尻に火が点かなければ焦らない


「勇者への支援はできませんか?」



レイナは心の端に引っ掛かっていた言葉を選び、摘まみ上げた。

馬鹿な貴族たちではなく、国王の考えを知りたかったのだ。



「ほう。国の防衛とは別に、かね」


「魔王を倒さないと、きりがないのでしょう?」


「たしかにその通りだ」



国王が頷く。

しかし賛同したというわけではなかった。

勇者への支援を始めるには、幾つもの問題を解決しなくてはならない。


第一に、国防。

国が滅べば、元も子もない。

魔物からの攻撃を防衛できるとはっきり示さねば、民の賛同は得られない。

王家がどれほど勇者を支援したくとも、国防を先に考える必要があるだろう。


第二に、貴族の賛同。

有力な貴族が王家に力を貸さなければ、金は集まらない。

金が集まらなければ、軍も派遣できない。


第三に、他国との足並。

魔王が居座っているのは、ユブラム大陸の北方だ。

そこまで、数多くの国がある。

国境を越えて軍を動かすには、多くの国と協力し、足並みを揃えなければならない。


他にも問題はあるが、最低でもこの三つを解決する必要がある。



「ひとつ目は、なんとかなるのではないですか?」



レイナは楽観的に考えた。

というのも、ニハの国は非常に豊かであるからだ。

防衛費など、どうとでもなる気がした。


しかしカムハ侯爵が首を横に振った。



「防衛のためには、兵士が必要です。もちろん、支援のためにも」


「……あ」


「魔物と戦うということは、それらの兵士たちに死を賭して戦ってもらわなければなりません」


「……そう、ですよね」



レイナは項垂れた。

たしかにそうだ。これはゲームではない。

なにをするにしても、末端には必ず、ひとりひとりの人間がいるのだ。



「とはいえ、兵を集める必要はあります。殿下がどうお考えでも、そうすることに変わりはありません」


「……それなら!」


「残りはふたつ、と言いたいところですが違います」


「なにが違うのですか?」


「防衛のために人を集め、お金を使う。それは王家がすべて負担するわけではありません。私を含めた貴族たちの方が、多く負担するのです」


「そう、なの?」


「そうです。そのため、勇者の支援のために軍隊を派遣するという、追加の負担まで負いたくはない」


「それは……そうですよね」


「さらには、支援を決め、軍隊を派遣する準備が整っても、そのとき勇者が戦死していれば意味がありません。投じたお金は帰ってきませんから、意味がないどころか、多くの反感を買うことになるでしょう」


「勇者を助けたら、魔王が倒せるかもしれないのに……?」


「皆、自分の尻に火が点かなければ焦らないのですよ。そういうものです」



カムハ侯爵が無表情に答えた。

自分もそうだと言いたいのか、それとも歯痒く思っているのか。

どちらにせよ、容易いことではないらしい。

その事実に、レイナは深く消沈した。



「……わかりました」


「話はもう良いのか、レイナ」


「はい、陛下。十分です。……私に出来ることがあれば、なんでも言ってください」



レイナはそう言って、執務室を出た。

後ろ手で閉じた扉の音が、ひどく冷たく、重く、レイナの心を圧し潰した。

歯痒いが、なにも思いつかないし、なにも出来そうにない。

王女というのは存外無力なのだと、心の内で項垂れる。



「……お待ちください、殿下」



気落ちして歩くレイナの背を、声が打った。

振り返ると、カムハ侯爵がレイナの後に付いてきていた。



「……なんでしょう?」


「殿下にひとつ、提案したいことが」


「……私に? 提案?」


「左様です。勇者の支援の件で」



カムハ侯爵の目が、レイナを掴む。

レイナはどきりとして、肩を揺らした。


廊下の冷ややかな空気が一転、妙な熱気を帯びた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る