第二章 嗚呼、素晴らしき青春の日々
第10話
鳴木高校は新年度が始まると親睦の意味を込めたオリエンテーションが行われる。
学年は関係なく行われるがその内容は異なる。一年生は学校の施設紹介なんかも兼ねて校内で行われる。昼食は学食のメニューを好きに頼め、午後に行われた大縄跳び大会はおおいに盛り上がった記憶がある。
三年生は受験や就職と進路の問題と向き合う中での数少ない楽しい行事ということでわりと自由が効くらしい。校外に出て何をするかはそのとき次第で変わるんだとか。噂によると内容次第では提案が通ったりすると聞いた。
そして二年生は校外にてバーベキューを開催するのが毎年の恒例らしい。肉焼いておけば自然と盛り上がって仲良くなるのは陽キャだけで、陰キャはその輪に入れずに孤独感をひしひしと感じるだけなのだが、どうしてかバーベキューが恒例となっている。
「えー、それではオリエンテーションの係を決めようと思うのですが」
教卓に立った委員長がそう言った。
前髪をピンで留めておでこをだしたメガネのいかにも委員長っぽい風貌の委員長。委員長になるべくしてなった委員長はざわざわとしているクラスメイトの注目をパンパンと集める。
「聞いて。静かにして。ていうか静かにしろ!」
その口ぶりは慣れたもので、きっと去年も委員長をしていたに違いない。理由も今年と同じで「なんか、委員長っぽいよな」みたいな感じで謎に推薦されたのだろう。知らんけど。
委員長に言われて教室内のざわざわはぴたりと止まる。
「係を決めたらあとはその人たちに仕切りを任せるわ。男女二人を選出することになってるからやりたい人は手を挙げて」
が。
こういうときの恒例であるしーんが発動する。
まあ、面倒事はあってもいいことなんか一つもないだろうからな。自らやりたいと懇願する生徒はいないだろう。
「委員長がやればいいんじゃないの?」
そう言ったのは鉄平だ。
こういうときに率先してコメントをするのはカースト上位組の役割だ。あるいは、コメントができるからカースト上位と認められるのかもしれないが。まあ、鉄平はそんなこと微塵も考えてないだろうけど。
「冗談じゃないわ。ただでさえ面倒事を押し付けられてるんだもの。これくらい他の誰かに押し付けるわ」
面倒事をさせられている、という自覚はあるらしい。それでも引き受けたところ、彼女は良い人に違いないな。
「あんたやりなさいよ、浅村」
「ええ、いや俺は無理だよ」
「そうね。鉄平みたいなあほには荷が重いわ」
「そこまで言うことなくない!?」
栞の言葉を聞き逃さずに反応した鉄平だが、発言自体を否定しないところ自分には無理だというのは自覚しているようだ。鉄平は責任者というよりは現場リーダーの方がお似合いだ。指揮を取るよりは部下を連れて走り回るイメージ。
「そんなこと言う栞がやればいいだろ? お前はアホじゃないんだし」
えらくアホを強調した言い方をする鉄平に対し、栞はふっと小さく笑う。
「いやよ」
「なんで?」
「面倒だもの」
「もうちょい建前的な言い訳なかったのか?」
栞のあまりにも本音過ぎる発言に俺は思わずツッコむ。
「ないわ。こういうときはぴしっと断らないと面倒事に繋がりかねないもの。けど、やらない代わりといってはなんだけど、推薦したい人がいるの」
「誰?」
委員長が訊くと、栞は推薦する相手の方を見る。
「絢瀬さん」
「ええっ、いや、でも、なんで」
分かりやすくうろたえた絢瀬がそんなことを言う。
面倒くさいからやりたくないと言ったヤツから指名されてやろうと思うヤツはいないと思うのだが。名指しされた絢瀬も明らかに嫌そうだし。
「クラスに馴染むいい機会だと思っただけよ。もちろん拒否権だってあるわ。でも、こういうイベントには積極的に関わっていった方がいろんな人と打ち解けるんじゃないかしら」
ふふふ、といたずらに笑う栞に絢瀬はなにも言い返せないでいた。
上手い言い方だとは思う。あくまでもあなたの為になると思っているんだけど、というニュアンスで言われると強く否定もしづらい。
「……」
絢瀬は不安げな表情のまま教室内を見渡す。
