反撃と魔女の要件 2
「で、またメイド服ですか。実は気に入ってるんですか? それともコスプレが趣味なんですか?」
「違いますよぅ。変装です、変装」
もしかしたら、駅から現れた姿を見られているかもしれない。旅行客が旅先で工房に寄ることが無いとは言わないが、若干の不自然さは拭えない。
そういうわけで、メリアは数週間振り二度目のメイド姿になっていた。市庁舎はバーンウッド伯の私邸を兼ねているので、メイド服には事欠かない。
「まあ、ほどほどに頑張ってください」
ステラが石を二つ差し出した。一つは時間停止魔法が入った金剛石。もう一つは、一緒に作成した結界魔法が入った準貴石だ。
「ヤバいと思ったら、とっとと逃げてくださいね」
「……。」
「なんですか」
「いえ、案外やさしいなあって」
「案外とはなんですか案外とは」
ふい、とステラが視線を逸らした。白皙の頬に、わずかに紅が差している。
でも、不安なのは本当だ。もし相手が刃物で武装していたら? 何かの手違いで、魔法石を仕込む前に爆弾が暴発したら?
「あっ。ご、ごめんなさい」
ステラから受け取った魔法石が、震える指先に弾かれて転がった。
「メリア、あなた……」
「あ、あはは。大丈夫です、すぐ拾いますね」
身を屈めたとき、メリアの通信用魔法石が振動した。
『メリア、聞こえる?』
「シーン! もしかして、何かわかったの?」
『ガストンさんから話を聞けた。鍛治職人の一部が【黒曜会】から勧誘されていて、その相談を受けていたみたい』
「あのパンフレット、そういうことだったんだ……」
『勧誘の方法は様々。酒場で声を掛けられたり、客としてやってきたり。ただ、ひとつだけ共通してる点がある』
「共通点?」
『全員、同じ女性から勧誘を受けてる』
曰く、それは妙齢の、蜂蜜色の髪を靡かせた美しい女であるという。
テロリストの勧誘員? そんな、営業担当みたいな役目の人がいるのだろうか。
『……どう? 役に立った?』
「うん、ありがとう。シーン」
『ん。頑張れ。よくわからないけど、メリアなら大丈夫』
単純なことに、そんなひと言で気持ちが軽くなった。メリアは床に落ちた石を拾い、ぎゅっと握り込む。
「いってきます、ステラ先輩」
「気をつけて」
工房の近くまでは乗合馬車で移動して、そこから徒歩で工房へ向かう。
アドラステアのように、魔法石の工房が直販店を抱えていることは珍しくない。
外観から伺える店の様子に、おかしな点はなかった。
奥側の窓の手前にいる男。衛兵の言葉を思い出しながら、扉を引く。
朝の時間帯だからか、客足はまばらだ。メリアは日常生活用の魔法石を眺めるフリをしながら、奥側の窓を伺う。
帽子を目深に被った男が、じっとケースに収められた魔法石を見下ろしていた。ツバに隠れて、顔は見えない。
足元には、布張りのスーツケースが置かれている。あれが爆弾か。
指先で金剛石に触れる。ステラ曰く、停止する時間は約三〇秒。
その時間で相手に近づき、スーツケースを開けて石を放り込み、元に戻す。
ギリギリだ。緊張で手元が狂う可能性も大いにある。なるべく近くで【稼働】したほうがいい。
メリアはもう一歩、男へと近づいた。
男がさりげなく身体の向きを変えた。視線を感じて、メリアの全身に緊張が走る。
けれど──
(……あれ?)
一瞬、男が動揺したように見えた。警戒された? いや。そういう感じとは違うような……。
ひりつくような緊張感に、ダスティ邸へ忍び込んだことを思い出した。
まったく、妙な部門へ配属されてしまったものだ。忍び込んだり変装したり、脱獄したりテロリスト退治に協力したり。
まあ、でも。不思議とそこまで悪い気分じゃない。
メリアは深く息を吐いて、吸った。心の中で唱える。
──【
魔力が術式を走る。その瞬間、メリアは術式そのものを知覚した。極めて主観的な感覚だが、あえて例えるなら「触れた」という表現が近しい。もちろん術式は文字情報だし、魔力は触れ得るものではないのだけど。
時間停止の魔法石。
奇跡の中の奇跡。魔法の中の魔法。
その術式を起動したときにメリアの胸を満たしたのは、泣きたくなるほどの感動だった。
上古の民が築き上げた、壮麗な建築物を見上げたときのような。
飛龍の群が遥かな山々の間を遊弋する様を目撃したかのような。
一代の鬼才が、生涯と心血を注いで書き上げた小説の、その最後の一行を読み終えた瞬間のような。
──こんな魔法があるのか。
魔法は、ここまで美しく至るのか。
しかし、心を震わせたのはほんの一瞬のことだ。メリアは唇を噛んで、自身の役目を思い出した。
素早く視線を左右に走らせる。
一切の音がない静寂。半端に手を挙げたままの店員。窓に映ったままの渡り鳥。瞬きさえしない帽子の男。
疑いようもなく、時間は静止していた。
(急ごう)
ステラは帽子の男へ近づき、彼の足元にあるスーツケースを開けた。油紙で包まれていてよくわからないが、これが爆薬なのだろう。
魔法石を放り込んで、スーツケースを閉じる。
元の位置に戻し、メリア自身も先程の立ち位置へ戻った瞬間、耳に喧騒が帰ってきた。
帽子の男の様子に変化はない。
よかった、上手くいった。メリアが静かに胸を撫で下ろした、その瞬間だった。
「兄さん!」
幼さの残る声に、帽子の男が顔を上げた。隠れていた目元が露わになる。
(──え)
男に少女が近づいていく。ハンチング帽とくすんだ金髪。煤に汚れたシャツとカーゴパンツ。
「クラウ。来るなと言っただろう」
「でも兄さん、やっぱりさ──」
帽子の男が──ナッシュが、顔を顰めた。
動揺したメリアの指が棚の石に触れる。かちゃん、という音に少女が──クラウが振り向いた。視線が交錯し、少年のような少女が目を見開く。
「メリア、どうしたの? ホテルのお使い?」
理解が追いつかない。どうして。何故。ここにクラウが、ナッシュがいるんだ。
メリアの混乱を他所に、クラウはメリアの側へ近づいてきた。
「メイドの制服、似合ってるね。でもボク、言ったよね。工房に近づいちゃ駄目だよって」
クラウがメリアの耳元へ唇を寄せる。
「明け方、魔法石の倉庫で爆発事故があったんだって。そういうことが、また起きるかもしれないから」
「待って、クラウ、何言ってるの……?」
嘘だ。ここにナッシュがいて、クラウが登場したことの意味を、メリアはもう正確に理解していた。
キャスケット帽を被り直して、目元を隠したクラウが呟く。
「ごめん、言えない。とにかく工房には近づかないで。じゃあね、メリア」
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