反撃と魔女の要件 1
「まずはてっとり早く、爆弾の位置を特定しましょうか」
「できるのか?」
「運が良ければ。最初に爆発した倉庫から、出来るだけの痕跡を集めてきてください。爆弾の一部……例えば、起爆装置のパーツとかが理想的です」
伯爵の相槌を受けて、衛兵が数人部屋を飛び出した。
「まあ、設置場所は予想がつきますがね」
「え、そうなんですか?」
「相手はアンチ魔法石の過激派です。となれば狙いは工房でしょう。バーンウッド卿、市街地にある工房の数は?」
「個人経営のものを除けば五箇所だ。街の東側に二つ、西側に三つ」
「さすがに全部には仕掛けられていないと思いたいですね。で、肝心の対策ですが」
ステラが中空に魔法陣を展開した。メリアが見る限り、結界魔法のようだ。
「これは?」
「結界魔法の術式です。爆発の威力を抑えるための。この魔法石を爆弾のそばに置けば、被害は発生しません」
「待ってください」
衛兵長と呼ばれた男が声を上げた。
「おそらく相手は、何らかの方法で爆弾を監視しているはずです。結界魔法を張られたことに気づかれたら、他の爆弾を起爆される恐れがあるかと」
「仰る通り。なので、この魔法はギリギリまで起動させません。すべての爆弾のそばに設置を終えてから、遠隔操作で一斉に起動します」
「……なるほど。しかし、やはり問題があります」
衛兵長が難しい顔で食い下がる。
「相手に気づかれず、どうやってその石を設置すると?」
ステラは無言でポシェットに手を差し込んだ。取り出された石を見て、メリアは思わず息を呑む。
最高級の魔法石。美しくカットされた金剛石が、三つ。
伯爵が、露骨に欲を滲ませた目で尋ねた。
「魔法石か。どんな術式が入ってるんだ?」
「時間停止の魔法です」
ステラが告げた言葉に対する反応は、実に様々だった。
伯爵は目を見張り、衛兵長は疑わしげに片方の眉を上げる。一方で、魔法に疎いシャルロッテは「へえ、便利そう」と素直に感嘆した。
そしてこの中で、唯一ステラに次ぐ魔法学の知識を持つメリアは、顎が外れそうなくらい驚愕していた。
「一般人を装って爆弾のそばへ近づき、時間を停めて見えない位置に結界魔法の石を設置する。これなら充分に可能なはずです」
「先輩、今、あの、じ、時間停止魔法って言いました??」
「停止時間は主観で約三〇秒。ただし、一回で術式が焼き切れる使い切り仕様なので──」
「先輩! 今、時間停止魔法って言いましたよね! それって『未解決懸賞魔法』ですよね⁉︎」
「うるさい今度話してやるから黙っててください」
「だ、だって」
石革命以降、急速に魔法技術の研究が進む中で、幾人かの魔石技師が『それ』の存在に気がついた。
理論上は存在するはずなのに、どうしても術式を書き出せない魔法がある。
魔法の天井は石の容量と人の限界。そのうち、人の限界の先にあると定義された七つの魔法に、ある大富豪が懸賞金を掛けた。この魔法を実現したものに、一生を三回遊んで暮らせる金貨をやろう、と。
それが未解決懸賞魔法。時間停止魔法は、そのうちの一つだ。魔石技師以外には、その存在さえ知られていないが。
ステラの言葉が本当なら、魔法史に燦然と輝く歴史的発見に他ならない。
「この石は三つしかありません。言っておきますが馬鹿みたいに複雑で難解な術式なので、この場で新たに用意するのは不可能です」
「では──もし、爆弾が三箇所以上に仕掛けられていたら?」
伯爵の言葉に、ステラは首を横に振った。
「そうでないことを祈ってください」
数十分後、爆発現場に残っていた金属部品の欠片を用いて、ステラが探知魔法を構築した。手元の品と同等の物品を検知する、もっとも基本的な探知魔法だ。
市街地の地図と照らし合わせて、見つかった爆弾の数は三つ。
すべて、街の西側にある魔法石工房だった。
結界魔法はメジャーな術式で、研究も進んでいる。ステラのメリアの二人がかりで、小一時間も掛からずに魔法石は完成した。
衛兵たちから募った志願者たちが、結界魔法と時間停止魔法の石を持って工房へ向かう。
残りの衛兵たちも、市民に偽装して避難誘導を始めた。こちらが爆弾の位置に気づいていることを悟られないよう、慎重に。
そして──衛兵のうち二人は、問題なく石の設置に成功した。
ただし、最後の一人は。
「爆弾の近くに衛兵がいる?」
「正確には、臨時雇用の元衛兵、ですが」
憔悴した様子の衛兵が、衛兵長にひとつの男性名を伝えた。あいつか、と衛兵長が唸る。
「そういえば、あいつ魔法石のこと嫌ってましたね」
「不味いな。顔が割れているとなると、迂闊に近づけん」
「ずっと直販店の入り口を見張ってるんですよ。爆弾自体は、窓越しにそれらしいスーツケースを見つけたんですけど」
「ふむ……」
衛兵長が、顎に手を当てた。切り札の時間停止魔法の効果は三〇秒。店外から侵入して石を設置し、気づかれないように退店するのはかなり難しそうだ。
「最後の一箇所なら、強引に奪取できないか?」
伯爵の言葉に、衛兵長が頭を振った。
「相手は過激思想の集団です。死を覚悟して起爆する可能性があります。やはり、ステラ殿の作戦に従うべきかと」
「う、うむ……そうだな……」
「どうする? 今から冒険者でも雇うか?」「あいつら夜行性だぞ」「そもそも人選が」「そうだ、【黒曜会】の構成員じゃないことをどう確かめる?」
「あのー」
作戦本部である市長室、その中にいる全員の視線がメリアへ向く。
メリアは緊張に固い唾を呑みこんで、そっと提案した。
「よかったら、わたしがやりましょうか? 石の設置」
†
単純な消去法だ。
衛兵は顔を知られている。伯爵は論外。シャルロッテは足を引きずっていて、三〇秒の制限が厳しい。ステラも顔が割れている可能性が大。
となれば、メリアしかいない。
ただし、メリアが手を挙げた理由はけして正義感によるものではない。
いや、半分くらいはそうかもしれないけれど──もう半分は違う。
単純な好奇心だ。
時間停止魔法の魔法石が実在するのなら、是が非でも使ってみたい。たとえ危険があっても。
それがメリアドール・ウィスタリアの、偽らざる本音だった。
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