第11話


 決定してしまったものはしょうがなく、今さら嫌だとも言えないのでオリエンテーションの係は俺と絢瀬で決定してしまった。その決定には逆らえない以上、ならばさっさと仕事を終わらせてしまおうと進行していく。


 まあ。

 これがきっかけになるだろう。


 そう自分に言い聞かせ、納得させるしかない。


 絢瀬の件がなかったとしても、そもそもこういう面倒なのは避けたいタイプなんだけどな。


「それじゃあ各々、グループを決めてください。人が余ったりしたら出席番号順かくじ引きになるので悪しからず」


 俺がそう言ったところで教室内はざわめきを取り戻す。


 ぐるりと見渡した感じ、このクラスで一人ぼっちの生徒がいるようには見えない。いわゆる陰キャ的なポジションになる生徒も仲の良い友達はいるようだし、男女の間に少なからず壁はあるものの、少なくとも分かりやすくハブられている生徒はいなさそう。


 それを確認してから、俺はいつものメンバーのところへ行く。


 一つのクラスにつき四から六グループということらしいので、三十人近くいるこのクラスならば一つのグループは六人前後ってところか。


「ま、俺らはこれで決まりだな」


 鉄平が言う。

 それに意見するヤツはいない、と思ったのだが楓花が手を挙げる。


「どうかした?」


 瞬が訊くと、楓花は教卓の方に視線を向ける。


「みーちゃんも誘っていいかな?」


 楓花に続いて俺たちもそちらを見ると、どうしたものかと絢瀬が教室内をきょろきょろしていた。あの様子はまさしくどこのグループに入ればいいのか分からないでいるときのやつだ。自分も入れてくれと言えるほどの友達いないとああなるんだよな。分かるわ~、中学時代の俺もそうだったし。


「もちろんだよ。いいよな?」


 それは俺に訊いてますよね、そうですよね。

 他のみんなは特に問題ないという顔をしており、かつ俺を見ている。


「俺はいいけど。絢瀬がなんて言うか分からないぞ」


「ありがと、謙也くん」


 言って、楓花はてててと教卓の方へ早足で行く。

 俺たちはその様子を眺めることにした。大勢で行っても圧をかけるだけだし、まして俺が行こうものなら前向きな絢瀬の気持ちが変わりかねない。


「どうした?」


 ふと、教卓の方とは別のところを見ている奈緒が気になった。

 彼女の視線を追うと、別グループの男子生徒数人がいた。というか影山北斗とその取り巻きがいた。


「んー? いや、別に」


「ああいう男がタイプだっけ?」


「そう思う?」


 おかしそうに奈緒が言う。


「いや、思ってなかったからそうだったら驚くなって」


「残念ながらハズレ。朝に鏡の前で三十分髪の毛をいじってそうな男はちょっとね。いくらイケメンでもなしだ」


「なんとなく言いたいことは分かる」


「あれと付き合うくらいなら間宮を選ぶよ」


「じゃあ付き合っちゃう?」


「悪くないけど、どうせなら絶景の夜景スポットで、振り返ると恥ずかしくなるようなポエミーなセリフでやり直してちょーだい」


「意外とロマンチストだよな」


「意外とはよけいじゃい」


 バスケに情熱を注ぐ熱血少女も頭の中では白馬に乗った王子様に憧れていたりするのだから、人間簡単にはその人のことを理解できないものだ。一緒にいる時間は長いが、俺はきっとみんなの全てを知っているわけではないのだろう。


