世界再調整ダイヤル
モラ大森林
暗い灯が、枝から枝へ走っている。
それはひとつだけではない。
いくつも走り、時折奇声をあげている。
「あれが全部、魔物だとはな」
ドワーフの戦士、グンバが顔をしかめた。
ソラも顔を歪め、腰の剣に手をかけた。
しかし暗い灯たちが襲いかかってくることはなかった。
いずれもソラたちの様子を見るだけに留まっている。
「私たちが弱ったら、一気に襲いかかってくるわよ」
エルフの弓使い、シェルトラが魔物たちを睨んで言った。
神官のメルと、リザードマンの魔法使いオドが頷く。
ソラたち勇者一行は今、モラ大森林の只中にいた。
モラ大森林はゲルア剣山の北にある。
魔王城のあるルドラ荒原に、また一歩近付いていた。
とはいえ、ソラたちの行進は遅くなっていた。
北へ向かうにつれ、魔物の数が多くなり、強くなるからだ。
しかもモラ大森林は見通しが悪かった。
木陰から襲いかかってくる魔物の群れに、ソラたちの精神は疲弊しつづけていた。
「せめて、もう少し大きな魔物なら……」
撃ち倒した魔物を見下ろし、ソラはこぼした。
息絶えた魔物の身体は、小さかった。
モラ大森林の魔物は、このようなネズミほどに小さい魔物ばかりであった。
それらはいずれも群れで襲いかかってくる。
対処するには、オドの魔法による広範囲攻撃が不可欠であった。
「オドの魔力が尽きる前に、今夜の寝床を探さんといかんな」
「分かってるわよ、グンバ。でも安全そうな場所なんてそう簡単には……」
「エルフの自慢の目や耳でも、森の中じゃあ役に立たんなあ」
「うっるさいわね。ならドワーフのあんたがここに穴を掘りなさいよ」
「そんなことすりゃあ、オドの前にワシが力尽きちまうわ」
「じゃあ、黙ってなさいっての」
シェルトラが口を尖らせ、そっぽを向く。
見かねた神官のメルが、慌ててシェルトラとグンバをなだめに割って入った。
最近増えてきたふたりの喚き声。
皆の心身が限界に近いのだと、ソラは感じた。
なだめに入ったメルでさえ、いつもの穏やかな表情ではないからだ。
ソラは撃ち倒した魔物を見下ろしたまま、長く息を吐いた。
しかし、ふと。
ソラの脳裏に閃きが走った。
「……穴、だって?」
ソラは、険しい表情をしたシェルトラとグンバに目を向ける。
するとふたりが、苛立ちを含めつつソラを見て、首を傾げた。
「なによ、ソラ。あんたまで喧嘩売る気?」
「いや、違う。良い方法を思いついたんだ」
「なによ?」
「穴を掘るのさ」
そう言ってソラは、剣を構えた。
剣身に魔力を込め、剣先を斜め下に向ける。
「な、なにしてるの?」
「まあ、見ててよ」
ソラはぐっと息を吸い込む。
魔力がさらに高まり、剣先に光が宿った。
その光を弾くように、ソラは一気に剣を突き出した。
地面に向け、剣の一撃が真っ直ぐに飛ぶ。
どんと、大地が揺れた。
周囲の木々も揺れ、空気が震えた。
ソラたちの周囲に、土煙と、焦げた匂いが湧きあがった。
それがあまりも強烈であったため、全員がその場で思いきり咳き込んだ。
「ケホッ……ケホッ……あ、あんた、なにしてんのよ、ば、馬鹿なの……??」
「ゲホ、ゴホッ! ご、ごめん。いや、アニメならもっとカッコいいシーンだと思ったんだけど」
「あ、あにめ、ってなに?? もう、まったく……」
「いや、はは。……あ、でも見てよ。ほら!」
ソラが目を見開き、前方を指差す。
そこには、大穴が開いていた。
ソラが突きを繰り出した方向へ、斜め下に深い穴が出来ている。
「この穴なら、交代で見張りをすれば休めるんじゃない?」
ソラはにかりと笑う。
ソラ以外の皆はしばらく呆然としていた。
しかし間を置いて、メルがソラの考えを肯定した。
「たしかにこれなら、少し休めるかもしれませんね」
「ふむ、メル殿の言う通り。穴の補強は私の魔法で行いましょう」
頷いたオドが、杖を二度三度振った。
杖から溢れた光が、出来上がった穴の壁を固めていく。
十分な強度の壁が出来上がると、オドが穴へ招くような仕草をした。
「はっは! こいつはいい! どうれ、床面はワシが綺麗に均してやろう」
「均したあとはちゃんと固めてよね。ミミズの魔物とか出てきたら絶対許さないから」
「任せとけい。ワシとオドの仕事っぷりに慄くがいいわい」
そう言ったグンバが、傍にあった木から数本の枝を切り落とした。
手頃の枝を手の取ったグンバが、大穴の床面を均していく。
見る見るうちに、枝で均したとは思えない見事な床面が出来上がった。
仕上げにオドが床を固め、ミミズも虫も生え出てこないように仕上げた。
「これでゆっくり休めるな」
「まさに素晴らしい機転ですぞ、勇者殿。明日以降もこれで休みましょう」
「はは。じゃあ、オドが魔力切れになる前に穴を開けないとね」
「当然でしょ。私とメルも、ミミズと一緒に寝るなんて御免だわ」
「わっはは。うちの姫様たちはまっこと贅沢だわい」
グンバが笑って穴に潜り込む。
恐縮したメルが、深々と頭を下げた。
ソラはメルとシェルトラに笑いかけ、先に穴へ入るよう促した。
「先に俺が見張りをするよ。皆は休んでいてくれ」
「え、でも……ソラさんも疲れてますよね」
「いあ、そんなに疲れてないよ。気にしないで」
「ですが」
メルが戸惑い、ソラを気遣う。
見かねたシェルトラが、メルの頭をとんと撫でた。
「いいのよ、メル。こいつってば勇者だからかなんなのか、体力馬鹿なんだから」
「おいい、ちょっとシェルトラ? 言い方ひどくない?」
「そうかしら?」
「まあ、間違いじゃないけど」
ソラは苦笑いして頷く。
体力馬鹿と呼ばれるほどの力は、ダイヤルを回して調整したものだった。
体力以外もそうだ。勇者としての力はすべて、ダイヤルをひねって得たものに過ぎない。
努力して得たものではない分、ソラは強く言い返すことが出来なかった。
「では、治療だけでも」
メルが気遣って治療の魔法をかけてくれる。
ソラはほとんど怪我をしていなかったが、メルの魔法の効果が全身に染みた。
まるで風呂にでも入ったような気分になった。
「ありがとう、メルさん」
「どういたしまして」
メルが頬を赤らめ、俯く。
すると傍にいたシェルトラが呆れ顔を見せた。
「まったく、すぐにイチャつこうとするんだから」
「わ、私、そ、そんなつもりは」
「はいはい。いいから休むわよ。ソラ。あんたはちゃんと見張ってなさいね」
「分かってるよ。後で誰か交代してくれよな」
メルを押して穴に入っていくシェルトラに、ソラは手を振った。
シェルトラが後ろ手で手を振り返す。
ソラは唇の端を持ちあげ、大きく頷いた。
翻り、森を覗く。
モラ大森林の魔が、ソラと大穴の入り口をじとりと見ている気がした。
ソラはそれらすべてに睨み返し、剣を抜く。
ひやりとした金属音が澄んで広がると、森の魔がわずかに距離を取り、やがて逃げていった。
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