恋と竜退治の要件 8
「あ。あー……そうですね。忘れてました」
「え? そんなのアドラステアの在庫を使えば、」
シャルロッテが首を振った。
「それは許可できないわ」
「な、なんでですか?」
「足がつくからですよ」
ステラが補足する。
「市場に出回ってる石は、流通前に通し番号が魔法で刻まれています。魔法石が犯罪に扱われたときに、その出元を追跡調査するための措置ですが──これがよくない」
通番の刻印は、一定水準以上の石に施される措置だ。工房は石と番号を紐づけて管理し、誰にどの番号の石を販売したかを役所へ届け出る義務を負う。
「その措置は研修で習いましたけど、それが何か……?」
「勅令の討伐には、必ず監視役の役人が同行します。連中、オーダーメイドの魔法が使われるのを見たら、間違いなく第二王子に報告しますよ。そうしたら、石の刻印番号が照会されます。つまり、ウチの在庫の石だとバレる」
ステラはものすごくイヤそうな顔で続けた。
「第二王子、性格最悪だって評判ですからね。工房に難癖つけてくるでしょう。間違いなく」
「そういうこと。同じ理由で、マリアンヌさんに家から宝石持ってきてもらうのも駄目ね。そこから辿って、結局ここに辿り着くから」
「そんな……」
工房に迷惑をかけるわけにはいかない。それはわかる。イリーナや同期もいるのだ。
でも。だからと言って、諦めきれない。せっかく光が見えたのに。
「なーに黄昏れてんですか。要は足のつかない石があればいいんです。あと四時間以内に。さて──」
ステラが近づいてきて、メリアの肩に手を置いた。耳元に唇を寄せて、ささやく。
「新人さん。あなた、覚悟はいいですか?」
†
二時間後。
メイド服を着たメリアは、ダスティ何某の屋敷の裏口前にいた。
右手には、解錠用の魔法石(アドラステア既製品。要所持許可証)がある。
「……はーっ……はーっ……」
十五年間、清く正しく生きてきた。
田舎を飛び出て王都に来てからも、飛び抜けた優等生でこそなかったが、真面目に頑張ってきた自負がある。
ドアに掛けた手が震える。
許可証無しの特定指定魔法使用。しかも石は倉庫内在庫を無断で持ち出したもの。
もしバレたら、懲戒免職は免れない。
「──天国のパパとママ……ごめん!」
メリアはぎゅっと両目を閉じて、解錠魔法を起動した。かちゃん。南京錠が外れて落ちる。
そっと屋敷へ足を踏み入れた。不法住居侵入。もちろんこれも犯罪だ。
(ぜ、前科が増えていく……)
足音を殺して、奥へと進む。目指すは、二階にあるダスティの私室だ。
†
遡ること二時間前。
メリアはぽかんと口を開けていた。
「あの──今、石を盗んでこいって言いました?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。ちょっと無断で拝借して、術式を書き変えてお返しするだけです」
「言い方変えただけですよね⁉︎」
ステラがこれみよがしに舌打ちした。
「あのですね。今説明したとおり、足のつかない石が必要なんです。一番いいのは、もちろんダスティ氏自身の石を使うことです。もし調べられても、彼が私物を使っただけになる。アドラステア工房のアの字も出てきません。追求のしようがない。もちろんダスティ氏と口裏合わせる必要はありますが、それはマリアンヌ嬢に手紙でも書いてもらえばいい」
「なら直接ダスティさんに頼みましょうよ!」
「壮行会で深夜まで不在だっつってんでしょうが。終わるの待ってたら夜明けに間に合いません。馬に乗られたらアウトです」
「わかりますけどぉ⁉︎ でも犯罪ですよね⁉︎ 住居侵入と窃盗の現行犯ですよね! 衛兵に見つかったらどうするんですか⁉︎」
「そのときは差入れくらい持っていってあげますよ」
「イヤです、わたし前科はイヤです! 汚れたくない! まだ綺麗な身体でいたいですーっ!」
ステラがため息をついて、後輩の胸ぐらを掴んだ。
「メリア」
「ひっ」
「あんたしかいないんですよ。私は要件と構築式の精査とブラッシュアップがある。シャルは片足が不自由。まさか依頼人に片棒担がせるつもりですか?」
「それは……」
「この橋、誰が渡りたいって言い出したんですか。あんたもう学生じゃないんですよ。やりたいことがあるなら、現実のなかで足掻くと決めたなら、せめて腹くくるぐらいしてみせろっつってんですよ!」
「〜〜っ、勝手なことばっかり言って……!」
半ばヤケになりながら、ぐずぐずの顔でメリアは叫んだ。
「やります! 泥棒でもなんでもわたしやりますから、絶対絶対、完璧な要件作って待っててくださいよ!」
「誰にモノ言ってんですか」
ステラが手を離す。銀髪の魔石技師は、臙脂色のローブを整え、不遜に笑った。
「ステラ・ディーヴァの要件定義は、いつだって完璧ですとも」
†
「もしいっこでも考慮漏れがあったら、めちゃくちゃ嫌味っぽく指摘してやる……先輩だって知るもんか……」
もごもご口の中で呟きながら、屋敷の中を歩く。自分以外の足音に耳を澄ませながら。
一応メイド服を着ているとはいえ、家人に見つかれば一発でバレてしまうだろう。
幸い、今は夕食の時間帯だ。家族も使用人も食堂に集まっているはず。そこにさえ近づかなければ……。
(あった。二階への階段)
そろりそろり、絨毯の敷かれた床を選んで歩く。あと少し──
「おい」
背後からの声。メリアの心拍が跳ね上がる。振り向くことはできない。声だけならともかく、顔を見られたらそこで人生終了だ。
「はぃ」
「二階に上がるなら、旦那様の酒瓶を片付けておいてくれ」
「わかり、ました」
足跡が遠ざかる。深く胸を撫で下ろして、メリアは二階へたどり着いた。
マリアンヌから聞いた、ダスティの部屋へ向かう。階段を登って、一番奥の左側の扉。
開ける。
貴族の私室とは思えないほど、簡素な部屋だった。机と寝台。いくつかの書籍と、無造作に立てかけられた刀剣の類。
貴族であれば、どこかに上級の魔法石をストックしているはずだ。
机の引き出しを開けると──予想通り。
整然とケースに収まった貴石の標本。コランダムもある。指で触れて、刻まれた術式を確かめた。日常生活用の魔法石だ。これなら上書きしても問題ないだろう。
ケースを掴む手が、一瞬止まる。
指定魔法の不正使用に不法侵入。ここに窃盗まで加われば、いよいよ本当に言い訳が効かない。
「なんなのあの先輩……怖いし……犯罪教唆罪だし……」
口の中で愚痴る。
正直にいえば、いやだ。やりたくない。もっと穏便で、上手なやり方があるような気がする。
でも。
──幼馴染なの。
──お願い、助けて。ダスティが死んじゃう。
本当はわかっている。いつだって、遥かな理想とままならない現実の間で、どうにか妥協できる落とし所を探っていくしかないのだ。
あれもイヤだこれもイヤだと、文句を言うだけの子供ではいたくない。
この橋を渡ると決めたのは、わたしだ。
メリアドール・ウィスタリアが決めた。
コランダムひとつと貴石を三つ。見積もりどおりの石を強く握りしめ、メリアは部屋を後にした。
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