コストと矜持の要件 5
試作品と資料を抱えたメリアとシーンが鍛冶ギルドの会議室に入ると、すでにガストンと鍛冶師の男がいた。鍛治師と一目で分かったのは、それが見覚えのある顔だったからだ。
「あ? あんたらは──」
「あ」「……偶然」
煤に汚れた作業服のまま椅子に座っていたのは、メリアたちが見学に向かった鍛冶場の職人だった。太い眉の間にシワが刻まれる。
「あんたら、学生じゃなかったのか」
シーンが前に出て、そっと頭を下げた。
「……騙して、ごめんなさい。どうしても、直に鍛冶の現場を見たかったから。わたしの石に、何が足りないのか知りたくて」
「いや、何がっつうかよ……」
男がため息をついた。太い指で後頭部を掻く。
「いいから、さっさと始めてくれ。こっちは仕事の時間削って来てんだ」
「はい」
シーンが、手提げ袋から一抱えほどの小箱を取り出した。正方形に近い形をしており、正面以外の五面は金属、正面だけが透明な板で構成されている。
魔力を防ぐ防護術式が組み込まれた特別な箱だ。この中に石を入れて魔法を発動させることで、安全に魔法の様子を観察することができる。
シーンは魔法石と小さな藍白鉄の塊を箱に入れて、丁寧に箱を閉じた。
「では、始めます」
魔法石に刻まれた術式が発火し、改良された術式が励起する。
箱の中を赤い光が満たし、藍白鉄が白熱する。色を置換する術式を組み込んであるため、素材の様子は良く見える。光量も可能な限り抑えてある。
藍白鉄の角がとろりと丸みを帯びたあたりで、シーンは魔法を停止した。
「……どうでしょうか。光の量を抑え、かつ色を変えて視認性を向上しました」
シーンの視線が鍛冶師の男へ向く。
メリアは固い唾を呑む。ガストンもまた、緊張を滲ませた顔をしていた。
三人分の視線を受けて、男が口を開く。
「どうもこうもねぇよ。こんな玩具で仕事ができるわけねぇだろ」
──え?
「くそ、やっぱり時間の無駄だった。何が魔法だ。くだらねえ」
「ヴィラックさん!」
席を立ちかけた男に、ガストンが悲鳴じみた声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください! せめてどこを改善すべきか言ってもらわないと、我々も手の打ちようがない!」
「だから、何もかもダメだっつっただろ。改善云々の話じゃねぇよ」
「かっ、顔役のあんたがそんな態度だから、この案件が進まないんだよ! いいか、石炭はこの先もっと高騰する。このままだと何人か首を括る羽目になるぞ!」
「ああ!? そこをどうにかすんのがギルドの仕事だろ! 何のために上納金払ってると思ってんだ!」
「出来ることはやってる! 値下げ交渉はもう限界だ。体力のあるうちに魔法石に切り替えて、コストを押さえるしかない」
「だからってこんな玩具じゃ仕事になんねぇんだよ! 仕事の質下げろってのか⁉」
「そうは言ってない! ただ、背に腹は代えられないだろう!」
「ならいっそ鉄と木炭でやりゃあいい、昔みたいに!」
「今更鉄製品が売れるか! 鉄鉱石の仕入れルートだって──……仕入れ値も……」
侃侃諤諤の二人から視線を外して、メリアはそっとシーンの横顔を見た。
ただでさえ色白な顔から、血の気が引いている。俯き、自らの膝を見つめながら、ただ両手でローブの裾を掴んでいる。
いつも感情をあらわにしない彼女が、強く唇を噛み締めていた。
どうしよう。間違っていた。これじゃなかった。どうすればいい。どうすれば──
「あの、シーン……」
「おい、あんた」
ヴィラックと呼ばれた鍛冶師が、シーンに向き直った。細い肩がびくりと震える。
「あんた、俺らの仕事を何も理解しちゃいねえな」
「っ、」
シーンの目尻に涙が浮かぶ。今にもそれが零れそうになった、そのときだった。
ドアが開いた。
「ええ。あなたの仰るとおりですね、ヴィラックさん」
「──あ?」
扉の先に立っていたのは、
「せんぱい?」
「予想どおり苦戦してますね、後輩」
銀髪の魔石技師はぐるりと室内を睥睨し、手近な椅子に腰を下ろした。
ぎしりと椅子が鳴る。ガストンが、顔に困惑を浮かべて言った。
「あ、あんたは?」
「失礼。アドラステア工房、特注部門のステラ・ディーヴァです。そこで項垂れてる、ヒゲをむしられた栗鼠みたいなのの教育係です。一応」
誰が栗鼠だ。じとっと睨みつけるが、ステラは気に留めた様子もない。
「ヴィラックさん。先ほど、『何もかもダメ』と仰いましたよね。ドアの外からも聞こえました」
「あ? あ、ああ。そうだよ」
「だから! お前がそうやって具体的な話をしないから、「できないんですよ」
ステラの言葉に、ガストンが言葉を失った。
「で──できない?」
「より正確には、言いたくない。そうですよね、ヴィラックさん」
ヴィラックが眉を上げた。
「あんた、なにが言いたいんだ?」
「鍛治仕事のやり方を変えたくない。光熱魔法で鉄を溶かすなんて邪道だ。それがあなたの、そして鍛治師たちの本音です。そうでしょう?」
「──は?」
思わずメリアの口から声が溢れた。
そんな理由? 光や目の問題ではなくて?