嫌そうな顔をしているわけではないところ、気持ち的に前向きなのかもしれない。どちらかというと自分にできるだろうかという不安がある感じに見える。
そんな彼女の心境を察したのか口を開いたのは楓花だ。
「大丈夫だよ。一人じゃないんだし!」
「そーそー。面倒事は男子に押し付けちゃえばいいよ」
それに乗っかったのは奈緒だ。
無責任な発言ではあるが、背中を押すには十分だったようだ。
「そういう、ことなら」
おずおずと受け入れる絢瀬。
それを聞いて、委員長が黒板に名前を書く。別にそこまでする必要はないと思うけれど。
そうなると問題なのは男子の方だ。
さっきまで一人だって手を挙げなかったわけで、ここで手を挙げると絢瀬目的という下心が見え透いてしまう。絢瀬は容姿が整っており男子からの人気は高い。そんな彼女を標的としていますとここで宣言するような行為をするには相当な自信が必要ではないだろうか。
一番きれいな道筋としてはさっきの栞のような推薦による決定だ。であれば、推薦されたから仕方なく、というスタンスを保てる。しかし、そんなやり取りは事前に決めておかないと中々できるものではない。
もし本当に相手が嫌がっていた場合、その友情にひびが入る恐れさえあるのだから。
「あ、わたし推薦いいですか?」
僅かな沈黙が続く教室内で口を開いたのは楓花だ。
推薦人からおおよそその人物を予想することはできる。そいつが普段仲良くしているヤツだろうから。
楓花が普段仲良くしているしているのは俺たちだ。
そして鉄平の線はさっき消えている。となれば残された選択肢は俺か瞬。普通に考えれば瞬で決まりだ。あいつは人望も熱いしクラスをまとめるカリスマ性だってある。クラス委員は部活があるという理由で断っていたがこれくらいならばできないことはないはずだ。
俺と絢瀬の状態だって知っているのでさすがにここで俺はない。
ない、はずなんだけど。
楓花だからなあ。
あの子、どうしてか時折空気読まないからなあ。
読めるのに読まないのだからたちが悪い。
「謙也くんがいいと思います」
「ちょっと待て!」
「ちょっと待ってください!」
俺と絢瀬の発言はほぼ同時だった。
「あら、息ピッタリ」
「ピッタリじゃない!」
「ピッタリじゃないです!」
またハモった。
絢瀬が恨めしそうにこちらを睨んでくる。そんな顔されてもお互い様じゃないか。
こんな状態で二人で協力して仕事をするなんてできるはずがない。
いや、たしかにきっかけは探していたけどさ、けどそれはこれではなくない?
「いや、ちょっと待ってくれ。こういうのは俺より瞬の方がいいと思うんだが」
俺は慌てて瞬の方を指差す。
瞬は相変わらず完璧な爽やかスマイルを浮かべながら言う。
「いや、俺は謙也が適任だと思うよ。俺なんかよりもずっと上手くやれると思う」
「他人事だと思って!」
「他人事だとは思ってないよ。親友のためを思っての発言さ」
「親友を思うならそうじゃないと思うんだが?」
「そんなことないよ。ねえ、楓花?」
「そーそー」
あいつら、事前打ち合わせでもしていたのか?
そうでなければこんな華麗なコンビネーションを見せれないだろ。あれ、ちょっと待って、そういうことなら栞の推薦もシナリオの一部ということになるが。いや十分にありえるな。そうなると最初の鉄平のくだりも……あれは違うか。
「面倒だし、間宮でいいでしょ」
言いながら、委員長が絢瀬の横に俺の名前をでかでかと書いていく。
「間宮の下の名前って漢字どう書くんだっけ?」
「少なくとも犬ではないと思うんですけど」
委員長は黒板に『間宮犬也』と書いてしまう。
「あ、違った?」
楽しそうに笑いながら委員長が言う。
「確信犯じゃん」
しかし消すことはなく、そのまま「それじゃ、あとはよろしく」と委員長は自分の席へと戻っていく。瞬や楓花に言われ、俺はしぶしぶ教卓のところへと行く。
絢瀬が至極嫌そうな顔をしていた。
「納得できません」
ぼそっと、隣にいる俺にだけ聞こえる声で絢瀬が言う。
「奇遇だな。俺も同意見だ」
なので、そう言い返しておいた。
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