っていた。


「それで、なにを見ていたの?」


「ああ。あれ」


 俺は視線で伝える。

 楓花はそれを追うようにして転校生の周りに群がる男子生徒を見た。


「ああー。すごいね」


「ま、あれだけ可愛くてナイスバディな転校生が来れば舞い上がりもするか」


「謙也くんは行かないでいいの?」


「俺はああいう俗物を遠くからクールに眺めるキャラクターで攻めていこうかと思って」


「そういうの向いてないと思うよ。すぐにボロが出るにジュース一本」


「面白い。受けて立とう」



 見ているがいい。クールな間宮くんとして接してやろうじゃないか。

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