無双なる者
なにかが、レイナの身体を受け止めた。
地面に落ちたのではないかと思ったが、どうも違う。
レイナは不思議に思いつつ、ゆっくりと目を開けた。
「お待たせしましたかね」
嫌味な声が、レイナの耳を打った。
同時に飛び込んでくる、嫌味な顔。
その憎たらしい顔に、レイナはなぜか、ほっとした。
「……ク、レイ」
抱きかかえてくれた腕に、レイナは声をこぼす。
レイナの声に、クレイが頷いた。
クレイの首筋に、幾筋も汗が流れていた。
余裕そうな表情を湛えているのに、隠し切れない焦りが残っていた。
修羅場の最中であるのに、レイナはその汗に愛おしさを覚えた。
魔法に打たれた弱々しい手で、そっとクレイの首筋に手を伸ばす。
「……すぐに治療しなくてはなりませんね」
「……そうしたいから、さっさと片付けて……くれる?」
「……御意に」
クレイが小さく笑う。
そうして、レイナを廊下の端に寄せ、壁に凭れさせた。
「一分もかかりません。ここでお待ちください」
そう言ったクレイが、レイナから離れる。
一拍置いて、クレイが暗殺者を睨んだ。
その横顔に、レイナはぞくりとする。
これまで見たことがないほど、怒りに満ちていたからだ。
レイナが声をかけようとした瞬間。
クレイが弾けるように飛びだした。
駆けながら剣を構え、手間取っている女騎士の傍へ駆け寄る。
ふたりの暗殺者が、迫るクレイに気付いた。
ひとりが迎え撃つようにして剣を構える。
そのひとりを、クレイの剣が一瞬で斬り裂いた。
「ぐ、あ、があ……」
暗殺者が呻き、崩れ落ちる。
その様子を見ていたもうひとりの暗殺者が、慌ててクレイに斬りかかった。
しかしその剣もクレイが弾き、同時に蹴り飛ばした。
後方へ倒れた暗殺者。
クレイが追い、踏みつけた。
次いで、クレイの剣が振り下ろされ、暗殺者の片腕が斬り離された。
「ぎ、があああ!!!!」
「煩いな。殺しはしない。今はな」
冷たい声をこぼしたクレイが、左腕を斜め後ろへ向ける。
その左手から、魔法が撃ち放たれた。
魔法の矢がクレイのはるか後方へ飛ぶ。
間を置いて、魔法の矢に撃たれたらしい何者かの断末魔が聞こえた。
「用意周到だったな。私が相手でなければ、気付かなかっただろうが」
「……ぐ、く、クソ!!」
「はは。元気だな。都合がいい。何もかもを吐くまで体力が持ってくれそうだ」
クレイが不敵な笑みを見せる。
暗殺者の顔が真っ青になり、歪んだ。
圧倒的な力を見せたクレイに、レイナはただただ驚いた。
じわじわと押されていた自分たちはいったい何だったのかと思うほどに。
ぽかりと口を開けているレイナの傍に、女騎士がやってきた。
女騎士も同感であったらしく、レイナに苦笑いを見せた。
「忍者さんは、無事?」
「……殿下のおかげで」
女忍者が項垂れ、レイナの前で膝を折った。
レイナの身を守り切れなかったことに、今すぐ罰を与えてくれと言わんばかり。
「忍者さんが強かったから、あいつが強硬手段を取ったのよ。気にしないで」
「ですが」
「生きててよかった。あなたも、騎士さんも。ついでに私も。それでいいよね」
レイナはそう言って、女忍者と女騎士の手を取った。
ふたりが困り顔を見せたが、レイナは構わず、ふたりの手を強く握り締めた。
少し遅れて、レイナの侍女が駆けつけてきた。
レイナは泣きそうな顔をしている侍女を迎えて、笑顔を見せるのだった。
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