爆弾と傷痕の要件 4
ステラの背を追って、メリアは小走りに廊下を駆けていく。起き上がった彼女の歩みに、もう迷いは見て取れなかった。
それでこそ、と思う。マリアンヌのときも、鍛治ギルドのときも、彼女はこうして──鍛治ギルド?
「ああっ⁉︎」
「なにごとですか急に」
「鍛治ギルド! そうだ、鍛治ギルドです! あの正八面体のマーク!」
ずっと引っかかっていたのだ。脅迫状の隅に描かれた印が。どこかで見たような気がしていた。
間違いない。ガストンが持っていた資料に挟まっていた紙だ。そこに、あの印があった。
「すみません先輩、ちょっと通信します!」
メリアは通信用の魔法石を取り出して、親友の石をコールした。
「お願い、出て、出て……」
『──メリア。どうしたの』
「シーン! 急にごめん、ちょっと調べて欲しいことがあって──……」
手短に要件を告げると、事情も聞かずにシーンは快諾してくれた。礼を告げて回線を切る。
「お待たせしました!」
「じゃ、行きますか」
一切ためらくことなく、ステラは市長室の扉を開け放った。伯爵が腹と髭を揺らして叫んだ。
「なっ、なぜ君がここにいる⁉︎」
「気が変わりました。どうせ街中の工房から石を供出させたなんて嘘でしょう。そもそも取引場所に先方のメンバーが全員集まるとは思えません。相手を逆上させて無策のまま街を爆破されたいんですか? それとも、それがお望みなんですか?」
ステラは勝手に部屋の隅から椅子を持ち出し、執務机の正面に置いた。どっかりと腰掛けて、傲岸に足を組む。
「それが最善の妥協策には、到底思えませんね」
「きっ、君に口を挟まれる謂れはない!」
「なっ、」
先輩を生贄にしようとしていたくせに! 思わず前に出たメリアを、ステラで制した。
「爆破を防ぐ手立てならあります」
「……は⁉︎」
「石さえあれば、私は然るべき魔法を構築できます。何せ専門家なので」
「そんなもの、君以外の魔石技師にだって出来る!」
「出来ませんよ」
ステラが片頬を吊り上げた。
「私より腕の良い魔石技師なんて、この世に一人しかいません」
「き、君はなんなんだ⁉︎ ミザクラの共犯者だかなんだか知らないが、そんな言葉、誰が信じるものか! おい、衛兵たち、こいつを捕らえて──」
「それはいかなる罪状を持ってでしょう?」
市長室のドアが開いた。三人の視線が、新たな闖入者へ注がれる。
「シャ」現れた人影に、メリアは目を輝かせた。「シャルロッテさん!」
「はあい、お待たせメリアちゃん」
アドラステア特注部門長、シャルロッテ・ヒースバーンが、漆黒の手袋に包まれた右手を上げた。
「今度は誰だ⁉︎」
「そこで足を組んでいる、口と足癖の悪い魔石技師の上司ですわ」
伯爵の悲鳴じみた声に、シャルロッテは優然と笑みを浮かべた。
「シャル、来てたんですか」
椅子を傾けて、ステラが背後を振り返る。
「またえらく完璧なタイミングですね」
「狙ったわけじゃないわよ。それより伯爵、ご質問にお答えを。いかなる理由で彼女を拘束すると仰るのですか?」
「決まっているだろう! 名誉毀損だ!」
「成立しません。彼女は伯爵個人、または家名に対する侮辱行為を口頭または書面にて行なったわけではありません」
「なら、衛兵へ暴行を働いただろう! ここにいるのがその証拠だ」
「ステラ、働いたの?」
「ええ、まあ」
「あらら」
「ど、どうだ。今すぐそいつを拘束して、」
「ですが彼女を不当に拘束し、犯罪者への交渉を強制した。平民に対する公務への協力の強制。これは昨年発布された貴族法に反しますね。であれば、正当な抵抗として認められる可能性が高いです」
「私は伯爵だぞ⁉︎」
「だから?」
シャルロッテがステラの前に出た。