「それで?」


「なに?」


「見惚れてたわけでもないんなら、なんで影山の方を見てたんだ?」


「気になる?」


「別にそこまでじゃないけど。教えてくれるなら聞く」


「なんかね」


 言いながら、もう一度奈緒は影山の方を見た。

 影山は取り巻きと喋っているようだが、時折ちらちらと教卓の方に視線を向けている。そっちの方が気になって話には集中できていないようだ。


「じいっと、ってわけじゃないんだけど楓花と美園の方を見てたから。どうしたんだろって思ってさ」


「それはいわゆる情熱的な視線ってやつ?」


「かもね。ま、二人とも可愛いし?」


「奈緒も負けてないと思うぞ」


 からかうように言ってみる。


「……」


 あらら、リアクションがないなあと彼女の顔を見てみると頬を朱色に染めて複雑そうな顔をしていた。


「なしたん?」


「リアクションに困ること言うなばか」


 ああ、照れてるのか。

 そういうリアクション取られると言ったこっちもちょっと恥ずかしくなるじゃないか。まあ、そこが可愛くて面白かったりするわけだが。


 事実、奈緒の容姿は他の女子に比べると間違いなく高い方だ。中身が大雑把でノリが体育会系だったりして女子としてのイメージは低いように思えるが、気さくな性格もあって意外と男子からの人気はある。


 しかしそれを本人に伝えても信じる気配はない。


 それこそイケメンに囲まれて顔を赤くするような少女漫画の主人公というよりは、汗水垂らしながら強敵に立ち向かう少年漫画の主人公のようなタイプなので、恋愛どうこうってのが柄じゃないんだと思っているんだろう。だからそういう系の話はあまり得意じゃないって感じかな。


「俺は本音を言っただけなんだけどな」


「やめろばかッ」


 限界を迎えたのか、顔を真っ赤にしたまま奈緒がきれいな回し蹴りを俺のケツに

ヒットさせた。想像以上の威力に俺は思わずその場に膝をつく。


「いッてぇ」


「あんたが悪い」


 ぷりぷりと怒りながら奈緒が吐き捨てる。

 これ以上は身の危険を感じるのでそろそろやめておこう。


「おまたせ」


 俺がお尻をさすっていると絢瀬を連れて楓花が戻ってきた。

 どうやら絢瀬の勧誘には成功したらしい。まあ、あの様子を見るに絢瀬からしてもここに入る以外の選択肢はなさそうだったけど。


 よくよく考えてみると、楓花と奈緒と話しているところは見るけど、他の女子と話しているところはあまり見ないような気がする。誰かといるところを思い出そうとすると、どうしても下僕共に囲まれた困り顔の絢瀬が浮かぶ。


「よ、よろしくおねがいします」


 ぺこり、と遠慮ぎみに頭を下げて絢瀬がやってくる。


「よろしく。楽しいイベントにしよう」


 瞬がいつもの爽やか笑顔を浮かべながら言う。


「可愛い女子が増えるのは大賛成だぜ」


 鉄平が相変わらずのバカさ加減で言う。


「仲間が増えるのはいいことだよねー」


 奈緒が誰にも負けないくらいの能天気を発揮する。


「面倒なグループに入ったって後悔しないといいわね」


 栞が含んだような笑いを見せながら言った。


 だから俺も。


「よろしく」


 と、一言だけ。

 ここでなにかを言ったところでどうせ返事はない。返ってくるのは鋭い目つきだけだろう。


 しかしみんながコメントしているのになにも言わないのは感じが悪い。だから、たった一言、最低限の挨拶をする。


「……」


 絢瀬が俺を見る。

 思っていたよりその目は鋭くない。

 どころか、困惑というか、困っているようにも見える。


「よ、よろしくおねがいします」


 そして、そんなことを言ってきた。


「……」


 俺は言葉を失った。

 まさかそんなリアクションが返ってくるとは思っていなかったから。


 きっと、おばけでも見たような顔をしていたんだと思う。ぼうっと絢瀬の方を見ていると、彼女は居心地悪そうに口を開く。


「な、なんですか?」


 言われて、俺ははっと我に返る。

 そして咄嗟に言葉を吐いた。


「あ、いや、予想とは違ったから」


「どんな予想を?」


「無視。か、罵詈雑言」


「やっぱりあなたはきらいです」


 絢瀬はふいっと顔を背けてしまう。


「今のは謙也くんが悪いよ」


「確かに。悪かったよ」


「……」



 しっかり無視された。

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