カムハ侯爵

騎士が出て行くと、レイナは上等なドレスに着替えた。

王である父から、より詳細な話を聞きたいと思ったからだ。

兄や母に聞いても分かるだろうが、レイナはそれを避けた。

やや過保護な二人が、レイナにあれこれ教えてくれるとは思えない。



「とはいえ、王陛下もお忙しいかと」



着替えを手伝う侍女が、念のためと教えてくれた。

そんなことは分かっていると、レイナは目を細める。



「お父様は私にたくさん借りがあるから、平気よ」


「ハルマドラ侯爵のことですか?」


「それもある」


「たしかに、面倒な方の相手ばかりしている気がしますね」


「気がするんじゃなくて、そうなの。お母様もお兄様も、ああいう人たちとあまり合わせないからさ。私が頑張るしかないでしょ?」


「殿下は、外面だけは良いですからね」


「おや、言い方が悪いですねえ」


「これは失礼しました」



侍女がにやりと笑う。

こうした失礼を、レイナはこの侍女にだけ許した。

いつも傍にいる人と友達になっておきたかったからだ。

友達である彼女がいるだけで、窮屈な王城生活は幾分楽になった。


着替え終え、部屋を出る。

貴族の男がひとり、レイナの部屋の前を通っていた。

男はレイナに気付くことなく、国王の執務室へ向かっていた。



「あの人は、カムハ侯爵、でしたっけ?」



レイナは侍女に尋ねる。

侍女が小さく頷いた。


カムハ侯爵は、ニハの国における有力な貴族のひとりであった。

成人して間もなく爵位を継いだらしい彼は、他の侯爵位の者に比べて非常に若かった。

それを気にしてか、王城に顔を出すことは少ないという。


レイナはカムハ侯爵の後を追うような形で、国王の執務室へ向かった。

執務室の扉の前で、カムハ侯爵がようやくレイナの存在に気付いた。

慌てて一歩退き、礼をしてくる。

レイナもカムハ侯爵に礼を返し、執務室の扉を開けた。



「お父様、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」



扉を開けるや、特に礼もせずにレイナは口を開いた。


瞬間、レイナの背後でチリリとした緊張が走った。

振り返ると、カムハ侯爵がレイナを睨んでいた。

王女とはいえ、国王への非礼は許さないといったところか。

なんだこいつ、意外と面倒な奴だなと、レイナは心の内で舌打ちした。



「……ええ、えっと、陛下。お聞きしたいことが」


「どうした、レイナ」


「魔物の話を……聞いたので。なにが起こっているか、知りたくて」


「ほう」



レイナを見る国王の目の色が変わった。

父としての表情ではなく、王としての顔だ。



「ちょうどいい。カムハが、そのことについて報告をくれるはずでな」


「カムハ卿が」


「ということだから、娘は気にせず報告をしてくれないか」



国王の視線が、カムハ侯爵へ移った。

するとカムハ侯爵が一歩進み出て、深く礼をした。


魔物に関する報告は、レイナの予想を超えていた。

たしかに死者は出ていないようだが、ニハの国の各地で魔物が暴れているとのことであった。

とはいえ聞いていた通り、現状対処しきれないほどではないという。

問題は、なぜ突然魔物の動きが活発になったのかということだ。



「勇者の存在でしょう」



カムハ侯爵が確信を込めて言った。

やはりと、レイナは唾を呑む。



「ミルデトラスを越えただけではなく、ゲルア剣山も越えたと聞きます。これまでの勇者とは明らかに違います」


「ほう。それは素晴らしい」


「しかし、その勇者はどうやら、ニハの者であるとか」


「ほう? わが国で名乗りを上げず、秘かに旅立ったと?」


「そのようです」


「進撃の速度と、出身国。その両方の情報を受けて、ニハで魔物が動きはじめたわけか」


「左様です。しかし他国でも魔物が活発に動いていると報告されています」



カムハ侯爵がニハ以外の国の名を挙げた。

国王が報告書に目を通し、大きく唸る。

長い沈黙を置いて。

国王の視線がレイナへ移った。



「レイナはどう考えるかね?」



国王の顔で、質問が投げかけられる。

レイナは少し考え、やがて顔を上げた。

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