「伝統を捨てられない。改革なんて真っ平だ。だから反対。でも、そんな非合理的な理屈は恥ずかしくて口に出せない。違いますか?」
ガストンがヴィラックに迫る。
「おいヴィラック、本当か? 伝統だって? お前本当にそんな下らない理由で、「下らなくはないでしょう」
再びステラが割り込んだ。
「説明不足は間違いないですが、理由そのものはけして下らなくなんてない。そこだけは、否定しては駄目ですよ」
「な、なんだって?」
「ご存知のとおり、鍛治というのはもっとも歴史のある職業のひとつです。火と槌で鉄を打つ技術は、石革命が興るよりずっと昔から受け継がれてきました」
「む……」
「師から弟子へ、そしてまたその弟子へ。何百年も続いてきたものなんです。そこにいきなり、明日から魔法石を使えと言われて納得する鍛治師はいません。反感を買って当然です」
「……ですが、改革は必要なんです。なんども数字を出して説明しました。魔法石を使えば、もう石炭は必要ない。ずっと合理的です」
「合理性だけを重んじて、矜持を無視した改革は、往々にして失敗しますよ」
「……そんなつもりは。私はただ、鍛治師たちの生活を守ろうと……」
「お志は立派です。ですが、理解を得る努力を怠っては意味がありませんね」
うなだれたガストンを尻目に、ステラがヴィラックへ向き直る。
「ヴィラックさん。あなたに問います。あなたの要件は、【今までと同じやり方で仕事ができること】。そうですね?」
ステラの言葉に、ヴィラックはゆっくりと頷いた。
「そうだ。俺たちは、継いできた鍛治の技を守らなきゃいけない。だから、そもそもこんな話は意味がないんだ。せめて火が出る魔法ならともかく、それは予算的に無理なんだろう?」
「さて、それはどうでしょうか」
ステラが、再びガストンに向き直る。
「ガストンさん。あなたにも問います。あなたが求める要件は、【高騰する石炭よりも安価な燃料】ですね?」
「ええ、そうです。シーンさんから炎熱魔法だとコストが掛かると言われて、ならば光熱魔法にしようと」
「なるほど。では、こんなのはいかがでしょう」
ステラが魔法試験用の箱の前に移動した。
手にした布袋の中身を箱にぶちまける。袋に入っていたのは──
「木炭? でも、それだと火力が」
「ええ。で、これがここに来る間に作った魔法石」
小粒の石をその間に落とす。
「単なる燃焼魔法です」
ステラが石にパスを通した。火が立ち上り、木炭が赤熱する。
何かに気づいたシーンが、小さく呟いた。
「……そうか。それでいいんだ」
遅れてメリアも気づく。安価な木炭だけでは火力が足りない。魔法石だけではコスパが悪い。
なら、その二つを掛け合わせればどうか。
主体はあくまで木炭。その火力を増加させるだけなら、魔法石に込める燃焼魔法の術式は最小限で済む。
魔法石と違い、木炭なら鍛冶屋は扱い慣れている。藍白鉄が主流になる前は、木炭で鉄を溶かしていたのだから。
箱の中の藍白鉄が、とろりと溶けた。
ステラが言った。
「この魔法石であれば、すぐにでも見積もり可能です。いかがですか?」
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