第一章 いつもの仲間と、新しい仲間

第1話



 ひらひらと桜が舞う通学路を歩く新入生がいた。


 これから始まる新生活に対して期待や不安が入り混じった複雑な表情をしている。けれども、そのすぐ後ろを歩く生徒はさもわくわくしたように。その隣を歩く生徒は不安いっぱいのどんよりした顔で。緊張でがちがちになって漫画のような手と足が同時に出ている生徒もいる。


 その気持ちは痛いほど分かるぞ。


 俺だって去年はそんな感じだったから。

 わくわくしている子よりもわくわくした顔で。

 どんよりした子よりももっと顔を曇らせて。

 がちがちになっている子にも負けないくらい固くなっていた。


「ん?」


 そんな新入生の初々しさにかつての自分を重ねていると視界に入ってきた景色に俺は声を漏らす。そして、気づけば足を止めていた。


「きみ可愛いね、名前なんていうの?」


「連絡先教えてよ。今日の放課後にデートしよ」


「あの、ええっと」


 うちの制服を着た男子生徒二人が、これまたうちの制服を着た女子生徒に声をかけている。いわゆるナンパというやつだ。女子生徒は困ったように言葉を詰まらせている。


 何となく新入生というのは纏っている雰囲気で分かるものだ。理由を言葉にするのは難しいのだけれど、本当に何となく分かるのだ。だからさっきから通学路を歩く生徒の中の新入生を見分けることができていた。


「いいじゃん。ね?」


「絶対楽しいって!」


 男子生徒二人は女子生徒の様子など気にすることなくグイグイと押し続ける。女の子は結局肉食系が好きなのだということを心の底から信じているのか、それともただのアホなのか、あるいは何も考えていないバカなのか。


 その女子生徒が明らかに嫌がっていることが見えていないようだ。


「……仕方ないな」


 やれやれ、と溜息をつきながら俺は歩き出す。

 知らない顔ならば見て見ぬふりもできただろうけれど、さすがに困っている女子生徒が見知った顔となれば無視するわけにはいかない。というか、そんなことしたら後が怖い。ぶっちゃけ、さっき目が合ったので助けに入る以外の選択肢が俺にはない。


「あの」


 後ろから声をかけると男子生徒二人はこちらを振り返る。

 新入生のような初々しさはなく、どこか堂々とした威厳ある雰囲気。この人ら、さては上級生だな?


「なんだテメェ」


「男に用はねェぞ」


 なんでこういう輩ってのは血の気が多いんだろうか。こっちはまだ何も言ってないのにもう喧嘩を売られた気でいるらしい。上級生相手に喧嘩売るようなバカなことするはずないだろ。勝てもしないのに。


 さて、どうしたものかと考える。


「いや、お二人みたいなイケてる男性はもっと希望に満ち溢れた女子生徒に夢を与えるべきじゃないですかね? そんな明らかに彼氏いそうなビッチよりもまだ見ぬ高校生活に夢見ている女の子の方が絶対お似合いですよ! ていうか、そっちの方がいい!」


 と、適当に言ってみる。

 あんだこらァ、とこっちを睨みつけていた先輩二人だが、俺の発言が予想外のものだったのか、ぽかんとした顔をする。そして、にいっと分かりやすくご機嫌な笑みを浮かべた。


「仕方ねえな」


「夢与えたるか」


 言って、その男子生徒二人は上機嫌のまま行ってしまった。第一印象では分からなかったけど、多分良い人だなあの人ら。悪い人はあんなきれいな笑顔を浮かべない。


「……」


 さて、と。

 ところでさっきからこちらを恨めしそうに睨んでいるこの女子生徒どうしましょうかね。助けたんだからお礼の一つでも言ってくれればいいのだけど、今にも飛びかかってきそうですらある。


「朝からナンパされるなんて人気者だな」


「そんなことないよ。どうやらわたしは明らかに彼氏いそうなビッチみたいだから。男の子はビッチな女の子嫌いなんでしょ?」


 ふいっとそっぽを向いてしまうその女子生徒の名前は神田楓花。


 ブラウンのロングヘアーをハーフアップで纏めた女の子。身長は俺よりもやや低いが女子にしては高い方だろう。胸はある、が大きくはない。貧乳ではないが巨乳とも言えないいわゆる微乳……ではなく美乳。全体的に体のラインはスラッとしており、言ってしまえばモデル体型。しかし本人は胸の大きさを気にしている。


「冗談に決まってるだろ。あの二人を追っ払うための嘘だよ」


「あんなの、普段から思っていないと出てこないと思います」


 敬語が抜けない。どうやらご機嫌ななめらしい。


「そんなことより制服が今日も決まってるな?」


 カッターシャツのボタンは上までしっかりと留めてあり、首元には二年生の証である赤色のリボン。上から紺色を基調としたブレザーを羽織っている。緑のチェックスカートと黒のハイソックスが作り出す絶対領域は一時間眺めていても飽きそうにない魅力を放っていた。


「話のそらし方適当すぎない?」


「思ったことを口にしただけだぞ」


「視線がやらしいし」


「目は口ほどに物を言うという言葉があってだな」


「やらしいことは認めるんだ!?」


 楓花の機嫌が直ったところで俺は歩き出す。すると彼女はてててと小走りで追いつき隣に並ぶ。時間に余裕はあるがいつまでもこんなところで立ち話してると遅刻してしまう。


 新学期早々にこうして可愛い女の子と並んで仲良く登校できるなんて夢みたいだ。


 それは本当に思っていることで嘘でも冗談でもない。

 だって、去年のこの時期の俺からすれば憧れていたシチュエーションであり、夢見ていた日々そのものなのだから。


「どうかした?」


 いつの間にか遠いところを見ていたらしい俺の顔を覗き込みながら楓花が首をかしげる。それに気づいた俺はふるふると首を横に振った。


「いや、別に。ちょっと去年を懐かしんでいただけ」


「去年、か。わたしたちも去年はあんな感じで緊張とか不安とか、けどちょっぴりわくわくしながらこの道を歩いてたんだよね」


「そうそう。あのときは一人だった俺が、まさか今では隣に美少女を連れて登校できるまでになってるとは思わなかったよ」


「また適当なこと言う」


「本音なんだけどなあ」


 呆れたように呟く楓花だったが、ふいに少しだけさみしげな横顔を見せた。


「どうかした?」


「ううん。ただ、クラス発表がちょっと不安で」


 言いながら、楓花は足元に散った桜に視線を落とす。

 俺たちが通う鳴木高校は進級と同時にクラス替えが行われる。昨年のクラスに不満がある生徒からすれば有り難いことこの上ない制度だが、昨年のクラスに大満足の生徒からすれば存在そのものを恨んでしまうイベントだろう。


 楓花は後者らしい。

 もちろん俺もだ。


「去年とは違った緊張があるよな。一年のときが楽しかったから尚のことさ」


「うん。今年も同じクラスになれるといいね」


「そうだな。他のみんなも」


 不安と。

 期待と。

 緊張と。


 去年と変わらず、バクバクと心臓を鳴らしながら俺たちは校門を通り抜けた。

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