策謀の海へ


第三の、勢力が必要であった。

改革派とも、保守派とも違う。

中立の力が。


レイナはまず、王家の下で実務をこなす新しい組織を作ってほしいと、国王に働きかけた。

国王は訝しんだが、その提案を受けた。

必ず提案が通るように、クレイが新組織の内容を考え、方々に手を回してくれたからだ。


そうして新しく作られた組織、「白奉官」が開設された。

白奉官は、形式上王家の直下に置かれた。

しかし白奉官は、直上の王家を含めたいずれの派閥にも属さないことが義務付けられた。

ただただ行政や財政、司法などに関する実務のみをこなす組織となった。



「これだと白奉官は、私たちの味方にならないんじゃないですか?」



レイナはクレイに首を傾げてみせた。

しかしクレイはただにやりと笑うのみ。

なにか別の思惑があるらしい。


クレイは白奉官とは別に、他の手も動かしているようであった。

レイナはなにをしているのか尋ねたが、クレイが手の内を明かすことはなかった。

盟友にも明かせない、というより、王家のレイナには明かせないなにかがあるという。

「なにか悪いことをしてるのですか?」と問うと、クレイは含み笑いだけ見せた。



「レイナ。カムハ侯爵と、その、関係を築いているというのは、本当なのか?」



時を置いて、国王である父がレイナに尋ねてきた。

予定通りの日に、父の耳へ噂が届いたらしい。

レイナは念のため、動揺するような素振りを見せた。



「あ、その……そう、です」


「つ、つまり、それは、将来を考えてという……?」


「は、はい」


「ほう!」



父が声をあげた。

驚きというより、喜びに近い声だ。

それはそうだろうと、レイナは心の内で苦笑いした。


クレイは若いが、カムハはニハの国において有力な貴族だ。

しかも王家寄りの派閥に属している。

王女がカムハと繋がれば、当然王家の力は増すだろう。

クレイの悪巧みを抜きにしても、カムハとの縁談は良い話なのだ。



「レイナが良いならば、是非話を進めよう」


「はい、お父様。宜しくお願いします」


「はは。しかしカムハとは。やつは少し変わっているが、良い男だぞ」


「……そう、ですね」



レイナは微かに声を曇らせた。

少し、変わっているって?

そんな馬鹿なと、叫びたくなる。

少しどころではない。王家寄りでなければ極悪人だと父に告げ口したいくらいだ。


とはいえ、そんなことは口の端にも出せない。

レイナはぐっと堪えて、笑顔を保った。



こうしてレイナは、クレイと偽装婚約を果たした。

喜び、祝ってくれる人々を騙して。


婚約の期間は、クレイとレイナの希望により、国内の魔物が鎮静するまでとなった。

結婚するならば、国が平和になってからのほうがいいからだ。

もちろんそれは建前で、魔王が倒されたら婚約破棄すると二人の間で決めていた。

お互い、愛など一切ないからである。



「ほんの少し心が痛い気がする」



婚約式を終えた後、レイナはぽつりとこぼした。

部屋には、レイナとクレイの二人きり。

侍女も騎士も控えてはいない。



「ほんの少しだけですか」


「そうよ。目的のために、あなたみたいな性悪と付き合ってるんだから。皆に申し訳ないなっていう気持ちと、さっさと別れたいっていう気持ちがぶつかって、ほんの少しだけ皆に申し訳ない気持ちが残るの」


「意外と私に対する悪感情が少ないようですね」


「そうね。意外とね。まあ、嫌いなことには変わりないけど」


「それで結構」



クレイが小さく笑う。

彼もまた、レイナのことを好きではないのだろう。

だからこそここまで、事務的に事を進めていけている。


レイナは片眉を上げ、そっぽを向いた。

そうして、テーブルに置かれていた書類に目を通す。

書類はクレイが用意したものであった。

そこには、次の予定が事細かに書かれていた。



「防衛は、なんとかなるのですよね?」


「そうですね。現状は若者の士気も高い。良い兵士が集まるでしょう」


「それで? ここにはそれだけじゃないって書いてあるけど?」



レイナは手にしている書類をクレイに見せる。

クレイが悪党のような笑顔を浮かべた。



「明日の会議で、カムハが大いに目立てるように動きます」


「たとえば?」


「最良の策を提案し、王陛下の命を受けて国防の総指揮を任されるのが最上です」


「なんだか恨まれそうね」


「それを望んでいます」



自信あり気にクレイが答える。

どれほど睨まれ、憎まれようとも、やっていける自信があるというのか。

それとも、他の貴族など有象無象としか思っていないのか。

レイナは呆れ顔を見せ、クレイを送りだした。

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