恋と竜退治の要件 2
こういってはなんだが、昨今の十代にしては珍しく、メリアドール・ウィスタリアは仕事に夢を見ているほうだ。
十一歳の秋にグラスランド北部の片田舎から王都グランベルへ上京し、王立女学院魔法科に入学して早四年。その間ずっと、魔石技師に憧れてきた。
念願叶ったのが、今から数ヶ月前のこと。
在学中に専門資格を取得したメリアは、王都有数の名門工房、アドラステア魔石工房から採用内定通知を受け取った。例年であれば魔法科採用の求人倍率は脅威の五十倍。合格したのはメリアの他に、学院を主席卒業した同期が一人だけ。
さして優等生でもないのにまさかの採用。となれば鼻も高くなる。その日は、件の同期と二人で朝までパーティだった。
その後つつがなく学院を卒業し、工房の一員となって──今日でちょうど、一ヶ月。
各部門を体験する研修期間が終わり、正式な所属部署が内示される日だ。
思い返せば、この一ヶ月はとても楽しかった。
既製品の魔法石を販売する店頭部門に、貴族様への直販を担当する営業部門。市場分析を受け持つ企画部門に、新たな魔法石の研究開発を行う研究部門。
どの部門で働く先輩たちもキラキラ輝いていて、ここアドラステアが紛れもなく王都一の工房であることを実感する日々だった。
そして。
ついにメリアも、正式にその一員となる日がやってきたのだ。
希望配属先はもちろん研究。魔法の深奥を極める、知の殿堂だ。
「メリアちゃんは、明日から特注部門ね」
「へっ?」
「ごめんねー、希望どおり研究の予定だったんだけど、ちょっと色々ゴタついちゃってさー。まあ特注も楽しいと思うよ。人足りてないけど」
とくちゅう──特注? 研究じゃなくて?
いやそもそも、そんな部門、アドラステアにあっただろうか。
「あの、特注部門って……?」
「あ、知らない? そっかそっか、研修過程に入ってないもんね。そりゃ知らないか」
メリアの研修を担当した魔石技師、セージ・マルグレーテが、何らかの不都合を誤魔化すように「あっは」と笑った。
「最初の工房紹介でも説明がなかったような」
「そうだっけ? プログラムの見直しがいるなー」
今度は「うわははー」と笑い、ペンの背で頬を掻く。
何かの冗談──ではないだろう。軽そうに見えて、彼女はデキる人だ。その証拠に二十代前半で企画部水属性課の主任職を任されている。もっとも魔法石そのものが新しい技術である故に、どこの工房も職員の平均年齢は低いのだが。
「ほら。うちの工房の主力商品は既製の魔法石でしょ? でも、実はこっそり魔法石のオーダーメイドも受付してるんだな」
「それって、ワンオフのオリジナル魔法を石に込めて売ってるってことですか?」
「そ。当然、値段はそれなりにするけどね」
例えば「ランタン用の発光魔法」や「竈の火入れ用の発火魔法」といった需要の多い魔法は、あらかじめ大量に生産しておいたほうがいい。注文を受けてから石に術式を込めるより、先に作って店頭に並べておくほうが効率的だし、よく売れる。
一方で、そういう汎用的な魔法では満足できないお客様に向けた商売も存在する。
オーダーメイドがそれだ。
顧客がどんな魔法が必要としているのかを個別にヒアリングし、適切な種類、威力、持続力の魔法を石に込めて納品する。
就職活動で色々な工房を巡り歩いたとき、そういう仕事があることは聞いていた。
しかし、面倒ごとが多く揉め事に発展しやすいオーダーメイドは、どちらかというと中小工房や個人工房が請け負う仕事だ。
アドラステアのような大工房が、そんな採算の取れない部門を抱えていたとは……。
メリアはおそるおそる尋ねた。
「あの。特注部って、何人くらいの部署なんでしょう」
「今は二人。メリアちゃん入れて三人」
「三人⁉︎」
それはいわゆる、零細部門というやつじゃないのか。企画部なんて、火水土風光闇の六課合わせて四十名近い魔石技師が在籍しているのに。
ド新人コミで三人て。
「ち、ちなみに。おいくつぐらいの方たちなんですか……?」
「そこは安心していいよ。どっちも若いから。部門長が二十七歳で、君の教育担当が十八歳。どっちも君と同じ女子」
「部門長若っ! えっ、若い……ですよね?」
「だね。うちは優秀な人はすぐ出世するけど、いうて他の部門長は軒並み三十オーバーだから。そういうわけで、二人ともすっごく優秀だから安心してね。人格はともかく」
さらりと不穏なことを言われた。職場で起きる問題の八割は人間関係だと、職場訪問でOBが言っていたのだが……。
こちらの不安を察したのか、セージが慌てて付け加えた。
「大丈夫、大丈夫。ほんとに心配いらないって。二人とも仕事は出来るし、特に──」
ピンと人差し指を立てる。
「あそこのステラ・ディーヴァは、弊工房の切り札だからね」
「はあ」
なにそれ。
とにかくこうして、メリアはアドラステア魔石工房の僻地、特注部門に配属された。
その夜、企画部門に配属された同期がささやかな残念会を開いてくれた。
同期の優しさと蜂蜜入りホットワインが身に染みる、少し肌寒い秋の夜だった。
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