第24話

 絢瀬が学校を休んで二日が経過した金曜日。


 理由は体調不良が続いているということだけど、おそらくそうではないであろうことはなんとなく分かっていた。


 噂なんてものはたいてい時間の経過と共に薄まり、いずれ流れてなくなっていくものだけど、今回に関しては絢瀬が学校を休めば休むほど明かされた過去に信憑性が高まり、噂が噂を広めていく。


 クラス内では俺たち以外の人間は男女揃って絢瀬に対して悪いイメージを抱きつつあった。もちろん全員が全員というわけではないけれど、ほとんどを占めているのは確かだ。


 男子は過去の暗い写真を思い出し笑いのネタにし、女子はその容姿に対してこれまでの鬱憤を晴らすように悪口を吐く。まさに四面楚歌という言葉が似つかわしい。


 そんな雰囲気を良くないと思い、動き出したのはもちろん空野瞬だ。


 厚い信頼を得る彼の言葉だからこそクラスメイトに届くかもしれない。正直言って、もはやクラス内だけの問題ではなくなっているけれど、まずはそこの鎮火を行わなければ燃え盛る火は消えないと考えたのだろう。


 教室内に散らばる一つ一つのグループに足を運び、絢瀬のことについて話す瞬を俺たちはただ見守っていた。


 なにもする気がないのではなく、なにをしていいのか分からないのだ。

 楓花や奈緒は何もできない自分の不甲斐なさに悔しさを覚えている様子だ。それは俺だって同じで、なんとかしてあげたいと思う。俺には彼女の気持ちが分かるから。いや、最悪の状況にまで落ちた彼女の気持ちを簡単に分かると言うのは失礼なのかもしれないな。


「楓花、連絡は取ってないの?」


 そう尋ねたのは栞だ。


「一応、ラインは送ってるんだけど返事はないの」


 既読もつかなくて、と言いながら楓花は表情を暗くする。

 それでもきっと折れることなく送り続けているのだろう。考えて考えて、自分にできることはそれなんだと辿り着いたから。


「でも、さすがにこの空気感の中で登校してくるのはしんどいよね」


 教室内に漂う異様な空気にうんざりしたような顔をしながら奈緒は言う。

 影山が絢瀬の噂を言いふらしたあの日に比べると明らかに空気が悪い。きっと今、登校してきても状況はさらに悪化するだけだろう。


「さすがの空野くんもこの空気感を変えるのは一苦労みたいだしね」


 今もなおグループを転々とし説得を続ける瞬を見ながら楓花が言う。

 必死に訴えかけている瞬だが、クラスメイトの反応はあまり良くない。話こそ聞いてはくれているが、表情から考えを改める気がないのは何となく伺える。一人ひとりと話し合うならともかく、やはり相手が数で上回っている以上、中々上手くはいかなそうだ。


 人間というのは空気感に思考を支配される生き物だ。例え正しいことを謳っていても、間違った意見が多数あるだけで圧されてしまう。絢瀬美園を悪く思う空気がこの教室内にある以上、考えを改めようと思う生徒は少ないだろう。


 となると、別の方向からのアプローチを考えなければならないわけだが。


「……」


 ここまで一切発言していない鉄平はと言うと、悔しげに歯を食いしばっているだけだった。


 こいつは誰よりもバカでアホだけど、誰よりも仲間思いでまっすぐな男だ。そもそも集団で誰かを責めるようなこと自体をよく思わないだろうに、それが友達であれば尚のことだろう。


 それでも動かないのは、自分にできることが分からないからに違いない。


 鉄平の場合、男に対してならば下手したら手が出る恐れがある。そんなことをすればさらに状況は悪化しかねない。それが分かっているから、なにもできないでいるんだ。


「そう言えば、これ見た?」


 言いながら、栞は自分のスマホの画面を見せてきた。


 映されていたのは鳴校掲示板のサイトだった。そこには絢瀬の過去のことについて、匿名の誰かが書き込んだ記事がある。それに対して多くのコメントが返されていた。美人ということで校内で人気になっていたことが仇となっている。


 誰も知らないような地味子であればそもそもこんなことにはならない。

 フィクションの世界のような青春に憧れて、必死に努力して身につけたものが絢瀬を苦しめている。


 そんなことがあっていいはずがないのに。

 けれど、どうすればこの状況を変えられるんだろうか。


「噂は広まる一方か」


 そんな話をしていると、苦い顔をした瞬が返ってくる。

 その表情を見ただけで行動の成果が予想できる。


「どうだった?」


 しかし、訊かないわけにはいかない。

 俺の質問に瞬はただ無言で首を横に振った。


「今日、美園の家に行ってみようと思う」


 そして、そんなことを言う。

 一瞬驚きこそしたものの、それだって思いつかなかったわけじゃない案だ。


 楓花がラインを送っているにも関わらず返事がない以上、彼女と話すためには家に行って直接言葉を交わすしかない。


「それって部活終わり?」


 反応したのは奈緒だ。


「そうだな。そのつもり」


「じゃああたしも行くよ。大勢で行っても迷惑になるだろうけど、男子一人よりは警戒されないでしょ」


「助かるよ」


 とりあえずその方向で決まったところで昼休みが終わるチャイムが鳴った。


 ざわざわと不穏めいた空気感を拭えないまま、クラスメイトはそれぞれの席につく。俺も同じように自分の席に座りながら自分にできることを考えてみた。


 俺が絢瀬のためにできることはなんだ。


 そのことをぐるぐると考えていた午後の授業はほとんど頭に入ってはこなかった。

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