旗よ、掲げるべきか、振るべきか

翌日。

ニハの有力な貴族が集う会議が開かれた。

さすがにレイナは、会議に参加することができなかった。

そのため、国王の控室に居座った。

休憩のたびに入室してくる父から、会議の内容を聞くためだ。


主な議題は、活発化している魔物への対処であった。

それに加えて、ユブラム大陸に現れた勇者への支援についても議論された。


後者に関しては、多くの貴族が一蹴した。

偽物かもしれない勇者が現れるたびに支援を送るわけにはいかないという理由だ。



「ならば本物をどうやって見分ける?」



国王が問う。

すると貴族のひとりが顔を上げた。



「ホランボラン平原に到達すれば、真の勇者と各国が認めるでしょう」


「巨人がおるからか」


「左様です」


「……ならば、そうしよう」



国王が仕方なしと頷いた。

結局のところ、ニハの国だけが勇者の支援に乗り出しても意味はない。

多くの国が協力をしなければ魔王の軍勢に対抗できないのだ。

万が一少数で対抗できて魔王を倒したとしても、それはそれで困る。

支援に参加しない国があっては、平和な世界になった後でぎくしゃくするのは目に見えている。


その内容を後から聞いたレイナも、仕方なしと頷いた。

共通の敵がいても、やはり簡単には一枚岩になれないのだ。



「国防については、どうなったの? お父様?」


「それはすぐに決まった」



そう言った国王が、呼び鈴を鳴らした。

すると間を置いて、クレイが国王の控室に入ってきた。



「魔物の討伐総指揮は、カムハ侯爵に任じた」


「カムハ卿が?」



レイナは驚いたふりをした。

事前にあれこれ聞いていたのだから、驚ける気持ちなど欠片も残っていない。



「無論、贔屓ではない。カムハ侯爵の作戦は見事なものだ。必ず上手くいくだろう」


「そんなに?」


「そんなにだ。それに、カムハ侯爵が最も多くの私兵を投ずることになった。他の貴族が文句を言うことはないだろう」


「そう、なのですね」



国王の言葉に、レイナは内心首を傾げた。

他の貴族たちが文句を言わなくなったら、意味がないのではないか?

しかし国王の後ろで、クレイが悪党のような笑顔を見せた。

なにひとつ憂うことはないと、声を発することなく語っている。



後日、クレイの思惑通りに事が運んでいることをレイナは知った。

国防の総指揮をとるクレイに対し、貴族たちが秘かに苛立っているという。

最も兵を出しているカムハになにが不満なのか。

レイナは不思議に思ったが、理由はすぐに分かった。



「非の打ちどころがない事をし過ぎても、反感を買うのね」



レイナは、ため息を吐く。

貴族たちが陰口をたたく現場に、運良く居合わせてしまったからだ。

貴族たちは、有無を言わせないほどに完璧な作戦を推し進めるカムハが憎たらしいようであった。

しかも誰よりも多くの兵を出しているものだから、批判する隙もないというわけである。



「恨まれるどころか、刺されそう」


「刺される前に返り討ちにしてみせますよ。むしろ正当防衛になって都合がいい」



突然、レイナの耳元にクレイの声がこぼれた。

レイナは驚き、振り向き、声をあげ――



「うわ、……む、ぐ」


「大声を出したら気付かれますよ」


「む、むぐぐ」



大声をあげる前に口を塞がれたレイナは、目を丸くして頷く。

その様子を見て、クレイが憎たらしい笑顔を見せた。



「……ど、どうしてここに」



貴族たちが去ったあと。

レイナはクレイの手を振り払いつつ、半歩下がった。



「王女殿下が、私を心配しているようでしたのでね」


「してませんよ」


「それは残念」


「……あなた、他の人にもこんな調子なのですか?」


「まさか。一応、品行方正と噂されているはずですが」


「じゃあ、私に対してもそうしていただけます?」


「はは。御冗談を。面倒臭いです」


「……ああ、もう。殴りたいなあ、こいつ」



レイナは苛立ち、つい、心の声を表に出した。

するとクレイが愉快そうに笑った。

レイナの素の一面を見るのが、クレイにはたまらなく面白いのだという。

レイナにとっては、なにひとつ面白くないのだが。



(ああ、もう、ホント。面倒臭い奴と関わっちゃったなあ)



レイナは引き攣る頬を隠しもせず、クレイから目を背けるのだった。

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