「国王陛下が定めし王国法より上に立つ貴族など、一人とて存在し得ません」
伯爵がぽかんと口を開けた。
シャルロッテの言は至極尤もだが、尤も過ぎて、建前と呼ばれる類のものだ。しかし彼女は、不気味なほど自信に満ちている。
「き、君はなんだ? 弁護士かなにかか?」
「ああ、申し遅れました。わたくし、アドラステア工房特注部門長兼、法務顧問の──シャルロッテと申します」
「わ、私は市長のゲオルグ・バーンウッドだ。伯爵だ」
「存じていますわ」
「この場で君たちが何を言おうと、これは決定事項だ! 司法に訴えたいなら好きにしろ! 今はこんな言い争いをしている時間は無いんだ!」
伯爵が、いつの間にか部屋に侵入していた衛兵たちに目配せをした。隊長らしき男性を中心に、兵士がステラたちを囲むように左右へ広がる。
「同意見です。ですので、てっとり早く決めてしまいましょう」
シャルロッテは執務机の前に進み出て、五つの魔法石を並べた。あれは瑪瑙だろうか。
「な、何をするつもりだ。君たちは完全に包囲されているんだぞ」
「【
「衛兵長っ!」
五つの魔法石が起動した。衛兵たちが一斉に剣を抜く。
「ま、待てっ」
けれどそれを制したのは、当の伯爵本人だった。怒りで真っ赤になっていた顔が、氷水でも被ったかのように青ざめている。
「あ、あ、ど──どうして」
『テロリストの標的にされるとは、災難だな。バーンウッド卿』
魔法石の上に、半透明の映像が現れていた。
映っているのは、いずれも男性の顔だ。そのうちの一人、中央の石から現れた白髪の男性に、伯爵の両目は釘付けになっていた。
「スティルトン閣下……」
『【黒曜会】とは初耳ですね』『どうせクラグストンが糸を引いているに決まっている』『時代遅れの老害め』『撃滅あるのみ』
「シャーウッド卿、ライナス卿、ミシディア卿、それにゴーストン卿まで……」
『うむ』
「スティルトン閣下」と呼ばれた男が、小さく咳払いをした。伯爵の肩がぴくりと震える。
なお王国において、「閣下」という敬称は、一般に公爵位以上の相手に用いられるものだ。
『バーンウッド卿。貴公は我々の同士であり、誇り高き貴族である。相違ないな?』
「もちろんでございます!」
『貴族とは平民の敬愛を受け、此れを慈しみ、また庇護するものである。相違ないな?』
「そ、それはもちろん」
『そうか。いやあ良かった。そこにいるアドラステア工房の二人は、儂の娘婿の恩人でな。魔石技師として極めて有能であるが故、存分に力を借りるとよい』
「は……?」
『シャルロッテ殿から話を聞いて、卿が貴族らしからぬ卑劣な振る舞いにで出ないか心配しておったのだが、杞憂でよかった』
貴族たちが同調する。
『いや全く』『バーンウッド卿は性急なところがある故』『ステラ殿に万一のことがあれば儂が困る』
「あの、いえ。もちろん、けしてそのような恥知らずな真似は」
『うむ。言うまでもないことだが、市民に被害が出るような不手際も許されぬぞ。我らは困難を立ち向かい、此れを解決し得るが故に、貴族である』
「ええ、はい。仰るとおりでございます……」
『よろしい。では、卿の奮闘を期待する』
通信が切れた。
伯爵が執務机に肘をつき、頭を抱える。石を無造作に鞄へ仕舞ったシャルロッテが、軽くステラの肩を叩く。
「あなたもいい加減、正面突破以外の戦い方を覚えなさい」
「例えば?」
「古来、戦術の基本は包囲殲滅よ」
自分の役目は終わったとばかりに、シャルロッテはひらひらと手を振った。衛兵たちに微笑みかけて、壁際に背中を預ける。
苦々しい声で、うめくようにバーンウッド伯爵が言った。
「……話を聞かせてくれ。ステラ殿」
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