再調整の夜 後編
先ほどまで居た夜の公園は、無くなっていた。
二人は草原の只中に居た。
草原の先には見たことのない大きな街と、城があった。
それらは現代の造りではなく、中世ヨーロッパのような造りであった。
しかし蒼空がすごいと言ったのは、街の造りのことではなかった。
街を彩る七色の灯りが、建物の狭間と、建物の上空に浮き上がり、煌めいていた。
「なにあれ……イルミネーション? すごく綺麗」
「魔法だろ? せっかくだから、魔法のある世界にしようってダイヤルを弄ったんじゃねえか」
「そっか。そうね。あれが、魔法かあ。……夢の国みたい」
「乙女かよ」
「乙女だが??」
玲菜は蒼空の肩を強く叩く。
逞しくなった蒼空の身体は、岩のようであった。
びくともしない蒼空に、玲菜は驚く。
自ら調整したはずの蒼空も、少し驚いた顔をしていた。
「せっかくだし、撮っておこうぜ。元に戻したら、もう見れないしな」
「確かにそう。冴えてるね」
「だろ? ……って、あれ? スマホ、無いな」
「落としたの?」
「いや、そんなはずは……」
蒼空が慌ててスマートフォンを探す。
玲菜も自分のスマートフォンを取ろうと、バッグの中を探った。
しかし、バッグの中に玲菜のスマートフォンは無かった。
代わりに、見たこともないアクセサリや指輪の数々がバッグの中に入っていた。
「なにこれ?」
「……その指輪、俺のポケットにも入ってたな」
「うそ? なんで?」
「知らねーって。あれ、おっかしいな。スマホ無くしたみたいだ、俺」
蒼空ががくりと項垂れる。
玲菜もスマートフォンを見つけることは出来なかった。
しかし大して落ち込みはしなかった。
バッグの中に入っていたたくさんのアクセサリに、レイナの心は傾いていた。
スマートフォンより、このアクセサリや指輪のほうが価値が高いに違いないのだ。
「とりあえず、後で探さない? 弄ったダイヤルとかハンドル、早く戻さないと元通りにできるか自信が無くなっちゃうし」
「……あー、だな。たしかに忘れそうだわ。撮れねえのは残念だけど、仕方ないよな」
蒼空が魔法の光に照らされた街を眺める。
玲菜も同様に、街を見た。
七色に輝く街は宝石のよう。
写真として残さなくても、きっと一生忘れないだろうと玲菜は思った。
ついさっきまで、なんてことないいつも通りの帰り道。
まさかこんなにも輝くなんて、思いもしなかった。
玲菜は目を閉じ、しゃがむ。
蒼空も同じ想いだったのか、玲菜と同じタイミングでしゃがんだ。
そうして、地面にあるはずのダイヤルに手を伸ばす。
「…………あれ?」
首を傾げる玲菜の思いを代弁するように、蒼空が声を上げた。
どれほど探しても、ハンドルやダイヤルは見つからなかった。
暗くて見えないわけではない。
先ほどまでの、自分の手が見えなくなる現象も起こらなかった。
「……玲菜、ある?」
「……ううん」
「ヤバくない?」
「ヤバいよ」
「ど、どうする?」
「どうしようもなくない!? だって、無いし!!?」
玲菜はつい、怒鳴り声をあげた。
はっとして、口を手で覆い隠す。
しかし蒼空は気にしていないようであった。
というより、気にする余裕もないだろう。
ダイヤルが見つからなければ、元の世界には帰れないのだから。
「……あ、明日探す? もう、暗いし」
玲菜はできるだけ冷静に言った。
すると蒼空の肩が小さく跳ねた。
蒼空は明らかに動揺し、怯えていた。
背が高くなり、逞しい身体になっても、やはりただの高校生なのだ。
そしてそれは、玲菜も同じであった。
玲菜の手も、肩も、小さく震えていた。
取り返しのつかないことをしてしまったという思い。
それと同じくらい、これはただの夢に違いないと思い込みたい、願い。
「……そ、そうだな。明日になれば、戻ってるかもしれないしな」
「そ、そうだよ。ていうか、今のこれも夢かも? 転んだときに頭を打ったのかも?」
「はは。それあるな。そっちのほうがリアルだわ」
「でしょ?」
玲菜は小さく笑う。
自らを騙して、笑う。
蒼空もそうだろう。
蒼空の引き攣った笑顔が、そうだと語っている。
「とりあえず、帰る?」
玲菜はバッグを肩にかけて言った。
蒼空が頷き、地面に転がっていた自分のバッグを拾う。
「自分の家って、あんのかな? ここに?」
「……ある、気がする。よく分からないけど、私の家は、あっち」
玲菜は魔法の灯りで煌めく街を指差す。
どうしてか。まったく知らない街なのに、懐かしさを覚えた。
記憶とは違う、妙な感覚が玲菜の心の底に宿っている。
「……ホントだな。俺も、あそこにある気がする。多分帰れるな」
「でしょ? 私も帰る。ここには明日、明るくなってから来ればいいじゃない? いいよね?」
「いいよ。明日来よう」
気丈に振舞う蒼空が大きく頷く。
玲菜は蒼空に手を振り、自分の家を目指して歩きはじめた。
蒼空もしばらく同じ方向へ歩いていたが、途中で別れた。
別れ際、玲菜はもう一度蒼空に手を振った。
蒼空は玲菜に気付かず、薄暗い道を歩いていくのだった。
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